道を歩けば、神話
著者 樫永真佐夫
文化人類学者のベトナム・ラオス紀行。「ラオスに連れて行ってもらえませんか?」 友人S氏に頼まれて、文化人類学者はベトナム・ラオス800キロの旅に出た。「はじまり」の地をめ...
道を歩けば、神話
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商品説明
文化人類学者のベトナム・ラオス紀行。
「ラオスに連れて行ってもらえませんか?」
友人S氏に頼まれて、文化人類学者はベトナム・ラオス800キロの旅に出た。
「はじまり」の地をめぐって見えてきた、民族や“くに”の「つながり」とは?
少数民族たちが独自に築いたもの、国の危機につくり出された英雄や神話、外部者たちとの交流により新たに根づいた文化などを、二国の歴史とともにたどる。
黒タイの魔女、叩き上げのアウトサイダー研究者、現地の文化プロデューサー……
国家も民族もない、神話が現実の一部だった時代、そこに生きた懐かしき人々の記憶をたどって。
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『道を歩けば、神話』の感想
2024/01/21 13:31
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かながわヤス - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は民俗学者が書いた本だが、学術書とは言いがたい側面をもつ。その理由を考えてみると、本書の特徴が10日間の旅行記の体裁をとるが同時に25年間の回想録となっているからであろう。またふつうの学術書なら触れることのない、低俗と思われる些細な言動や流行現象にも言及し、言葉使いさえ小説っぽく、エラい、ちげえねえ、カセぐこったな、といった口語風のカタカナ語が駆使され、全くの自由である(p.29)。そうした一風変わった体裁と奔放さとが相俟って、これまで学術書がほとんど言及できなかったベトナム・ラオスの山間民族に対する理解の仕方をさらりと2、3提示してくれる。
その一つが少数民族の負のイメージへの解説だ。それを著者はインドシナ戦争期のモン族社会の悲哀を描いた『ア・フウ夫婦物語』を取り上げて行う(p.118)。この話は、ベトナム主要民族であるキン族の作家トーホアイが党のプロパガンダのため山間少数民族の後進性を強調した文学作品だ。これが広く読まれた結果、山の少数民族の生活は封建的で因習的というイメージが広まった。その負のイメージが醸成された理由を、キン族が自分たちの息苦しい社会を反転させて投影したものと著者は指摘するが、その見方は正しい。その一方で山地は山中異界、そこに生活する女性たちは純粋でかわいく快楽的で性に奔放という明るいイメージも流布されている。この一見相反するイメージは現地をよく知らない外部者が抱いているイメージであり外国人にも広く共有されている。しかし私が実際に現地を訪れ感じることは、それとはかなり異なる。モン族について、彼らの社会規範が自分達の行動を押さえつけられているというより、控えめな性格から他人を押しのけて何かするということがないだけだ。タイ族についてはキン族よりも綺麗好きで、家の中や庭はよく整理整頓され、別段封建的でも因習的でもない。これまで流布されてきた少数民族のイメージはほとんどその逆が正解だと思う。
二つ目はベトナムとラオスの同質性だ。ベトナムとラオスはまず国が異なるし、ラオスの方は仏教国、互いに異なる言語・文化を有する国々、という先入観を持ちがちだが、それは違う。ベトナム西北部は山間地にあり、そこにはタイ系民族が最も多く暮らし、彼らとラオス側のタイ系民族は言葉や文化がほぼ変わらず同じ民族なのだ。著者も本書に書いているように、言語は方言差のようなもので互いに通じ合う(p.101)。またベトナムのディエンビエンのナーノイ村に誕生したボゾムはラオス建国の祖であり、同じ祖先伝承を共有する(p.167)。さらに著者がラオスの黒タイの女性から『イン・エン』というベトナム側でつくられた歌を歌うよう求められた描写がある(p.281)。この歌は1960年代ベトナム西北地方で作られ、話はラオスに出征するインと、村で帰りを待つエンの恋物語であり、言語だけでなく文化も共有している。
三つ目は、政権側が大土木工事を積極的に実施している裏の理由。ベトナムでは2000年代西北地方を流れるダー河をせき止めて巨大ダムを建設した。その表向きの理由は電力需要が高まるからというものだった。が、実は隠れた別の要因として、ダー川沿いに住む数十万人のタイ族共同体を破壊し、キン族への同化を進めるための施策でもあったと指摘する(p.99-102,144)。この指摘は政権批判につながるため、学者にとって危ない橋を渡るような記述だが、学術書でない振りをしている本書なのでその辺は自由に書けるのだろう。
本書はそういった独特の体裁やスタイルを生かし、ベトナム・ラオスの過去から現状を見事に解説している良書といえる。