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- 半村良 (著)
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紙の本すべて辛抱 上
2003/12/15 21:06
晩年の半村の小説は、伝奇でも人情小説でもなく、ある時代の空気を描こうとしているような気がする。この作品からも、街のざわめきや匂い、風が漂ってくる
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
結局、これが最後の作品になってしまった、寂しいなあと思う。半村良には未完の話が多いだけに、一層その感が強い。この数年の半村の小説は、伝奇でも人情小説でもなく、むしろある時代の空気を描こうとしているような気がするけれど、この作品からも、街のざわめきや匂い、風が漂ってくる。半村の創作メモでも残っていたらなあ、などと思ってしまう。
鹿沼で暮らす後家のおよしは、貧困にあえいでいる。彼女は、やがて彼らを襲うであろう飢饉を本能的に予想して、息子の亥吉が江戸で生きていくことができるよう、教育を受けさせることを決心する。その手始めに、村の住職の妙粋に寺子屋を開いてもらうよう働きかける。嬉々として勉強に励み始めた亥吉と友達の千造だが、飢饉は目前に迫る。
およしに追われるように、十一歳の少年二人は親とも別れ、故郷を後にする。彼らが向かうのは、江戸。栗橋、草加、千住、吾妻橋とたどり浅草でお参りをするまでの道中がさらりと、それでいて眼前に情景が浮かぶように描かれる、名人芸である。そして二人は日本橋で暮らし始める。
亥吉は薬問屋の下野屋に奉公、千造の職場も近くである。店の先輩に案内される日本橋近辺、橋をたどる面白さなどは、旅や歴史が好きな人には堪らないのではないだろうか。とはいえ、半村の表現は、道や店の一つ一つを克明に描くと言ったものではない。町、橋、川の名前を丁寧に追いかけ、さりげなく店の様子や食べ物を描く。それだけで、町の賑わいや子供たちの声、食べ物の匂いが目に浮かぶ。名人芸である。私などは、この技を見るだけでもモトが取れた気になる。
時代は天明というから十八世紀末、田沼から松平定信の緊縮政策の時代に遷り、町民の力は武士の前に抑えつけられている。勤皇の動きがやっと人々の心を捉え始めた時代。そのなかで真面目に、目立たつこともなく奉公をし、主人に気に入られ、店を任されていく亥吉。仕事は様々に変わるが、いつも知恵をしぼり町の人々の心を捉えて、地道に商売を続けていく。
上巻はどちらかと言うと人が中心、下巻は時代や経済、商売のあり方が主人公。以前であれば、面白くないと感じたはずだが、私が落ち着いてきたせいか、半村の力か、読める。少し前の作品で半村の『黄金奉行』を、タイトルから勝手に『妖星伝』のような大伝奇時代小説かと思いこみ、がっかりした記憶があるけれど、いまの私には、半村に大伝奇をという思い込みがない。だから、すんなり半村が描く江戸世界を楽しんだ。いつか、のんびりと『岬一郎の抵抗』で描かれた現代の下町と比較をしてみたい。
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