ヘーゲル（再）入門

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ヘーゲルの弁証法をヘーゲル自身の用語である「流動化」を軸に構成し、『精神現象学』と『大論理学』を接続しよう言うのが本書である。その論旨は明快であり、簡潔でありながら、単なる入門では終わらせず、より厳密な議論への読者の関心を喚起しようという著者の意気込みがひしひしと感じられる。

弁証法が誤解されているという謳い文句はさすがに言いすぎであろうとは思うが、ヘーゲルの議論を魅力的に感じさせることには成功させていると思う。一般的なヘーゲルの弁証法の説明としてはどうだったのかと顧みるにあたって、手元に倫理学の教科書がないので試みに山川の詳説世界史（旧版）を引いてみると次のようにある。

弁証法哲学は人間の存在や思惟はその内部に絶えず矛盾をはらみながらも、より高次な次元において統一され無限に発展するという考えであり、……マルクスの弁証法的唯物論に発展した。

本書を読んだあとでも、この説明はこれはこれで納得できるものである。ヘーゲルの議論は対立や区別に注目し、それらが実は矛盾するものではなく相互に深く関係し依存関係にあることを指摘することをその中心としている。従来の説明でいえば、一見すると同時に成り立たないと思われた事象に相互関係があることを発見し、その発見に至った物事の側面を新たな次元（止揚）と、そうした結果を統一（合）と呼び習わしてきたのである。しかし、この統一はまた新たな対立を生むのであって、無限に終わりを迎えることはない。そうした意味では、著者の「流動化」もそこまで根本的な違いのある説明ではない。あえていえば、こうした図式的な説明にとどまることが、ヘーゲルの意図とは異なると言えるであろうか。たしかに、一つの解釈に辿り着いたという認識そのものに対して「流動化」という用語はさらなる「本質」への探求を要請する言葉であり、本書を読み終わると直ちに本書自体もその克服対象となるという哲学的運動に、自身も巻き込まれている気持ちにさせられ、大変スリリングな読書体験であることは否めない。一方で、従来ヘーゲルに負わされてきた、人類の歴史が高次な次元に無限に発展していくという楽観的な進歩史観からも距離を置くことができるというのも「流動化」という用語の効用といえる。（となるとニーチェは一体誰と戦っていたのかというある種の脱力感も生むような気がするが、それはそれでナチスへとつながる皮肉な歴史の批判となるのかもしれない）。

何よりこの本の新しさは、ヘーゲルの議論がマルクスに連結されていないことである。先に引用したとおり、この百年の間、ヘーゲルはマルクスから遡って読まれることがほとんどだったのではないかと思われる。あるいは、カントの後継者として、その無理解に対する強烈な批判にさらされるような扱いだったのではなかろうか。ところが、本書ではカントとの対照では極めてヘーゲルに好意的な解釈がなされ、マルクスに至っては全く論じられていない。それゆえ、「仮象」はあえて「現れ」と訳され（もっとも仮象が分かり易い訳であるとは全くいえないのでこれで良いと思うが）、人間疎外についても一切触れられていない。ヘーゲルに向けられてきた硬直的な哲学��いう批判がその後継者たるマルクスやニーチェに向けられるようになった今日において、再びヘーゲルに立ち戻ることによってその克服の道を探る新ヘーゲル派とも言うべき思想の宣言の書でもあるのではないだろうか。

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流動性、双方向性を重視したヘーゲルが、量子力学や歴史のとらえ直しが主流となる今の世の中にいたとしたらどう人間を理解するのか。そんなことを思った。

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3月のNHK Eテレ100分de名著はヘーゲルの「精神現象学」の再放送でした。たぶん前も視聴したはずですが、なぜか今回はよりわかったような気分になりました。講師の斎藤幸平の解説も鮮やかに思えて、ふむふむの連続でした。『絶対な実体である精神とはすなわち、「私たちである〈私〉であり、〈私〉である私たち」なのである』とかメモしちゃいました。たぶん同じタイミングで読んでいた野中郁次郎「野生の経営」のキーワードである「相互主観」との重なる部分を勝手に感じていたのだと思います。なので、勢いでちくま文庫「精神現象学」上下二巻をポチッとしてしまいました。届いてペラペラしたら、やばい…この本、難物過ぎ、ということで先ずは本書「ヘーゲル（再）入門」でトレーニング、という訳です。自分にとっては（再）ではなく（新）なのですが…このトレーニングも難しい割に楽しく読み終えることが出来ました。やはり〈流動化〉という一点に絞った著者の語りに引き込まれたからなのでありましょう。しかし、これでも、いざ「精神現象学」！という気分にはなれなく、100分de名著のテキストとか買ってグズグズしているのでありました。

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ヘーゲルの『大論理学』を本丸とした入門書である。
『本書の目標は、「西洋近代哲学の完成者」に代わる、新たなヘーゲル像を提示することだった。その新たなヘーゲル像とは、「あらゆるものに流動性をもたらそうとした哲学者」である。』
本書では、ヘーゲルの二つの主著、『精神現象学』と『大論理学』が扱われる（それ以外の著作なるものは講義の要綱や講義録であることも付記される）。『精神現象学』の解説の部分は、本書のキーである『流動性』が顕著に見出せる部分をピックアップしたというに留まっており、読者をヘーゲルの『流動性』に馴染ませるという準備作業のような印象である。そして、その準備作業の後に『大論理学』である。したがって、有名な『精神現象学』そのものに興味がある人よりも、『大論理学』に興味がある人に強くおすすめできる。『精神現象学』の一般向けの解説書は多くあるが、『大論理学』のそれとなると貴重であり、この点に本書の価値がある。そうはいっても、『大論理学』の章は難解である。入門書でこれなのだから、原典を読むには相当な覚悟が必要になるだろう。著者は重複を厭わずにまとめ、振り返りをしてくれるで、それで何とか論旨を追っていけるような状態であった。
著者によると、『通俗的な「正反合」の弁証法』の理解は、『対立が最終的に克服されて、安定した体系が完成されるというイメージが喚起されてしまう』という問題がある。
・通俗的なヘーゲル理解…正+反→合
・本書のヘーゲル理解…正+反→｛正⇔反｝（⇔は流動性を示す）
そうであるので、本書の記述も「対立するAとBが登場→どちらも相互依存的→そもそも区別なんてできない一体のものである→固定した思考の流動化」というパターンを繰り返す。私としては、それで結局何が残るのだろう？と感じてしまった。すべてが流動性に溶けていくのだろうか？これがヘーゲルに由来するのか、著者の解釈に由来するのかは分からない。あるいは、そのような理解で正しいのかもしれない。ただそうだとすると、全てが流動性に押し流した後に、我々はいかに思考したらよいのだろう？次の文章には著者のヘーゲル観がよく表現されている。
『ヘーゲルは、体系的な理論を構築するためのカッチリした足場を作りたい、という哲学者の欲望を完膚なきまでに打ち砕く。そのようなものはない、全てはグラグラと揺れ動かざるをえない。それでも私たちは思考を続けなければならない。ヘーゲルは私たちにそう語りかけているかのようだ。』
通俗的なヘーゲルのイメージは、その批判者たちによって作られたのだろう。本書ではラッセルとドゥルーズの名前が挙げられていたが、20世紀の哲学のいたるところで、ヘーゲル（とプラトン）は打破されるべき古き巨人の扱いを受けている。哲学の世界では、批判の対象の一面をピックアップして固定化する、というのは常套手段だ。
非常に納得いったのは、著者による、ヘーゲルは同時代の生物学・生理学に強いインスピレーションを受けていた、という示唆である（『一九世紀はじめは、生物学・生理学の黎明期』であったと説明される）。ヘーゲルの論の進め方、そのダイナミズムの奔流、著者のいう『流動性』���それはいかにも『有機体』を思わせる。これは本書に書かれてないが、例えばカントなら、その整合性と普遍性への偏執的なまでの愛情、こちらはいかにも天文学を思わせる。哲学者も時代の子なのだ。

それにしても、解説者に次のように書かれる哲学者などヘーゲルくらいではないだろうか。
『ヘーゲルは、初学者が一読してわかるように書いてくれてはいないのだ。もし最初から意味がわかった方がいれば、申し訳ないがあなたはほぼ確実に誤読している。むしろ意味がわからなかった方こそ、文章の読み方の基本が身についていると言ってよい。安心してほしい。』
本書内で引用されているヘーゲル自身の文章を見るかぎり、大部分でそのとおりだと思う。著者は、その難解さは『哲学的思考のプロセスを言語で表現するための、ヘーゲルなりの工夫』に由来するのではないか、と考える。どういうことかというと、『難解なレトリックによって読者の思考をぐらつかせ、流動化させることが、哲学的な思考を展開する書物にはどうしても必要だ、とヘーゲルが考えていたためではないか』ということである。

『精神現象学』において、『「つぼみ」「花」「果実」の比喩』が『「正・反・合」の図式』とセットで弁証法の説明として言及されることがしばしばあるが、著者によるとこれは誤りであり、『実はヘーゲルがこの比喩で語ろうとした内容こそ、「流動性」の重要さなのである』とされる。私もこれには納得した。確かに「つぼみ」と「花」は対立していないし、それらが止揚されて「果実」になる、というの変な話だと思っていたからである。著者によると『流動性をその本性として持つものの中では、対立するかのように見えた諸契機が一つの全体をなし、全てが等しく必然的なものとして存在する』ということである。さらに驚いたのが、『ヘーゲルがここで考えているのは、複数の哲学の理論が異なる結論を呈している状況だ』ということである。様々な哲学（例に挙がるのはライプニッツとカント）は互いを否定し合うように見えるが『それらはいずれも哲学的真理にとって等しく必要なもの』だとされる。哲学も植物と同様に『「流動的な本性」を持つもの、諸契機が有機的に連関し合ったものであるはずだ』と説明される。そうであればヘーゲルは、自身の哲学を「果実」だと考えていたのだろうか。
『精神現象学』において『意識』は『さまざまな挫折を経験する』ことになる。それを著者は『「思考が流動的になる」プロセスを記述することに、『精神現象学』という書物は捧げられているといえる』と表現する。ヘーゲルにおいて真理は、『探究の結果たどり着くべきゴール』ではなく『探究のプロセスそのもの』であり、『この真理プロセスをそのまま描くことこそが哲学研究』だとされる。そしてその『真理観・哲学観を最も端的に表しているのが、「流動化」という言葉である』ということである。

『精神現象学』の本論の最初の箇所である『感覚的確信』は、『「今」「ここ」「これ」を真理とする』ものであり、『「直接性」に固執する態度の典型』でもある。だから『「直接性」への批判と「媒介」の重視というヘーゲル哲学の特徴が明確に現れている箇所』だとされる。著者の説明によると、その根底には『基礎づけ��義的な発想への根本的な批判がある』らしい。これを言い換えると『ヘーゲルは私たちの認識や体験が誤りうるということをそのまま受け入れようとしている、ということにもなる』とのことで、この表現だと分かりやすい。例として『「今は夜だ」と語ろうとすれば、語られた内容は半日後には真理ではなくなってしまう』ことが挙げられる。ヘーゲルにおいて真理は、『直接的なものではなく、媒介されたものの中』にて、『可謬性や不確実性を含んだものとして』捉えられる。
『悟性』、つまり理解力に達した意識は、『不死の神』や『普遍的な科学法則』のような『超感覚的世界』を求める。ヘーゲル自身の表現だと、それは『諸法則の静止した王国』である。法則による説明は『現象を体系的な数式によって記述し直すこと』であるので、それは『現象と法則を区別し、そののちに再び両者の同一性を見出すという運動』を含む。著者によれば、『超感覚的世界の内実は、この「静止した諸法則」から、私たちがすでに見た議論の展開を通じて、流動的な「運動」としての第二の法則に変わってゆく』のである。

『精神現象学』で有名な「主人と奴隷の弁証法」の基本は次のとおりである。
『一見すると、自立的なのは主人である。奴隷は主人に隷属するのだから、自立的とは言えないように思える。しかしよくよく考えてみると、奴隷の方が自立的意識だとわかるはずだ、とヘーゲルは言う。』
そしてこの議論にも、本書のキーである『流動性』が見出される。奴隷が感じる『死の恐怖』は、『固定観念を流動化させ、それによって奴隷は思考における自由を獲得』して、『少なくとも潜在的には、ヘーゲルの言う「自立性」を手中に収めていることになる』ということである。…ここは理解が難しかった。主人と違い奴隷には、目の前の現実を否定する動機がある、くらいの意味だろうか？著者によると『ヘーゲルにおいて流動性が自由と結びついているということそれ自体が、ヘーゲル哲学を理解するための鍵』だ、ということである。
次に『行為』が扱われる。『行為』は『人生を考える際の最小単位』であり、『人間という主体と、そこから切り離された世界という客体が出会う場面』でもあるので、『哲学で問われるべき重要な問いになりうる』のである。ヘーゲルの『「行為がなされたあとのことも考慮する」という態度』は、『行為の哲学のスタンダードたる「実践的推論」の考え方において抜け落ちていたものだ』と説明される。本書で明示はされていないが、カントの実践哲学が念頭にあるのだろう。つまり『行為の説明は、行為がなされた時点では決して完成されない』のである。そしてここでも『流動性』が見出される。
・従来の実践哲学…主観→客観
・ヘーゲル…主観⇔客観
客観からのフィードバックも重要であるので、当然『善い意志を持ち、しかもそうしたいと思ってもいるのだ、とどれだけ主張しても、実際に行動に移さないならば何の意味もない』ということになる（『美しい魂』の批判）。そしてヘーゲルの考え方は『自分の行為の評価や表明した意見に対する評価を、相手に委ねる態度が重要だという主張にもつながっていると言えるだろう』とされる。

『大論理学』は、『ヘーゲル哲学体系の中心にある書物』である（『精神現象学』は『体系の外側ないし入り口にある』）。『大論理学』の内容は、『（純粋な）思考』と『ことがらそのもの』、言い換えると『客観的に思考すること』である。
最初の章は、『大論理学』の『存在論』である。
まずは端的な『存在』が扱われる。ヘーゲルによる記述を著者によって説明してもらうと、次のようになる。
・『純粋な存在』=『何かが存在するのではなく、ただ存在する』=『定まった形態や性質を全く持たない』=『空虚』=『全く何もない』=『無』
しかし一方で『存在と無が全く同じであることにはならない』ともされる。それは『存在が無になり、かつ無が存在になる、というように生成変化が双方向に生じる』という『運動』である。そしてここが『学の始まり』だとされる。
・｛『純粋な存在』⇔『無』｝=『生成』
著者によると、その統一は『揺らぎつつ生成するもの』であり、『直接的でありかつ媒介されてもいるようなもの』であるから、『学の始まりにも揺らぎという意味での流動性がある』とされる。
私がここでうまく考えることができないのが、そもそもなんの規定も持っていない「ある」とはどういうことか、ということだ。それはほとんど「存在」というよりも「存在作用」というようなことなのだと思う。そういった意味では、ヘーゲルが『生成』とか『運動』と表現したような、著者の表現では『流動』とされているような、そんな事態なのかもしれない。でもやっぱり分からない！
次に『現存在』が扱われる。
・『現存在』=『何かがある』=『何らかの具体的な規定を持っている』=『「何かである」ことと、「何かでない」こととの統一』=『存在と非存在のこうした統一』
このように『非存在』は『現存在の「契機」すなわちその一部となっている』のである。だから、『現存在が自己関係であり、かつ同時に他者への関係でもある』、これをもって『現存在における存在と無の統一』とされる。著者によると、『ここでもヘーゲルは、現存在を静止したもの、安定して存在するものとは見ていない』という点で『流動性』が見出せる。
最後に『無限性』が扱われる。ヘーゲルにおいては『悪無限』と『真無限』を区別される。『悪無限』とは、『無限なものが有限なものと対立して並び立つかのように考えた場合』に見えてくるもので、それは『無限と有限の間に境界線を引くことができる』と考えるために、実は『限りがあるもの、有限なもの』になってしまう、という考え方である。『真無限』においては、『無限が有限を超え出るのと同様に、有限の方も有限自身を超え出ていく』のであり、『有限なものが自己を超え出つつ、自分自身に戻ってくること』でもある。つまり『有限の中に無限が含まれている』ということになる。
・無限⇔有限
『この意味で真無限は、有限と無限の対立を固定化させず、それを流動化させるプロセスそのものである。』

次の章は『大論理学』の『本質論』である。
まずは『現れ』と『反省』が扱われる。
・『現存在』=『本質』に支えられることで存在する=『本質』によって『定立された存在』=本質にとって『否定的なもの』
・『本質が現存在を定立する』=『本質が現存在へと反省する』=『本質が���分自身へと帰ること』
なお、頻発する『反省』と言う言葉は、『「リフレクション」が持つ「反射」のニュアンスから理解するのがよい』というのが著者のアドバイスである。『現存在』と『本質』が『もともと一つのもの』だとすれば、その区別は『幻想』ということになる。
・『反省』=『本質と現存在の間の関係』=『一つの事物の内側で、幻想と幻想、無と無の間に生じた動き』=『本質や現存在』に先立つもの
しかしながら、『反省の方が現存在や本質に支えられているとも見なければならない』のであり、『それに先立って現存在や本質も存在するとされていなければならない』のだとされる。…こうなってくると、論を追うだけで困難を感じる。およそ次のように理解したが、どうだろうか？
・｛『本質』⇔『現存在』｝⇔『反省』
次に『根拠』が扱われる。
・『形式的根拠』=『根拠が「十分」である』=『同一の事態を別の観点から記述したもの』
・『実在的根拠』=根拠づけられるものと『部分的に同一の内容』を持っているもの
根拠と根拠づけられるものを考えるとき『二つのことがらの同一性と差異の両方に同時に目を向けている』ということになる。
・『現実世界のあり方』=『直接的で多様な現存在』=『直接的であるがゆえに「根拠を持たない」ものであり、かつ「根拠の前提をなす」ものである（GW11, 315; 10-2, 一五三～一五四）』
しかし逆に『根拠こそが基盤にあり、それによって制約すなわち現実世界が成立する』といった『側面もヘーゲルは否定しない』のである。そうすると、それらは『互いを前提し合う』ということになる。
・『根拠』⇔『制約すなわち現実世界』
最後に『現実性』が扱われる。ここでは『根拠』の論から帰結する『全ては偶然に起こるのか、それとも物事の生起にはしかるべき根拠があるのか』という問いが掘り下げられる。
・『形式的現実性』=『現実は偶然である』=『「単なる可能性にすぎない」ような現実性』
・『実在的現実性』=『現実は必然である』=『「根拠づけ関係を成り立たせているような現実の全体を見たときに何が可能なのか」、ということ』=『諸制約の全体』=『現実世界における実現可能性』
著者は、この対立について『ヘーゲルはここでも流動化させる』と書く。
・『現実の必然性が、それ自体で偶然性である』=『偶然性が必然性に即して生じる』=『実在的必然性が偶然的なものであるということ、そのこと自体が必然的だということ』
こうして『偶然的なものとしての必然性と、必然的なものとしての偶然性が同時に生じる』ことが把握され、それが『絶対的必然性』として理解される。
・『絶対的必然性』=『形式的可能性、形式的現実性、実在的可能性、実在的現実性といった全ての様相は一つに溶け合いつつ存在している』という事態=『様相の諸形式をめぐる運動そのもの』
著者はここで『ヘーゲルは表立っては言及していないが』としつつ、『この様相論は、歴史に対するヘーゲルのアンビバレントな眼差しにも関わっているように思われる』と推測する。そして『よく揶揄が向けられる「ヘーゲル的」な歴史の目的論』に触れつつ『単なる目的論ではない、しかし系譜学的でもない、ヘーゲルの歴史論の深みがあるように思われる』とする。

最後に『大論理学』の『概念論』である。
ここでは『通常のいわゆる論理学で扱われる題材』が扱われ、『そうした素材そのものを流動性へと』導く、という流れで論は進む。
古典的な『普遍と個別』という区別が扱われる。そしてもちろん、結論は今までのパターンと同じである。普遍には個別が含まれる、個別にも普遍が含まれる、『普遍と個別の境界は実はぼやけており、流動的になっている』、『普遍と個別が一つである』ということになる。
まずは、カントの認識論、『「直観」と「概念」の二つが組み合わさることで初めて、私たちは何かを知ることができる』という考えが批判される。一点目が、『認識と切り離された独立の直観は存在しない』ということである。二点目が、『主観的な概念と客観的な直観が独立だという前提から出発し、あとから両者の適合性を証明しようとする道』は見込みがなく、『そもそも出発点から、主観と客観、概念と直観、普遍と個別は一つのもの』だと考えないと、『認識を説明することはできない』ということである。
・概念（普遍）⇔直観（個別）
次に『生命論』が扱われる。これは論理学らしくないと思うが『論理学の本で生命論を扱うのは当時としても型破りだったようで、ヘーゲル自身も論理学でなぜ生命を取り扱わねばならないのかということについて紙幅を割いて論じている』ということである。ヘーゲルは、『生命は「概念論」のテーマたる「普遍と個別の統一」を体現するもの』だと考えた。まず『心身の相互関係』である。従来の心身二元論では説明できなかった心と身体の繋がりついて、ヘーゲルは心（普遍）と身体（個別）が同一なのだとして、それを『普遍と個別の同一性の問題の重要な一形態として捉えようとした』ということである。私などは、心は個人のものなので『個別』にあたると思うのだが、ヘーゲルとしては身体の各部位という『個別的な部分』に対して『一つの心によって結びついている』という点で、『心と身体の間には、普遍と個別と同様の関係がある』ということになるらしい。こうして『心と身体や、身体の諸器官相互の関係が流動的である』ことが示された。次に『生物は食べ物を見つけ、それを食べて栄養を摂取する』という過程だ。これは分かりやすく『生物と外界との境界は流動的になる』事態だろう。こうして『生物個体と外界の関係に流動性がある』ことが示された。そして、『生殖と生物種』である。個体（個別）は死ぬが、生殖によって生物種（普遍）が形成され、現実に存在する。生物種は『ある意味では概念であるが、同時にある意味では実際に存在する生物の集団でもある』ので、『個別と普遍の境界や概念と実在の境界が揺らいでくる』ということになる。こうして『生殖を通じた生物種の形成に流動性が見出せる』ことが示された。
・心（普遍）⇔身体（個別）
・生物個体（普遍）⇔外界（個別）
・生物個体（普遍）⇔生物種（個別）
なお著者によると、『生命論は哲学説としての深みと精彩に欠けるという印象を拭えずにいる』とのことである。第一に、普遍-個別と生命現象は『アナロジー的なつながりでしかない』という点において、第二に、現代の科学的知見からどれほど妥当性を持つかという点において。確かにそれはそのとおりだと思う。でも私のような思考力の持ち主には、他の抽象的議論よりずっと理解しやすかった。
最後に、『絶対的理念』における『弁証法とは何かということについてのまとまった言及』が扱われる。最初に『対象と認識の間に矛盾が生じるような事態』があり、古典的な弁証法は『対象そのものの否定へと向かう道』（エレア派）や、『認識そのものの否定へと向かう道』（懐疑論）に進む。もちろんヘーゲルはどちらでもなく『第三の道を提示する』のだ。ヘーゲルの弁証法は『対象でも認識でもなく、それらにとって中立な「概念」の中に矛盾』を見出し、対象・認識・概念のいずれも否定しない。対立や矛盾において一方を否定するのではなく、『移行するということ、まさにそうした移り変わりという事態そのものとして捉えられなければならない』のである。それはこれまでの議論、特に『有限と無限の対立の例』や『普遍と個別の対立の例』に具体的であった。
『これは、ヘーゲルの弁証法論の根本に流動性があるということである。ヘーゲルは弁証法的な対立を固定的なものと見ずに、それを流動化させる。論理学において現れる対立は、その本性からして相互に移行し、運動するものと見られる。これがヘーゲルによる弁証法的対立への対処である。』

最終章では、20世紀の終わりごろからのヘーゲルの再評価として『大陸哲学の流派に属するカトリーヌ・マラブーのヘーゲル解釈と、分析哲学の潮流に属するロバート・ブランダムのヘーゲル解釈』が紹介される。もちろんここでも『流動性』がキーになるのだが、あまり理解できていない。それは第一に、ここまでの議論で気力を使い果たしたということ、第二に「著者のヘーゲル解釈」だけでも手一杯なところに、「第三者固有の哲学」+「第三者のヘーゲル解釈」をぶつけられても（それもごく短く）、私には飲み込めなかったということで、私の読む力の不足によるものだ。