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紙の本
エッセイの達人
2016/05/31 01:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:親譲りの無鉄砲 - この投稿者のレビュー一覧を見る
朝永振一郎は随筆の達人である。本書はその達人の手になる、コンパクトな体裁ながら、非常に欲張りな随筆集である。編者の江沢洋氏の並々ならぬ意気込みを感じる。
例えば、本書に収録されている「鏡のなかの世界」や「光子の裁判」は、それだけで名エッセイの誉れが高い。 「物理学界四半世紀の素描」の初出は日本物理学会誌であり、専門家向けに書かれた量子力学草創~発展期のレビューであるが、一般読者にもわかりやすい文章である。難解なくりこみ理論や、超多時間理論なども、考え方・発想の要点をきっちり押さえているので、これらのエッセイを読むだけで、素人にもおぼろげながらもわかった気にさせてしまう。
超多時間理論の解説では、湯川のマルの理論を引き合いにして、朝永は、「どうも私は、いつも湯川さんのあとを追うことになっているようですが・・・」と謙遜している。二人は自他ともに認めるライバル同士であるが、お互いの才能を高く尊敬しあう友人でもある。その関係は、後世の我々から見ても、非常に微笑ましいものであり、この二人の才能が同時期に誕生、三高、京大では同窓として研鑽し合った共時性に不思議な縁を感じたりもする。本書の記述ではないが、後の時代の科学史的研究により、湯川・朝永の学生時代の学科成績は明らかになっており、例えば、数学の成績などは、朝永の方が優れていたらしい。カミソリのような鋭い思考力を誇った朝永ならではのエピソードである。(もちろん、湯川の成績が悪かったわけではない。彼は、答案に対してでも、教科書的でない独創的な解法を求める志向があったようである。)その朝永の才にして、若き学究時代には、なかなか芽が出ず、苦労したことが忍ばれる。その苦悩がにじみ出ているのが、本書採録の「滞独日記(抄)」である。朝永は、31歳の時にドイツに留学、ハイゼンベルクの下で、約2年間研究を進めるが、場の反作用の無限大発散の問題に苦しんだ。誰にも公表するつもりはなかったであろう私的な日記に、この苦悩が率直に書き連ねられている。約10年のちに、「繰り込み」という処方でこの困難を回避するアイディアに至り、ノーベル賞受賞の栄に浴するわけだが、この長年の苦闘なくして、この「発見」には至らなかったであろう。私としては、本書中の白眉はこの日記だと考える。特に、若い人たちには、この部分だけでも読んで欲しいと思う。何等かの得るべきが、必ずあるものと思う。
付録には、ノーベル受賞講演の英原文が採録されている。(この講演は、授賞式の際になされたものと、勝手に思い込んでいたが、実は本人の不慮の事故によりこれに出席できなかったため、翌年5月にストックホルムで行われたとのことである。)