紙の本
三島由紀夫こと本名・平岡公威。父・梓、祖父・定太郎と平岡家三代を近代官僚制のなかに位置づけることにより、歴史、政治、思想の幅広い視野から三島文学を捉え直した野心作。
2001/08/17 15:31
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
三島由紀夫が盾の会を結成し、文筆活動から具体的行動に力を入れていったプロセスを考えれば、彼の作品を「文芸」という限られた視座のなかで捉えるだけでは見えるものも見えてこない。
歴史に政治に思想といった広い視座をも含めて人間・三島由紀夫を捉え直そうとしたのが本書である。「猪瀬直樹だからこそ、ここまでできた」という印象が痛烈な力作である。
これまでの評伝では、雅びの世界を分析するために、武家の令嬢として生まれ有栖川宮家で行儀見習をした祖母・夏子の家系に重点が置かれていた。自伝的小説『仮面の告白』では、脳神経を病んだ祖母と起居をともにして、彼女の詩的魂に多大なる影響を受けた三島の少年時代が描かれている。
しかし、その私小説において、「祖父が植民地長官時代に起こった疑獄事件で、部下の罪を引き受けて職を退いてから…」と1箇所でしか触れられていない祖父・定太郎の存在に、猪瀬直樹は着目する。
内務省の官僚であった定太郎が、平民宰相・原敬に重用されて出世し、政争に巻き込まれて失脚するという経歴が事細かに掘り起こされているのが面白い。
植民地・樺太の長官として着任した定太郎は、原敬の政友会のために漁場の権利や印紙切手で資金を調達する。そのために失脚することになるのだが、漁業とは別の地場産業を…と考えた彼はパルプ工場を誘致し、森林資源で国益を上げる基礎を築くのだ。
内務官吏として苦い経験をした定太郎は、息子の梓に農商務省入省を薦める。森林利権とそれに伴う人脈を相続させたいもくろみがあったのだろうと猪瀬は指摘する。
三島が徴兵検査でひっかかることを期待して、わざわざ本籍地の兵庫県の田舎に息子を伴った父親の梓は、うだつの上がらない小役人的な人物、ニヒリストだったようである。
満州での産業開発をてこに出世した同期の岸信介と対照的な存在としての梓が描かれながら、このあたりで、官僚機構と政党政治の日本的なあり方が十分に考察されている。
田中真紀子と外務官僚との確執が何やらわかる気がしてくる。
父・梓が大蔵省への反発から、息子に大蔵省入りを薦めたという流れのなかで、作家になりたいために、必死で売り込みをした三島由紀夫の姿が紹介される。
なかなか思うような評価がもらえない習作、『仮面の告白』で彗星のごとく現われたかのように言われているが、半年間泣かず飛ばずだった事実なども指摘されている。
成功してからも、大作『鏡子の家』の評価が思わしくなかったこと、『絹と明察』を力のある翻訳家に英語訳してもらえず、その人物が大江健三郎作品を選んだことがノーベル賞の諦めにつながったなど、三島の計画外のズレが、自決の45歳にとってどんな意味を持つかが考察されていく。
そして、官僚がつくりだした戦後的日常に辟易した三島が、「人間天皇」を不満に思い、本来あるべき姿を天皇に取り戻して社会を再編する昭和維新を夢見る思考のプロセスが浮き彫りにされていく。
仮面をかぶった三島の向こうに近代の矛盾が透けて見えるダイナミックな評伝で、背筋がゾッとした。
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三島由紀夫というよりは、祖父・父・そして三島の平岡(三島の本名)家3代に渡る歴史に重点が置かれている。その分、三島の作品自体には思ったほど触れていない印象を受けた。
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猪瀬直樹が三島由紀夫の生涯をきる。
実は、ろくに三島由紀夫って読んだことがない。多分「潮騒」ぐらい。それも、なんだかなぁって…。それより、軍服の写真だったり、割腹自殺とかで、すごいファッショの匂いがして近寄りたくなかったのだ。
なので、祖父、父と続く官僚の家に育ったとか、祖母が病気で彼をほとんど閉じ込めて育てたとか、そういうバックボーンは全くしらなかった。
…これじゃあ、ああいう方向に走っていっても仕方ないか…。
しかしながら、人がその育ち方で歪むのは、多かれ少なかれ誰にでもある。三島は、文学というその歪みを利用できる技を持っていたのに、それで昇華できなかったのか。とその不器用な生き方に哀れを感じた。
「ピカレスク―太宰治伝」もそうだったが、猪瀬直樹の目は常に冷静だ。不思議なほど、主観もない。(あるとしても、それは構成とか言葉の選択にあって、文章そのものはとても客観的である) だからこそ、三島の不器用さがあぶり出しのように浮かび上がってくる。
上手い。
次は、川端康成の本、「マガジン青春譜―川端康成と大宅壮一」だ!
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『ペルソナ―三島由紀夫伝』は、猪瀬直樹による三島由紀夫の評伝。別に三島のファンじゃないけど、同じ著者の『ピカレスク―太宰治伝』が面白かったので購読。
三島由紀夫は、天才作家だと神秘化されて語られることが多い。この評伝では、天才という神秘の仮面が剥ぎ取られている。売れるために苦しんだ作家三島由紀夫の素顔がリアルに綴られる。
三島は、祖母の影響が強いと言われる。『仮面の告白』で描かれているように、幼い三島は祖母に半ば幽閉され、文学的素養を注ぎ込まれていた。著者は祖母ではなく、三島本人が多くを語らなかった祖父に焦点を当てる。
三島の祖父は、原敬に仕える官僚だった。本書の第一章は、三島由紀夫の幼少時代でなく、原敬と原に仕える祖父の活動に焦点が当てられる。三島由紀夫本人の話は全然出てこないけれど、読み物として面白い。祖父が仕えた原敬は、日本に民主主義を根付かせようとした人だった。薩長の派閥政治に対抗するために原が使ったのは、官僚と金の力だった。金をばらまいて官僚を支配し、政治基盤を固める原の手法は、田中角栄と重ねられる。
三島の祖父は政治闘争の過程で失脚したし、原も暗殺された。出世街道から外れた三島の家は、傾いた。三島の父も官僚だが、うだつがあがらない。精神が不安定になった貴族出身の祖母は、かわいい孫にいびつな愛情と古典教養趣味を注ぐ。こうして、三島由紀夫が育つ。
『仮面の告白』で華々しくデビューしたようなイメージがあったが、違った。三島はデビューするまで普通に苦労している。原稿を作家に送っても相手にされない。変態作家だと先輩作家に言われたりする。当時売れていた太宰治の『人間失格』をまねて書いたのが『仮面の告白』だったという。そう言われると、確かに『人間失格』と、『人間失格』発表1年後に書かれた『仮面の告白』は似ている。
『金閣寺』をピークに、三島は売れなくなる。社会派的作品を書くが、若い頃の作品ほどには売れない。世間は、大江健三郎など三島より若い作家の感性に注目しているし、学生運動が隆盛してくる。何故三島が過激なナショナリズムに染まっていったのか。変遷の契機として、経済的理由があげられた(今日も就職活動に疲れたらしい大学3年生が高速バスで事件を起こしたが、経済的基盤に対する不安は、人生を変え得る)。
三島の文学、及び晩年の過激なナショナリズムには、戦後日本を覆う日常性への嫌悪があったという。祖母が教えてくれた芸術、文学、有限の日常性を超越した理想の幽玄的世界。著者は三島が嫌悪した戦後日本の日常性を、近代官僚制と読み替えている。
暗殺された原敬の代わりに台頭したのが、戦後総理大臣にまでなる岸信介だった。戦前に岸は、統制経済の仕組みを作った。戦後日本の経済復興は、皮肉にも戦前の統制経済の仕組の焼き直しであるという。官僚が計画を練り、企業と官僚が癒着し、欲望と消費が蔓延する。戦後日本の日常性、官僚というマクロに対して、三島は、天皇というより超越的なマクロを対置させようとして、共感を得られず切腹した。著者は、著述活動によって、近代官僚制を批判している。そ���仕事は、『日本国の研究』などに続いている。
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修善寺に向かうため東海道線の三島ゆきに乗った。雄だとちょっと重い。夫ならちょっと軽いかんじ。ペンネームは三島由紀夫とした。冗談ではない。バルザックが病床で自分の作中で描いた医者を呼べといった。作家はときどき現実を混同する。三島は言った。私は決して混同しない。いつも現実の対立と緊張から作品が生まれてくる。インタビュー記事より。あなたを突き動かしている情熱って何なのですかね?戦時中に育って二十歳までのことはご破算だったといわれたときにその人間がどういうことを考えるか。。。それだけのことですよ。官が悪くて民が良いみたいな風潮あなたが悪くて私はわるくないみたいな逃げ口上。官僚一家の血とはいったい何なんだろう。日本っていったい何だろうって。葉隠を愛読した三島。人間は明日死ぬかもしれないよくできた操り人形だと。
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平岡家官僚としての3代の系譜から三島を描いたことが斬新なノンフィクション。単なる作家論でないところが面白い。
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【概要】
・三島由紀夫(本名は平岡公威)の一生を、三島の作品をヒントに、膨大な資料、取材で事実を確定し、三島の現実的人物像に迫った評伝記である。
「官僚の血筋」
・三島の祖父・定太郎は、原敬に重用されたエリート官僚だが、原敬の暗殺とともに、凋落していった。
・父・梓は、油をうっては時間をつぶし、定時に帰宅するような出世をあきらめた駄目官僚であった。
「幼少期」
・三島は、幼少期、祖母に幽閉されるように育てられた。
・学習院中等科時代に、詩や小説を書き始め、終戦直前の昭和19年に処女短編集『花ざかりの森』を刊行した。
・このとき出版社への働きかけや紙の手配、リスクを犯し徴兵を遅らせるなど、出版への執念を見せる。
「作家へ」
・終戦後、東京帝大を卒業し、執筆を続けながら大蔵省に入省するも9ヶ月で辞め、作家一本に絞り『仮面の告白』を出版する。
・大蔵省に入ったのは父の半強制的なものであったが、家計を支えていたのが実質的に三島だったことも大きい。退職後に執筆した、『仮面の告白』には、一家の生活もかかっていた。
・『仮面の告白』は、太宰治『人間失格』を意識した三島の私小説である。
・三島は人気作家となるが、『金閣寺』を頂点に、その後は本の売れ行きも評判も悪くなっていく
「自決までの経緯」
・全身全霊をかけた『鏡子の家』は、評論家に酷評される。
・本の売上げに陰りがみえはじめ、仲間の裏切りにあうなど、ツキにも見放される。
・次第に絶望的な文章を書くようになり、遺稿となる『豊穣の海』の執筆を始める。
・このころから、天皇を意識した言動を見せるようになる。
・『豊穣の海』を書き上げた三島は、市ヶ谷駐屯地で衝撃的な自決をする。
【なぜ三島由紀夫なのか】
著者は、なぜ三島にスポットライトを当てたのだろうか。本書、文庫本のあとがきには「仮死状態におかれている三島由紀夫を土中から救い出してあげたい」とあり、「無数のメッセージを読み解」くことで、「日本の近代」を記すとある。その他、著者の他の本やtwitterも参照にすると以下のように考えられえる。
①三島由紀夫は、昭和を象徴する作家だから
著者(猪瀬直樹)が、twitterか著作のどこかで書いていたと記憶しているのだが、1920年(大正14年)に生まれ(つまり昭和の元号と年齢が同じ)、二十歳で終戦、戦後25年目に45歳で自殺した点など、時代の節目と三島個人の生涯が重なっていること。
②日本の近代(官僚機構)を熟知していたから
・戦後日本を支えてきたのは、官僚であると言われているが、三島は3代にわたる官僚一家である。
・著者は、その著作『言葉の力』の中で、三島と官僚の関係について以下のように記している。「三島は、官僚として生きることを拒んだ。官僚の家系であることも見せなかった。官僚機構が日本の近代社会をつくったことは誰よりも熟知していたからこそ、その成果も欠点も理解していた。」
③官僚機構の解決策のヒントになる可能性があるから
・日本の課題として、しばしば官僚機構の打破、脱官僚などが言われている。
・官僚を熟知し、かつ官僚を拒んだ三島の生き方から、官僚機構を打破するヒントが得られる可能性がある。
・三島を読み解くことで何か発見があるはずというねらいがあったと考えられる。
・この点については、以下を参考
※第625号【論説】(11月25日)「三島由紀夫が『金閣寺』で暗示したもの 猪瀬直樹 公式サイトより
http://www.inose.gr.jp/news/post736/
※『一般意志2.0』と三島由紀夫 togetter より
http://togetter.com/li/222870
※没後40年 石原氏と猪瀬氏インタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=O-Xoht_aeI0
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祖父、原敬、官僚、家庭。
祖母、心身の病、幽閉、自閉症。
内向的に、雅、同性愛、異性との経験。
文学。
父親、官僚、感受性の低さ、兵役。
母親、耐え忍ぶ、陰の支え。
で、どうして、右傾化し、杜撰な計画を実行したか。どうして論理の飛躍をきっかなかったか。どうして人の心を動かすのは、論理では足りないとおもわなかったのか。
熱い時代だったのでしょうか。
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本書の大きなテーマである、官僚制と三島由紀夫の関係については強引と言わざるを得ない。というより、関係性を認めたとしても、声を大にして言うほどのものかと。三島の生活や作品から、自害に到るまでの流れは非常に綺麗に読み解かれている。綺麗な分、淡々としており感激はないが。
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猪瀬直樹『ペルソナ 三島由紀夫伝』読了。三島が意識し忌避した「日常性=官僚制」。三島は感性を滅却し、なぁなぁで進む日常=官僚制=戦後を生きる事が出来なかった。戦後という時代は三島にちゃんとした死に場所を与えなかったんだと思う。あの自決も予定通りではなかった結果。でも三島は貫いた。
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第2章幽閉された少年 pp.117-123.昭和19年5月,加古川市志方町での徴兵検査を三島とともに受けた高岡高商18回・船江不二男への取材を含む記述
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三島由紀夫の作品はすごく好きだったが、本人の生い立ちはウィキで見たりするくらいだったので、非常にこの本の内容は興味深かった。
やはり平岡家はすごくエリートだと思うし、三島由紀夫の祖父定太郎の話は、三島由紀夫関係なく、それだけでおもしろかった。相変わらず猪瀬さんはすごく調べ上げて書いているので、三島由紀夫の祖父、祖母、父親、母親がどういった人間だったのかがよくわかった。この本を読んで、金閣寺について昔自分が感じたことは思い違いだったのかもしれないと思った。また、豊穣の海は、暁の寺と天人五衰が春の雪と奔馬に比べてイマイチだったと思ったのは、やはり三島自身も迷走していた感があったのかと思った。それでもやはり、豊穣の海を超える作品はないと思う。実際三島の作品は豊穣の海を読み終えてから、一作も読んでいなかったが、今回この本を読んで、『絹と明察』と『鏡子の家』は読んでみようと思った。
また、三島が最後の死を遂げるまでで、どういった流れで蜂起したかなど何も知らなかったが、この本を見て三島がどういった心情で自害したか少しだけだけどわかった気がする。
原敬や岸信介など、歴代の有名な総理の近くに三島の父や祖父がいたと思うとほんとすごい家族だなと思う。
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初猪瀬直樹さん。
東京オリンピック招致に成功した栄光から一転、カバンにお金の束と見立てた包みを、入りますっと言い切りグイグイ押し込んでいた汗だくの猪瀬直樹さん。
本ははじめて読んだ。
読みやすい文章を書かれる。でも内容はそれ程面白いものでは無かった。
三島由紀夫について書いてある。
三島由紀夫は余り詳しく知らないので興味を持って読んでみた。
三島の父親や祖父のことまで遡って書くことは三島の人格形成を紐解くためにも必要だとは思うけれど、ここまでの記述は必要だったのか。
三島の祖父定太郎のエピソードの中で杉山茂丸という政界のフィクサーのような人物が出てきて、その人物が夢野久作さんの祖父ということは知らなく、へえと思ったが、それ以外は特に興味も持てずに終わった。
三島をよく知らないわたしでも知っているような内容が多く、何故貧弱とも言える少年期を過ごした三島が、肉体を鍛えることに執着し自身の肉体を誇示したり、ゲイのような言動行動をしたりすることや、戦争には出征出来ないしたくないという考えだったのに軍隊というか武力による防衛などに興味を持ち、自衛隊に傾倒し果ては自刃するということに至ったのかという最も興味深いことについての洞察や推理が甘い。
単に事実を並べ立てるだけでなく、同じ執筆活動をする猪瀬直樹ならではの見解を読みたかった。
三島由紀夫という男をベースにした猪瀬直樹の伝記物語風作品という感じだ。
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特に後半の、市ヶ谷の自衛隊に立てこもるシーンで、木刀を手に排除しようとする隊員と日本刀を持った三島との攻防の描写がいい。センテンスを短く、余計なことを言わず事実を並べているだけなのだが、スピード感と緊張感が伝わってくる。「文章読本」的なものにも、例として使えると思う。著者の人間性は(テレビで見たところ)大嫌いだが。
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三島由紀夫の作品は読んだことがないが、猪瀬さんの本を読みたいと思い手に取った。
三島の祖父から三代にわたるミクロな話から、日本の官僚機構に話がおよび、着眼点が新鮮でいい読書体験ができた。