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浮沈 新装版 (新潮文庫 剣客商売)
剣客商売十六 浮沈
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紙の本
「敵討ち」を否定した人生
2012/02/10 09:32
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
激しい剣戟から始まっている。秋山小兵衛四十歳、二十六年前の敵討ちの助太刀である。このとき、敵を仕留めた滝久蔵、相手方の助太刀を務めて小兵衛の剣に殪された山崎勘介、そして、敵討ちの翌日、小兵衛の家に来た、金貸しの平松多四郎。この3人、もっとも山崎勘介は死んでいるのでその息子の山崎勘之介と、二十六年後に再会(山崎勘之介とは初会)したことから、新たな事件が始まる。
第十六巻、この『剣客商売』シリーズ最終巻は、『深川十万坪』以下六編からなる連作短編集で、春にあの田沼意知が暗殺された天明四年(1784年)の秋から翌天明五年(1785年)の春までに、おもな事件が起こり、以下、後日談が、寛政五年(1793年)まで、語られる。後日談まで含めて、「敵討ち」を否定した若者たちの人生が語られている、と言ってよい。
これまで『剣客商売』シリーズでは、幾つもの「敵討ち」が語られてきており、敵を探す方、逃げる方、ほんとうは敵ではないのに身代わりで敵となっている人物、また身代わりの敵を仕立てた人物など、実に様々で、その都度、共感したり同情したり、また、憤慨したり、したものであった。そして、「敵討ち」という制度そのもののむごさも痛感させられた。最終巻では、その「敵討ち」という制度に取り込まれなかった若者が、暖かい理解者を得て明るい人生を歩んで行く姿と、「恩讐」に捕われた者が罪を重ね、むなしい最後を迎える姿とが、対照的に描かれている。
それにしても、最初にみごと敵を仕留めた滝久蔵の淪落ぶりは、なんとしたことか。むごい「敵討ち」の制度のもとで、幸運にも「勝ち組」になったのに。
そして、平松多四郎は、最初の敵討ちには何の関係もなかったのだが、二十六年後に、滝久蔵によって、不運にも無実の罪を着せられ、死刑にされてしまう。こんなことがあっていいものか!!
>「何としても、人相のよくない爺さんでございました」
四谷の弥七のこの言葉によって、小兵衛が彼の名を思い出したというほど、若いときから、顔で損をしてきた人物である。容貌のせいで不運に陥る人物もまた、『剣客商売』シリーズに何度も登場し、いずれも、胸の痛む、悲惨な最期を遂げている。平松多四郎は、二十六年前は、自ら道を切り開いて、顔で損をしようともそれをはねのけて財産と家庭を得たと思われたのに……。憎っくき滝久蔵である。
秋山小兵衛に父を殪された山崎勘之介も、滝久蔵に父を陥れられた平松伊太郎も、「敵討ち」を否定する。山崎勘之介は、剣客としての小兵衛を尊敬し、伊太郎は、滝久蔵も憎いがいいかげんな裁判をした役所も憎み、彼なりの仕方で役所の鼻を明かす。
滝久蔵には、秋山小兵衛が、敵持ちになったと同様の苦しみを背負わせた。かつては敵討ちを仕遂げて武士としての栄誉を得た人間だけに、皮肉な運命である。だが当然の罰だ。
ところで、山崎勘之介本人は剣の勝負に対して潔い人間なのに、彼とともに剣の修行をした人間たちには、潔くない者が大勢いたようだ。その潔くない者たちによって、勘之介は敵として狙われるようになってしまった。重傷を負った勘之介を秋山小兵衛が鐘ヶ淵の隠宅に匿い、杉原秀が襲撃者を撃退する。似たようなシチュエーションが、以前にもあった。あのときは、大治郎の子を身ごもった三冬が闘った。今回、杉原秀も妊娠中である。お相手はなんと、あの深川の鰻売りの又六。驚き、桃の木である。そういえば最初の出会いから何かと縁のあった二人だが……。又六の母は秀が妊娠したとは信じず、身分違いだからと結婚に反対している。小兵衛は秀と又六から説得を依頼されている。そんなさなかの激闘であった。
山崎勘之介を狙う人々の中に、小兵衛に恨みを持つ、伊丹又十郎がいた。彼は、山崎勘之介を狙う人々の黒幕が消えた後も、小兵衛への恨みから、医師小川宗哲を誘拐する。又十郎との勝負に出かける、小兵衛と大治郎。最終章『霞の剣』で、無外流の奥義「霞の剣」を小兵衛が大治郎に見せる。『剣客商売』最後の名場面である。
小兵衛は九十三歳まで生きたという。親しい人たちが随分先に死んでしまって、寂しくなかったのだろうかと心配である。大治郎や三冬や小太郎が、友人をたくさん作って、最後まで小兵衛が寂しくならないようにしてくれたと、信じたい。
紙の本
黄昏
2003/10/15 23:38
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る
知りたくないことを知ってしまった。おはるは、小兵衛より先にあの世へ行くのである。そして小兵衛は、93歳まで生きるのだ。
本書には、「小兵衛は93歳まで生きる」ということが3回も述べられている。そして、おはるをはじめ、四谷の弥七など、小兵衛ファミリーの一員が、小兵衛より先に死ぬということが、示唆されているのだ。おはるが死ぬなんて…しかも小兵衛より先に…40も違うのに…。信じられないというか、信じたくないというか…。読者としては、小兵衛ファミリーが死ぬことなんて、考えたくもない。なのに池波さんは、なぜわざわざ、小兵衛ファミリーの死について述べたのだろう。それに、どうも何かただならぬ空気が感じられてくるのだ。本書を読んでいると、この『剣客商売』の結末をどうつけるか、池波さんは、何か急いでおられるような気がしてならないのだ。
本書で語られている出来事は、小兵衛が66歳から67歳の頃のものである。本書が単行本として発行されたのは、平成元年10月。池波正太郎さんは、その翌年に亡くなっている。奇しくも67歳。本書が、『剣客商売』シリーズ最終巻となってしまったのである。
人は、自分が生きてきた時代と同じように、時が進むものだと無意識に思っている。だが、世の中は、同じ状態でありつづけることはできない。だから人は、将来に漠然とした不安を抱くのである。かねがね武士の乱れきった姿を見るにつけ、小兵衛は「武士の世もおしまいじゃ」と言ってきた。本書の中では、田沼意次が老中を罷免されることが述べられており、一つの時代も終わりを告げる。 “剣客”という道を生きてきたことに、自信と誇りと満足感を持ちながら、自分と同じ道を選んだ大治郎には、「はたしてこれからの世の中、剣が役に立つのか」と不安を覚えている小兵衛。「孫の小太郎が、お前の年ごろになるころには、世の中がひっくり返るようなことになるぞ。」と大治郎にも言っている。自分の死後、どんな世の中になるのか。その渦中に我が子を残していかなければならない親。だからせめて、親としてできる最善のことをしておいてあげたいのだ。
———『剣客商売』の生みの親、池波正太郎さんも、そんな気持ちだったのだろうか。
四谷の弥七、傘屋の徳次郎、鰻売りの又六、手裏剣の杉原秀、医師小川宗哲、医師であり剣客でもある横山正元、等々…小兵衛のために何をおいても駆けつけてくれる人々がいる。かつての門弟、知人、また、老境に至ってから新たに交誼を持つことになった者。中には、ゲスト出演で登場したのだが、その後何度も登場して、すっかり小兵衛ファミリーの一員になってしまったという者もいる。池波さんは、こういった脇役たちにも、命を吹き込んでくれた。
そんな中で、本書では、又六と秀が結ばれるという展開を見せる。杉原秀は、亡父の道場を継ぐ女武芸者である。いつも洗いざらしの着物を着、髪は後ろに束ねただけという姿で、まるっきり色気がなく、男に関心などないのではないかと思っていた。その秀が鰻売りの又六と結ばれたのだ。これにはいささか驚いたが、大治郎と結ばれた三冬と同じ、“女武芸者”である杉原秀の行く末を、池波さんは気にしておられたのだ。又六と秀。一人よりは二人で手を取り合って、人生の荒波を渡っていって欲しいという親心だろう。やはり、女の幸せは、好きな人と結ばれて、子を産み、育て、その人と生きていくことなのかもしれない。人間が、はるか昔から営々と営んできた暮らし…その通りに生きることが、平凡だが、幸せなのであるということなのだ。…思えば、『剣客商売』は、「女武芸者」で始まったのだ。
———こうして、とにかく、『剣客商売』は幕を閉じたのである。何とも言えぬ寂しさが残った。