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紙の本
憂い顔の童子 (講談社文庫)
著者 大江 健三郎 (著)
作家・長江古義人(ちょうこうこぎと)は、息子のアカリとともに四国の森に帰った。長江の文学を研究するアメリカ人女性ローズが同行する。老いた古義人の滑稽かつ悲惨な冒険は、ロー...
憂い顔の童子 (講談社文庫)
憂い顔の童子
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商品説明
作家・長江古義人(ちょうこうこぎと)は、息子のアカリとともに四国の森に帰った。長江の文学を研究するアメリカ人女性ローズが同行する。老いた古義人の滑稽かつ悲惨な冒険は、ローズが愛読する『ドン・キホーテ』の物語に重なる。死んだ母親と去った友人の「真実」に辿りつくまで。『取り替え子(チェンジリング)』から続く、長編3部作の第2作。
小説家、「ドン・キホーテ」と森へ帰る。
作家・長江古義人(ちょうこうこぎと)は、息子のアカリとともに四国の森に帰った。長江の文学を研究するアメリカ人女性ローズが同行する。老いた古義人の滑稽かつ悲惨な冒険は、ローズが愛読する『ドン・キホーテ』の物語に重なる。死んだ母親と去った友人の「真実」に辿りつくまで。『取り替え子(チェンジリング)』から続く、長編3部作の第2作。【商品解説】
目次
- 序章 見よ、麈のなかに私は眠ろう
- 第一章 『ドン・キホーテ』とともに森へ帰る
- 第二章 アヨ、アヨ、アヨ!
- 第三章 夢の通い路
- 第四章 「白骨軍団」との異様な冒険
- 第五章 「普通の人」の苦しみ
- 第六章 アレと痛風
- 第七章 子供のドン・キホーテ
- 第八章 「桃太郎」
- 第九章 残酷とごまかし
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紙の本
さすがは大江
2021/12/28 14:38
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ichikawan - この投稿者のレビュー一覧を見る
老作家大江健三郎が自らの老いと失われゆく世界を見据えつつ、自らのルーツをたどるが、単なる懐古的物語とはならないのがさすがは大江である。
紙の本
日本の戦後が、いかに欺瞞に満ちたものであったか、それが現在の精神の荒廃となっている、そういうことが描かれる本です
2005/12/15 19:59
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
装丁は司修、装画はグスタフ・ドレが描くドン・キホーテです。基本的には単行本と同じなんでしょうが、若干色が薄くなっている気がします。2000年に出版された『取り替え子 チェンジリング』の続編とも言うべき書下ろし作品の文庫化。
前作では映画監督 塙吾良の自殺を巡る話と、彼から託されたタガメという録音機を頼りに義兄の死の真相を求める古義人、そして2人の敗戦直後の四国での物語が中心でしたが、今回は、吾良の死は殆ど語られることはなく、小説家長江古義人が四国に住み着くことに対する波紋が描かれています。
保守的な四国の真木町では、移住してくる古義人を利用しようとする人々、そうした人権派と呼ばれる彼に反発する人々がいます。ここでは対立する人々の思いと、小説家の老いによるであろう無謀な行動が描かれます。特に、故郷に住む以上はインタビューに応じるべきと考える地方紙の記者の厚顔ぶりや、学校の教師や水泳部の人間の、古義人に対する暴力的な苛めは、読んでいて辛くなります。これはまさに日本の現実の反映であることはいうまでもありません。
自害した吾良、亡き母から貰った土地に建設される住居、妹アサと妻の千樫、障害のある息子アカリ、古義人の小説を研究する30代後半のアメリカ人女性ローズ。ホテル経営に古義人を利用しようとする田部、不思議な動きを見せる医師の織田。人々の間で立ち回りながら、自ら小説家を目指す友人の黒野、息子動と古義人の関係に嫉妬する真木彦。
祖母が遺した「その時が来れば、古義人は「童子」について書くはず」という言葉。古義人の幼い頃の奇行と森との結びつき。彼が分身しコギーが森へ行く、それが「童子」と言うことの意味は。老いた古義人のドン・キホーテを髣髴とさせる錯乱振り、酒の席での暴力、中学での講演会と妨害、「ジュスチーヌまたは美徳の不幸」を巡る古義人と黒野とのきわどい会話。ローズと動、ローズと長江、ローズと真木彦、ローズと織田医師といった関係が、老いた作家を軸に廻っていきます。
この小説の中でも、古義人が難しい小説を書くようになったと独白する部分がありますが、この作品を詳しく説明しろと言われても、私には政治的な印象以外に上書くことが難しいのが実際です。マスコミの愚、人間の持つ排他性と暴力、保守といわれる人々の厚顔、そして進歩派と名乗る人種の欺瞞。まさに今の日本です。ここまで書かれて、この本を抹殺したい、と思う人は基本的に敗戦を終戦と言い換え、戦後の教育を自虐的とののしり、アジアや沖縄で皇軍が行った虐殺はなかったと声高に主張し、それでいて自分たちの記録を敗戦直後に何故か燃やした、そういう人々なんですね。
相変わらずの、まとわりつくような粘着質の文体、見通しの利かない物語の展開は、四国の樹林の中を歩いているような、不思議な酩酊感を催させるのですが、そうした鉄面皮な日本人のありようを、これでもかと私たちに突きつけてきます。いい小説かどうかはともかく、濃密な時間を味わえる一作であることは確かです。