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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2005/11/01
  • 出版社: 中央公論新社
  • レーベル: 中公新書
  • サイズ:18cm/339p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-12-101820-6

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丸山眞男の時代 大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書)

著者 竹内 洋 (著)

60年安保を思想的に指導したものの、60年代後半には学生から一斉に背を向けられた丸山眞男。その栄光と挫折の遍歴をたどり、丸山がその後のアカデミズムとジャーナリズムに与えた...

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丸山眞男の時代 大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書)

税込 1,012 9pt

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商品説明

60年安保を思想的に指導したものの、60年代後半には学生から一斉に背を向けられた丸山眞男。その栄光と挫折の遍歴をたどり、丸山がその後のアカデミズムとジャーナリズムに与えた影響を検証する。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

竹内 洋

略歴
〈竹内洋〉1942年新潟県生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。関西大学文学部教授、放送大学客員教授、兵庫教育大学客員教授。京都大学名誉教授。著書に「教養主義の没落」など。

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みんなのレビュー19件

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評価内訳

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紙の本

全共闘、全学連、丸山真男、吉本隆明...みんな馬鹿だったんじゃないの?

2006/10/31 23:34

24人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

私は全学連運動とそれに続く全共闘運動というものがまったく理解できないでいる。現代の民主主義社会では、いかなるご不満があろうとも、暴力に訴えてその不満を晴らすことは許されていない。暴力に訴える不埒な奴は、直ちに警察のご厄介になるのが社会の共通のルールであり市民社会は警察という「飼いなさらされた暴力装置=市民社会の安寧を守る装置」によって守られているのである。ところが全共闘全学連は公然と社会に挑戦した。これを警察が粉砕したのは当然なのである。よくサヨクの連中は市民社会と国家権力=警察を敵対関係に置こうとする。これはその発想からして間違っている。警察が暴力を行使できるのは、それを黙認する「声無き声=大多数の市民」の存在があるからこそなのである。この構図は50年前も今も変わっていないはずであると私は信じている。戦後、吉田茂は日本をアメリカを旗頭とする自由主義陣営の一員とするという政治的選択をした。米ソ対立という冷戦構造の中で、この選択は明らかに正しい選択であり、その証拠に日米同盟を基軸とし大量のアメリカ軍を旧日本陸海軍の基地に常駐させるというコストを支払いつつ、日本は未曾有の繁栄を遂げることが出来たのである。ところがここに私が列挙した連中、丸山真男・吉本隆明・全学連・全共闘の連中は私とは正反対の主張をした。対米従属を克服し、マルクス主義を礼賛した。全学連・全共闘という存在が私にはまったく理解できないでいたが、本書を読んで少し理解できた。要するに議会制民主主義を前提とし、議会を通じてマルクス主義を実現しようという日本共産党の主張を「生ぬるい」と批判し、学生主導の暴力革命を主張したのが全学連(の一部)であり全共闘だったということだ。そうだとすると日本共産党も性質が悪いが、全学連全共闘は議会制民主主義を否定し暴力を是認するという点に置いて「ナチスどころか津田先生を糾弾した急進右翼」よりもひどい存在じゃないか。こういう日本社会の憲法秩序を根底から脅かそうとした連中は「破防法」の適用対象ではないかとすら思ってしまうがどうか。私は全共闘全学連を「甘ったれ小僧」と何度も書いた。著者の竹内さんもP.262で反米主義に傾斜した全学連全共闘運動を「養父たるアメリカからの旅立ち」と表現している。そうなのだ。戦後の学生運動とは意味も無く(養)父に反抗する「反抗期の甘ったれたティーンエイジャーそのもの」だったのだ。私の見立てと竹内さんの分析が一致したのを確認し、少しうれしかった。それにしても分からないのはマルクス主義にシンパシーを感じたり礼賛したりするという、明らかに間違った政治的選択をした丸山真男・吉本隆明・全学連・全共闘関係者らが、今に至るまでまったく反省を口にしない点だ。「私の判断は間違ってました。正しいのは自由民主党でありアメリカでした」となぜいえないのだろう。丸山真男は1996年に死んだが、死の間際まで北朝鮮を支持していたという。なぜ北朝鮮が怪しい国だと感じなかったんだろう。なぜソビエトという体制が「おかしいぞ」と思えなかったんだろう。どうして「文化大革命はおかしいぞ」と思わなかったんだろう。わからない。欧州ではハンガリー動乱でのソ連軍の非道振りを見てソ連に失望し、変わって社会民主主義が勢力を広げるのだが、日本では日本共産党の地位は揺るがず、それよりも更に過激な全学連全共闘が幅を利かせ続けていた。いまだにマルクス主義を「間違った思想」と認めきれない人の書評も散見される。人間というものは知的な意味に置いて正直になることは、やはり困難なのかなという疑問は、本書を読んでも晴れてはいない。

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紙の本

昭和一桁生まれから大学生までお薦めできる丸山眞男論

2005/12/23 16:37

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:越知 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 戦後日本を代表する知識人とされた丸山眞男を論じた本である。
 丸山は生前から毀誉褒貶の差が激しい人だった。一方で東大法学部教授なるがゆえにオピニオンリーダー的なイメージがあり、他方では全共闘学生や吉本隆明の標的になり罵倒された権威者という印象があった。昭和一桁生まれから団塊の世代までの、彼の活動期に青年時代を送った人にとっては、丸山評価の軸をどこにおくかは今なお重大な問題であり続けているだろう。とはいえ今の若い人にとっては、名前も知らない、或いは知っていてもどこがエライのか分からない存在になっているかも知れない。
 本書の特徴を一言で言えば、若い人にも分かりやすく、きわめて客観的で冷静に書かれた丸山論だということだ。例えば、戦後まもなく発表して彼の名を高からしめた『日本ファシズムの思想と運動』。彼はここで中間階級を第一類型(工場主、商店主、下級学校教員、下級官吏)と第二類型(都市サラリーマン、文化人、上級学校教員、学生)に分け、第一類型こそが日本ファシズムをあおった亜インテリであり、第二類型は真のインテリであってファシズムに消極的抵抗を行った、とした。これは丸山批判派からすれば、東大教授が自分に類した高学歴者を免罪して自己正当化を行い、日本ファシズムの責任を下の階級になすりつけたものだということになる。
 著者・竹内氏も結論的には同じだが、心情倫理を極力排し、あくまでデータにものを言わせているところにその力量がうかがえる。竹内氏はまず、丸山のこの有名な論攷が国家主義団体の構成員の職業や学歴構成など実証的なデータを欠いていることを指摘する。丸山も一応補注でデータらしきものを示してはいるが、きわめて不十分なものでしかない(116ページ)。竹内氏の筆は、ここでいったん丸山の学者としての性格に向かう。すなわち、客観的な学問的分析と言うよりは、あくまで読者に向かって真のインテリたれと呼びかけるのが丸山の目的であり、そこに彼のジャーナリスティックな性格があったのだとする。そして本書の終章で、ようやく答えが提示される。国家主義的な学生団体の実証的なデータが示され、比率的に高学歴者が少なかったとは言えない、と結論づけられるのだ。丸山の「日本の国家主義者=亜インテリ」論は無根拠であったわけだが、この丸山の論理は意外なことに橋川文三などにも受け継がれているというから(289ページ)、改めて丸山の影響力の大きさが実感できる。
 一方、吉本隆明流の心情倫理的な丸山断罪にも著者は一定の距離をおいている。東大卒で東大教授というステイタスだけをとらえて丸山批判を行うジャーナリズムを丸山が嫌悪していた事実をとらえて、吉本は「下司びた心情」と言って罵倒した。しかし竹内氏は、「下司びた」心情があったからこそ丸山は日本ファシズム論を書けたのだ、つまり個人の責任を放擲し、和の論理だけで人間関係を構築し、立場の弱い現地人をいじめるような情けない日本人がどうして生まれたのかを語ることができたのだ、と述べる。豊富なデータばかりでなく、人間心理にも卓越した洞察を見せているところが心憎いばかりである。
 丸山眞男の問題は、丸山個人の問題ではない。副題からうかがえるように、大学という場の変化、ジャーナリズムの性格の変遷、時代ごとの知識人の位相の移り変わりという問題でもある。竹内氏は最新の社会学的な学説なども用いながら、きわめて説得的に丸山が生きた時代と社会とを分析している。少しでも丸山に関心をお持ちの方には是非にとお薦めしたい。

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紙の本

丸山を論じた数多い書物の中でも一頭地を抜く優れた著作

2006/07/31 08:48

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る

最近、丸山眞男について書かれた書物が多く出版されているのを目にする。この5月にも、岩波新書から、『丸山眞男』が刊行されている。これは、その死から十年経ち、丸山に対して距離をもって捉えることが可能となったからであろう。
本書は、先に挙げた岩波新書が正統的な丸山の評伝となっているのに対して、丸山が生きた時代からこの稀有な知識人の軌跡を辿り、著者の専門とする歴史社会学の知見を生かして、テーマに迫っている。歴史社会学とは、あまり耳慣れないが、要するに、歴史というフィールドを社会学的な見地から探る学問上の手法のことである。著者は、この手法を駆使することで、丸山の生きた時代とその人生・学問を生き生きと論述していることに成功している。
本書は、大まかに分けると、①丸山の生い立ちと学生時代、②東京大学法学部に奉職した戦前・戦中期、③日本敗戦後に民主主義が根づいた戦後期、④1950年後半から60年代にかけての日米安保闘争の時期、⑤それ以後権威が失墜した時期、などに分けて丸山の時代とのかかわりが論じられている。いずれの時期も、著者のシャープな筆致で分析されていて教えられるところが多いが、とりわけ注目すべきは戦前期の狂信的な右翼、蓑田胸喜と丸山眞男とのかかわりである。もともと、本書は「丸山眞男と蓑田胸喜」というタイトルが予定されていただけあって、著者はこの両者の関わりに強い関心を抱いている。
ここでは、詳しく述べるゆとりはないが、丸山がキャリアを東京大学法学部で始めたばかりの頃、蓑田一派の圧迫を身近に受け、それが一種のトラウマのようになり、後年の全共闘による糾弾を受けることによって、このトラウマが甦り自らの大学生活にピリオドを打つ要因になったという衝撃的な事実を著者は明らかにしている。
また、本書の中では、戦後民主主義の時代にあって、八面六臂の活躍をする丸山の姿を躍動的に論じている。事実、この時期の丸山は代表作の日本政治思想史の著作をいくつか発表するとともに、日本社会に鋭い提言をして輝ける星であった。著作は競って読まれ、丸山の時事論文やエッセーが有力な総合雑誌を飾った。著者は、このように栄光に包まれていた丸山を描き出した後、やがて全共闘の学生たちや内外の識者からその「生ゆるいリベラリズム」や学問的なアプローチの仕方を批判される様を冷静な筆致で論じている。後者の学問的な批判について言えば、丸山のような二つの異なった分野、例えば、「西洋と日本」、「政治と文化」、「近代と前近代」について総合的な視点から問題を提示し、論じていくスケールの大きなタイプの知識人は、非専門家と見なされ、各分野の研究者に批判される運命にあるという。本書を読むと、その批判も尤もなところもあるが、西洋的な学術的手法で、日本の政治・思想・文化の問題をまるでレントゲンを当てたようにくっきりと浮かび上がらせる手腕は実に鮮やかで、今読んでも教えられるところが多い。本書を読むことで、丸山が生きた時代が生き生きと浮かび上がり、同時に丸山眞男という不世出の知識人が時代とともにあったことが明らかになって来る。丸山を論じた数多い書物の中でも一頭地を抜く優れた著作と言える。

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紙の本

ユニークな社会学的丸山論

2006/01/10 20:39

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:相如 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この10年丸山真男の再評価がなされてきた。それは国民国家の枠組みを自明にしてアジアの戦争責任には無関心だったという否定的なものから、戦後民主主義の〈始祖〉として評価する肯定的なものまで様々だったが、しかしいずれにしても、丸山真男の思想をどう現代的に意味付けるかという関心に支えられていたと言うことができる。
この本のユニークさはそうした思想上の評価にほとんど踏み込まず、東大法学部の教授だった丸山を徹底して戦後エリート知識人の象徴的存在という、社会学的な視点から描き出したことである。その陰画的な存在として蓑田胸喜や吉本隆明、全共闘運動の学生などの、丸山のようなエリート知識人になれないというコンプレックスを抱く「擬似インテリ」の存在を位置付け、丸山がこうした擬似インテリを徹底的に軽蔑していたことを明らかにしている。丸山が日本ファシズムの主導層をこうした擬似インテリに求め、「本来のインテリ」は消極的な抵抗を行ったと弁護さえしたのは、まさに彼の置かれていた社会的なステータスに関係しているという。丸山がジャーナリズムに距離を置き、批判もほとんど黙殺していたのも、こうした自分のポジションを自覚していたからであり、丸山の著作が全共闘の学生などを含めて若い学生などに熱狂的に読まれたのは、それがインテリ世界に近づくための「象徴資本」だったからである。
特にこの本で面白さは、一つにはこのように丸山が「正統派知識人」としてのポジションをいかに堅持しようとしたかという視点で描かれている点にある。だからある意味で丸山評価が辛辣で身も蓋もないと同時に、丸山の人間臭さが(本書の言葉を借りれば「下司びた心情」)が濃厚に漂っている叙述となっていて、ユニークな社会学的丸山論というだけなく、読み物としても魅力的なものとなっている。そして二つには、そうした「正統派知識人」を蓑田や吉本のような「在野知識人」を対比させていることである。そして、戦争や学生の急激な大衆化など知識人をとりまく社会的条件が大きく変動する時代には、しばしば「在野」が「正統」を(まさに「正統」の権威に安住しているという理由だけで)で激しく批判する動きが支持されていくという構図が描き出されている。
このことは、アカデミシャン丸山が好まなかったジャーナリズムという場の力が、今や「誰でもいつでも何の資格もなしに発言できる」インターネットの力によって凌駕されつつある中で、「人権」「平和主義」「アジア諸国との友好」などような、学校やマスコミにおける「正統」の言説を暴露趣味的に批判する論調が力をもつようになっている現在を考える上でも示唆的であると言えるだろう。その意味では、著者の手に余るかもしれないが、もはや知的世界の権威が完全に没落した、1990年代以降の「丸山以降」の知識人の場の変動の分析についても個人的には期待したいところである。
一つ違和感があるとすれば、丸山の「東大教授であろうがなかろうが、劣悪は劣悪」という「正論」について、自らの知識人としてのポジションを客観化する視点を欠いた「非社会学的な正論」とまできって捨てている点である。これは率直に言って、ブルデュー理論を援用した「社会学者的な暴論」だと思う。普通に考えれば、むしろ丸山は自分の「普遍的知識人」としてのポジションへの自覚を強く持っていたがゆえに、「あえて」自らの特権的地位に言及しないようにしたと言うべきだろう。

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紙の本

時代の象徴としての丸山真男

2017/01/24 02:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:コーク - この投稿者のレビュー一覧を見る

戦後日本を代表する政治学者丸山真男の言論と彼が活躍した戦後という時代を社会学的な考察によって描き出した一冊。
丸山がある強烈な目的によって自身の思考を言語化しそれによって産み出された功罪両面をあますことなく暴き出している。

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