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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2006.11
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/157p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-324231-0

紙の本

死顔

著者 吉村 昭 (著)

生と死を凝視しつづけた作家が、兄の死を題材に自らの死生観を凝縮し、死の直前まで推敲をつづけた短篇「死顔」。死の静謐を期し、延命措置への違和が表明されている。著者の最期とも...

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商品説明

生と死を凝視しつづけた作家が、兄の死を題材に自らの死生観を凝縮し、死の直前まで推敲をつづけた短篇「死顔」。死の静謐を期し、延命措置への違和が表明されている。著者の最期とも符合する表題作など、全五篇の遺作小説集。【「BOOK」データベースの商品解説】

自らの死を自覚して延命治療を拒んだ著者が、遺書のように書き残した短篇集。自らの最期とも符号する表題作など、全5篇を収録する。闘病と最期の刻を夫人・津村節子がつづる「遺作について」を併録。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

ひとすじの煙 5-34
二人 35-68
山茶花 69-96

著者紹介

吉村 昭

略歴
〈吉村昭〉1927〜2006年。東京生まれ。「星への旅」で太宰治賞、「戦艦武蔵」等で菊池寛賞、「破獄」で読売文学賞を受賞等、受賞多数。

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みんなのレビュー18件

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評価内訳

紙の本

大人の男のすなる<純文学>

2007/03/08 21:30

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:そら - この投稿者のレビュー一覧を見る

人の本をちょっと手に取り、読み始めた。
ああ、純文学ってこんな感じだったなあ、と少々懐かしい。
「純文学」という言い方、ジャンルが未だあるかどうかも疑わしい昨今、吉村昭の「死顔」は、文学とは道を求めると同義であった時代を回顧することにもなった。
死をテーマとした五編を収録したこの短編集は吉村昭の遺作となった。
巻末に著者の妻である津村節子が「遺作について」という短文を寄せている。
それによると著者は、平成17年に舌癌を宣告されてから、入退院を繰り返し1年7ヶ月後に死亡した。
彼の生は、自然死と自殺のあわいで絶たれた。死が間近に迫っていることを感じた著者は、点滴の管と首の下に埋め込んであったカテーテルポートの管を自ら引き抜いた。
死が確実な時に、自らその不可逆の時間を短縮したとしても「自殺」と呼ぶことに私は躊躇いを覚える。
逃れようもない死がやって来る時、わずかのショックでも人は死を早めるものだろう。
とすれば受身的と見える行為ですら、実は死を早める無意識的な動きである場合が実は決して少なくないのではなかろうか。
作家の行為はひどく意識的にうつる故に「自殺」とさえ看做される。
ここに、作家は「死を書けるか」という命題が浮かび上がってくるように思う。
死の約二ヶ月前吉村昭は日記に次のような言葉を書きつけている。
「・・・死はこんなにあっさり訪れてくるものなのか。急速に死が近づいてくるのがよくわかる。ありがたいことだ・・・」
この言葉は、それを読む読者にとっても年齢を問わず意外に差し迫って感じられるリアリティを持っているのではなかろうか。「ありがたい」と感じるのは読者の方だ。
しかし、どんなクソリアリズムも死の直前までを私小説として描写することは不可能だろう。臨死体験を除いて。
人間の生を至高のものと捉え、最期の最期まで延命を試みる近代医学。それはやがて、資本の論理に利用されるようになり、遺産相続などの人事によってもゆがめられているのではないか。
次兄の死をあつかった「死顔」は、死というものを作家がどう捉えていたか明瞭になる一篇である。
一般に葬儀のクライマックスに参列者は、棺の中に花を捧げながら、死者の「死顔」を見つめつつ最後のお別れをする。
この何の疑問も持たれず進行する儀式に、作家は否を呈する。
別れはもうすでに終わっているのだ。棺の中の死者は、誤解を恐れずに言えばすでにモノなのである。だからこそ生前の人格を尊ぶがゆえに、死者の顔はごく少数の近親者を除いて参列者の視線にさらされることなく封印されねばならない。
積年の違和感が解けた思いで、今は亡き作家の考えに共感した。
いかにきれいに死化粧を施されていようとも、死の苦痛を戦い抜いて果てた人の顔を直視すべきではないと思うのである。
また社会的な義務から参列する者は、深い愛情関係によって結びついた家族の、絆を確かめる尊い一瞬をわずかでも冒してはいけないとも思う。
或いは延命して、ぎりぎりまで見つめた死について書き残すのが、<純文学>の作家の使命なのかもしれない。
そうして、死という最期の経験すら、大人の男のすなる<純文学>は、行間にもの言わせ、くれぐれも書きすぎてはいけない。

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2006/12/13 14:05

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