- カテゴリ:一般
- 発行年月:2009.5
- 出版社: 松籟社
- サイズ:20cm/200p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-87984-269-5
紙の本
帝都最後の恋 占いのための手引き書 (東欧の想像力)
ナポレオン戦争時代を舞台に、セルビア人3家族をめぐる奇想にみちた愛と運命の物語が、タロットカード(大アルカナ)の1枚1枚に対応した22の章につづられる。章の順番どおりに読...
帝都最後の恋 占いのための手引き書 (東欧の想像力)
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商品説明
ナポレオン戦争時代を舞台に、セルビア人3家族をめぐる奇想にみちた愛と運命の物語が、タロットカード(大アルカナ)の1枚1枚に対応した22の章につづられる。章の順番どおりに読めばひとつの物語があらわれる。タロットが示した順番に読めば、また別の運命、別の物語が…。読者参加型小説。【「BOOK」データベースの商品解説】
ナポレオン戦争時代を舞台にした、セルビア人3家族をめぐる奇想にみちた愛と運命の物語を、タロットカードの寓意画に対応した22の章で綴る。カードが示した順番で読むことで、別の物語も楽しめる。タロットカード付き。【「TRC MARC」の商品解説】
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紙の本
ハサミかカッターナイフを用意して、お読みください。
2009/08/07 01:25
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る
『ハザール事典』や『風の裏側』の読者なら、パヴィチの新刊が出たことを知った時点で予約を入れているにちがいない。そうした読者にはこの紹介は無用である。ということで、いまだパヴィチを読んだことのない読者に向けての紹介であることをはじめにおことわりしておく。というのも、このミロラド・パヴィチ(今回の訳ではパヴィッチになっているが)という人の書くものは、ちょっと変わっているからだ。
本の内容もさることながら、本という形式自体をいちど括弧に入れて、それまでになかった形の本を創り出したいというのが、パヴィチの目指すところなのだ。事典形式で構成されていて、好きな項目を拾い読みすることができる本(『ハザール事典』)や、天地をひっくり返すことで、表と裏の両側から読みすすんでいける本(『風の裏側』)などという型破りな本を次から次に出し続けていることからそれが分かる。
今回用意したのは、なんとあのタロット・カードである。トランプの原型とされている小アルカナと呼ばれる52枚に「愚者」や「魔術師」という名前のついた大アルカナと呼ばれる22枚の絵札を併せ持つタロットは、その神秘的な雰囲気からよく占いに使われる。巻末にオリジナルの大アルカナ22枚が付録としてついているので、切り離して実際に使用することもできる。
というより、パヴィチは大真面目で、タロット占いの方法まで解説しているので、これを付録などと呼んではいけないのかもしれない。カードを決められた位置に並べ、定められた順序で開いていきながら、それに対応する22章の物語を楽しむというのが今回の趣向なのだ。それだけではない。タロットに詳しくないので、確かなことは言えないが、物語自体がカードの意味をなぞるように描かれているようだ。
タロット・カードにはそれぞれ異なった意味が附されていて、占う人はその意味を読むことで自分の未来を占うことができる。絵がトランプの絵札のように上下どちらから見てもいいように描かれていないので、正位置で出るか、逆位置で出るかによって解釈は異なる。目次に、大アルカナ22枚に対応する各章の名前とその運勢が記されていて、読者は物語の進展を前もって予想することもできる仕組みだ。
もっとも、パヴィチの挑発を真に受けて、22枚のカードをハサミで切り抜く読者はそうはいないだろう。大アルカナの中でも特別な一枚である「愚者」から始まる22編は、若き貴公子を中心に、三組の家族の縺れに縺れた関係を描く奇想天外な物語を構成している。普通の物語を読むようにはじめから読んでいっても、なんら支障はない。それどころか、まるで歌舞伎かバロック演劇でも見ているかのように華麗な様式美や登場人物を翻弄する人間関係のアラベスク紋様に酔いしれること請け合いである。
サーベルにランタンを吊しておき、暗闇で待ち伏せして、来かかった相手を斬り殺すという『ハザール事典』にも出てきた剣法が素知らぬふりして使われていたり、舐めて治療した傷口から毛が生えてきたりと、サービス精神旺盛なパヴィチのことだ、自身の他の物語や自作詩からの引用も事欠かない。読む愉しさはふんだんに用意されている。
読者は好きな読み方で読むことができるが、題名どおり「帝都」における「最後の恋」がすべてを収斂することになる。ちなみに「帝都」はセルビア語でツァーリグラード。ツァーリは「皇帝」、グラードは「町」なので、「帝都」と訳されているが、英訳ではコンスタンティノープル、つまり現在のイスタンブールのことである。
その「帝都」イスタンブールで、主人公の祈願は成就するのだが、何かを得る者は何かを失わねばならない。はたして、それは何なのか。最後のカードをめくって、その結末に至るとき、官能的なまでに入り組んだ波瀾万丈の物語が、まるで灼熱の砂漠が見せた蜃気楼であったかと思ってしまうほど不思議な眩惑感に襲われる。バロック的な恋愛物語とも愛と憎悪の渦巻く復讐譚とも、カードの並べ方しだいで幾重にも印象を変える。実に蠱惑的な意匠を身に纏った物語である。果たして、あなたにはどんな物語が待ち受けているだろうか。