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商品説明
あいつの人生が終わり、僕たちの長い旅が始まった。中学二年でいじめを苦に自殺したあいつ。遺書には四人の同級生の名前が書かれていた—。背負った重荷をどう受け止めて生きればよいのだろう?悩み、迷い、傷つきながら手探りで進んだ二十年間の物語。【「BOOK」データベースの商品解説】
【吉川英治文学賞(第44回)】中学2年でいじめを苦に自殺したあいつ。遺書には4人の同級生の名前が書かれていた。背負った重荷をどう受け止めて生きればよいのだろう? 悩み、迷い、傷つきながら、手探りで進んだ20年間の軌跡。【「TRC MARC」の商品解説】
「あのひと」との約束を果たす二十年の物語
あいつはいじめを苦に中学二年で自殺した。「親友」の僕と、僕たちをけっしてゆるさない「あのひと」が歩んだ二十年間の軌跡。やさしい涙が止まらない感動作!
【講談社100周年書き下ろし作品】【商品解説】
著者紹介
重松 清
- 略歴
- 〈重松清〉1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務を経て執筆活動に入る。「ナイフ」で坪田譲治文学賞、「エイジ」で山本周五郎賞、「ビタミンF」で直木賞を受賞。
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紙の本
「親友」と呼ばれて、背負うもの
2010/03/06 10:21
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:maruma - この投稿者のレビュー一覧を見る
昔、とても親友が欲しかったし、誰かの親友になりたいと思っていた。
私が小学校から中学校にかけての頃のことだ。
親友と言う響きには甘やかなものがあった。
でも、この本で主人公が「親友」と呼ばれて
背負っていくものには甘やかさのかけらもなかった。
むしろ、分かち合える人の少ないとても切なく苦しいものだ。
残された者は切なくても苦しくてもそれでも生きていく。
そんな主人公と周りの20年を追った物語。
読んでいて正直しんどさもあったけれど
とても沁みる本でした。
紙の本
私の中では近年の重松作品の中でベスト本だと言えます。
2010/01/21 07:16
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nyanco - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルから予想して、そう明るい話ではないだろうと思っていましたが、まあいつもの重松節で、やや道徳臭のあるお涙…かと思ったら、う~んヘビー級の凄いヤツでした。
打ちのめされて立ちあがれず、暫く感想が書けないほど…。
中2男子・フジシュンは9月4日に自宅の柿の木で自殺をする。
彼が残した遺書には、『ゆるさない』という言葉と共にフジシュンをいじめていた少年たちの名前が…。
そして『親友になってくれてありがとう』と僕の名前が。
そして、想い人の中川さんには『ごめんなさい』と…。
フジシュンの父、あの人は僕に言った。
「なんで、助けなかった。何故、見殺しにしたんだ。」
十字架の言葉…。
生きている限り降ろすことのできない背負い続ける十字架の言葉の痛み。
フジシュンの自殺の後、僕らは十字架の痛みを背負い続ける…。
自分の誕生日がフジシュンの命日になった中川さんと僕は、ずっと十字架を背負って生きていく。
フジシュンの母は息子を失い、心身共にやつれていく。
息子を失った夫婦と、弟との3人のその後の暮しの様子も辛い。
中学生だった僕・ユウちゃんが息子を持つ年までが描かれるのですが、ユウちゃんと中川さんの十字架を背負った暮しも辛かったが、やはり親の立場で読んでしまうので、息子の写真を飾り、思い出を忘れないようにする母の姿が悲しかった。
ユウちゃんへの態度で、父と母の感じ方が違うのも辛い。
父親の無念さ、妻を気遣う想いに胸が締め付けられる。
図書館で見つけたサプライズのエピソードがとても良い。
コレが何とも素晴らしいラストへと繋がる。
私が近年読んだ重松作品の中でベストだと思います。
しかし何とも重く切なく哀しく、新年から考えさせられる一冊でした。
紙の本
つらい
2017/10/18 22:26
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:L - この投稿者のレビュー一覧を見る
いじめがテーマなのでとても読むのがつらかった。ただ、いじめた人間はいじめが人間をずっと覚えているのかは疑問。
紙の本
それぞれの十字架
2010/03/08 23:03
10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サムシングブルー - この投稿者のレビュー一覧を見る
重松清さんの作品は哀しさと愛しさがいっぱいつまっています。今回の作品『十字架』は人は幸せになるため生まれてきたのに、なぜ十字架を背負って生きなければならないのか、人間の本質をみつめた作品になっています。
いじめを苦にして自殺した中学二年のフジシュン。フジシュンは4人の同級生の名前を書いた遺書を残し、庭にある柿の木で首を吊ります。いけにえにされたフジシュン。見殺しにした僕。『十字架』はフジシュンの親友に選ばれた僕の20年間の物語です。
二年三組全員で告別式に行った場面は凄まじかったです。斎場に入ると報道陣の中から突然フリーライター・田原の「土下座しろ、おまえら」の声が響きます。お別れをしてほしいと言われた僕はフジシュンのお父さんに「俊介を・・・なんで、助けてくれなかったんだ・・・」と胸ぐらをつかまれます。自分の誕生日がフジシュンの命日になってしまった中川さん。フジシュンからプレゼントされた貯金箱をずっと持っている中川さん。降ろすことのできない十字架を中川さんに背負わした重松さんに怒りさえ感じました。
僕は大学を卒業して、就職をして、結婚して、息子が生まれて父親になります。そして中川さんもまた母親になります。
重松さんのメッセージは僕に届いた中川さんの手紙に書かれていました。『十字架』は人間の本質をみつめた作品でした。
紙の本
親友の名前
2010/02/03 08:42
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今ではそんなことはないだろうが、もう四十年以上前の小学生には、自分の長所欠点だけでなく親友の名前を書かせる、そんな調査があったように記憶している。それがとても嫌だった。
親友。放課後に遊ぶ友だち、一緒に登下校する友だち、教室でふざけあう友だち。何人もの顔と名前が浮かぶのだが、親友というかぎりは相手もそう思っているはずで、相手がこちらの名前をもし書いてくれないと、それは親友でもなんでもなくなってしまう。こちら側の一方的な思い込みだ。恥ずかしい。
調査表の、親友の名前という空白の前で、なんともつらく、なさけなく、凍りつくようであった。
重松清の『十字架』を読みながら、そんな遠い昔のことを思い出していた。
いじめにあって自殺してしまう同級生の俊介に「親友」と遺書に刻まれた中学二年生の裕(ゆう)は、親友にも関わらず俊介へのいじめをとめなかったと彼の父親に糾弾される。しかし、実際には裕は俊介から親友と呼ばれるほどの関係にはなかった。小学生の頃には遊んだこともあったが、中学生に進んでからは同級生の一人にしかすぎなかった。
なのに、親友と呼ばれた裕は重い十字架を背負うことになる。
「十字架の言葉は、背負わなくちゃいけないの。それを背負ったまま、ずうっと歩くの」と書く重松清は、この裕という主人公の少年になんとつらい十字架を背負わせたのだろう。そして、物語とともに裕のその後の人生をたどる、私たち読者にも。
少年とともに物語を歩むうちに、読者もいろいろな問題を抱え込むことになる。いじめ、贖罪、親友、家族、恋人、過去、未来。
裕がひとりでその十字架の重さを受けとめ、やがてそれを彼の心のうちに沈めこんでいったように、裕の背負った十字架の重さは、読者一人ひとりの心にゆっくりとゆっくりと沈んでいく。
激しさではない。怒りでもない。
ただ静かに、ゆっくりと落ちていく、それは深い悲しみだ。
親友の名前、は。
たぶん、今でも私には書けるはずのない問いだ。
◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でお読みいただけます。
紙の本
「人は二度死ぬという まず自己の死 そしてのち 友人に忘れ去られることの死」(萩尾望都『トーマの心臓』より)
2010/05/05 11:49
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぶにゃ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品を読み進めながら、僕の胸中には、ある漫画の情景が浮かび、僕の頭の中には、ある唄のフレーズが流れてきた。
漫画とは、萩尾望都の不朽の名作『トーマの心臓』である。
「ユリスモールへ さいごに
これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音
きみにはわかっているはず」
こんな遺書を1学年上のユーリにのこし、トーマ・ヴェルナーは飛び降り自殺をする。そして、あとに残されたユーリやその同級生たちの苦悩が始まる……。
もちろん、このふたつの作品の共通点は、遺書に名前が書かれているというところだけで、自殺の原因などはまったく違う。だから『十字架』で主要な役を与えられている「あのひと」は『トーマの心臓』では無縁である。
にもかかわらず、僕がこの漫画を思い浮かべたのは、中川小百合という登場人物にユリスモールをダブらせたからであろう。この作品でいちばん存在感があるのは中川小百合である。好きとか嫌いとか意識したことのない男子生徒に、突然、誕生日プレゼント持って行っていいかと電話され、困りますと断ったその数時間後に首を吊られた。遺書には「ごめんなさい」と書かれていたが、自分の誕生日が自分の一言で死んでしまったかもしれない男の命日になったという事実は、一生ついて回るのである。
何と残酷なことであるか。
作者は、最後のほうで、中川小百合に「わたしたちはみんな、重たい荷物を背負っているんじゃなくて、重たい荷物と一つになって歩いている。……だから、降ろすことなんてできない。」と語らせている。「わたしたちにできるのは、背中をじょうぶにして、足腰をきたえるだけかもしれません。」
背負わされた十字架は重いが、降ろすことができない以上、自分を鍛えること以外に生き行く道はない。
そう、僕の頭に流れた唄は、中島みゆきのアルバム『ララバイSINGER』のなかにある『重き荷を負いて』である。
――
まだ空は見えないか まだ星は見えないか
ふり仰ぎ ふり仰ぎ そのつど転けながら
重き荷を負いて 坂道を登りゆく者ひとつ
重き荷も坂も 他人には何ひとつ見えはしない
重き荷は重く 坂道は果てもなく続くようだ
這いあがれ這いあがれと 自分を呼びながら 叫びながら
――
中川小百合も、真田裕も、死んだ藤井俊介の父親である「あのひと」も、這いあがれ這いあがれと、自分を呼びながら、叫びながら生きてゆく。人は皆、それぞれ他人には見えない荷を背負っているものだ。僕もまた、痩せた背中に負った荷物を、降ろすことなく背負い続けて生きてゆこう。自分を鍛えながら。
紙の本
いじめがテーマ
2010/06/11 12:13
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふわこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
新聞で紹介されていたのを見ました。
重松清さん、初です。
表紙が、私好みで素敵♪気に入ってます。
いじめがテーマなので、集中して読むとかなり気分がダウン・・・
なので、30分読んで気分転換しながら読みすすめています。
作品自体は、とても読みやすいです。
ただ・・テーマが重くリアル!!
情景が目に浮かび、心が苦しくなってしまいます。