四十代の独身男がかつてふられた女性に再会し、あれこれと妄想をふくらませるという話
2014/10/20 17:41
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投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る
岡田匡は四十代後半の雑誌編集者で、金融関係の研究所に勤める妻と離婚したばかり。息子はアメリカ留学中で卒業後も海外で暮らす。マンションは妻に明け渡し、自分は井の頭公園を見下ろす古い家を改装して住むつもりだ。優雅な独り暮らしのはずだったが、偶然、かつて愛した佳奈が近くに住んでいることを知る。着々と進む改装工事と、どうなるか予測もつかない佳奈との関係。四十代の独身男がかつてふられた女性に再会し、あれこれと妄想をふくらませるという、他の作家が書けばあられもない話が、この人の手にかかると、こういう具合になるかという小説の手本みたいな一編。
主人公は離婚で落ち込む様子もなく、古くはあるが暖炉やカンチ・レバーのあるテラスつきの一軒家という恵まれた物件を破格で手に入れ、知り合いの建築家に改装を依頼し、その計画を実に愉しそうに語る。炊事、掃除も苦にならない凝り性の男が妻の干渉から逃れての独り暮らし、おまけに愛想のいい猫まで居ついている。こんな羨ましい話はない。やれ、家具は北欧がいいだの、ワックスは蜜蝋入りだの、お得意の薀蓄が顔を出す。
この人の小説には必ずといっていいほど料理の話が出てくるのだが、今回も青唐辛子を網で焼いたり、餃子を手作りしたりと、相変わらずこまめに働いている。その合間合間に、アオバズクやらシジュウカラやら、武蔵野の森をねぐらにする鳥に、カマドウマまで顔を出し、自然のなかに季節の移ろいを感じさせる仕掛け。会社や仕事の話はほとんどなく、わずかに谷崎潤一郎とオランダの画家の話が出てくるくらい。あとは、武蔵野の名残りを残した界隈に酔狂にも古い家を借り、好みの家に改装をする歓びを淡々とつづる。このままでは国木田独歩ではないか、と思った頃に蕎麦屋での出会いが用意されている。
熟年離婚(というには少し若いが)、親の介護、子どもの結婚問題と、今の世相をたくみにとりいれたリアルな設定に、この著者ならではの都会的なセンスに溢れたインテリアや絵画、暖炉や薪ストーブといった自然志向のアイテムを配した、サービス満点の小説である。個人的には、人間なら八十歳になる、ふみという名の雌猫がいちばんのお気に入り、パンを捏ねるような前あしの仕種を、メイク・ブレッドというのだとはじめて知ったのは収穫だった。ひとり寝のベッドにそっと入ってくるところや、匂いつけをするところ、そして姿を消す場面。去年逝った我が家の猫を何度も思い出し、鼻の奥がつんとなった。罪な小説である。
自分なりの決まりごとがあり、それを通すことが心地よい男が、別のシステムに従って動く他者である女と、どう生きてゆくか。愛し合ってさえいれば、自我は抑えられるものなのか、それはずっと長きにわたって可能なのか、一度結婚に失敗した男と、愛してはいたが、妻のある男との展望のない生活を続けることのできなかった女が、再び出会うことで、新しく何かがはじまるのか。互いの思いやりや気遣いが透けて見えるおだやかな日常をおびやかす身辺の瑣事。どんなに起伏のない日常を送る読者にも感情移入をゆるす、いかにも静かな身辺小説は、松家仁之の独壇場である。四十代後半にしてはその行動や心理がいかにも若く思えるのは、こちらが歳をとっているせいなのだろう。この作家が好きなファンには前作よりも受け容れられるのではないだろうか。
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吉祥寺が舞台!2人が行ったお店はここかしら、とか、2人が歩いた場所はあそこかしらと思いを巡らせながら一気読み。
古い一軒家を少しずつリノベーションしていくところがとても素敵♪
でも、どうしてこの装丁なのでしょう。火山のふもとでの装丁は素敵だったのに…。この表紙だけが残念。
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装丁は鈴木成一さん。なぜカバーの表紙が外国人なんだろう。髪型はベリーショートで佳奈を思わせるけど。
カレル・ファブリティウスの絵は印象的。
暖炉の燃やし方。私はふみふみというけれど、メイク・ブレッドの好きなふみ。吉祥寺の古い家。アメリカで同性と暮らす息子。親の介護。不倫と離婚。
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ミア・ファローが、じっとこちらを見つめている。その右頬あたりに白抜き、横書き三段組でタイトル。同じフォントの漢字の上に小さくローマ字を添えた作者名。映画かファッション関係の雑誌のような装丁だが、著名な編集者でもある著者三冊目の小説である。なぜ表紙がミア・ファローなのかは読めばわかる。処女作が軽井沢、二作目が北海道、そして今度は吉祥寺。舞台となる町や村にある種の選択眼が働いているようだ。
岡田匡は四十代後半の雑誌編集者で、金融関係の研究所に勤める妻と離婚したばかり。息子はアメリカ留学中で卒業後も海外で暮らす。マンションは妻に明け渡し、自分は井の頭公園を見下ろす古い家を改装して住むつもりだ。優雅な独り暮らしのはずだったが、偶然、かつて愛した佳奈が近くに住んでいることを知る。着々と進む改装工事と、どうなるか予測もつかない佳奈との関係。四十代の独身男がかつてふられた女性に再会し、あれこれと妄想をふくらませるという、他の作家が書けばあられもない話が、この人の手にかかると、こういう具合になるかという小説の手本みたいな一編。
主人公は離婚で落ち込む様子もなく、古くはあるが暖炉やカンチ・レバーのあるテラスつきの一軒家という恵まれた物件を破格で手に入れ、知り合いの建築家に改装を依頼し、その計画を実に愉しそうに語る。炊事、掃除も苦にならない凝り性の男が妻の干渉から逃れての独り暮らし、おまけに愛想のいい猫まで居ついている。こんな羨ましい話はない。やれ、家具は北欧がいいだの、ワックスは蜜蝋入りだの、お得意の薀蓄が顔を出す。
この人の小説には必ずといっていいほど料理の話が出てくるのだが、今回も青唐辛子を網で焼いたり、餃子を手作りしたりと、相変わらずこまめに働いている。その合間合間に、アオバズクやらシジュウカラやら、武蔵野の森をねぐらにする鳥に、カマドウマまで顔を出し、自然のなかに季節の移ろいを感じさせる仕掛け。会社や仕事の話はほとんどなく、わずかに谷崎潤一郎とオランダの画家の話が出てくるくらい。あとは、武蔵野の名残りを残した界隈に酔狂にも古い家を借り、好みの家に改装をする歓びを淡々とつづる。このままでは国木田独歩ではないか、と思った頃に蕎麦屋での出会いが用意されている。
離婚した主人公は、佳奈への思いを隠しきれない。佳奈も過去の別れ話を忘れたように食事をともにする。このままうまくいくのかと思ったところに佳奈の父が倒れ、介護が必要になる。匡の方も、せっかく改装が進んでいる最中なのに、もとの持ち主がアメリカから帰国するので、家を出なくてはならなくなる。なだらかに流れていた曲が終盤に至るや急激な転調が次々と襲い掛かってくるといった曲調で、敏腕編集者らしく、さすがにつぼを押さえた展開である。
熟年離婚(というには少し若いが)、親の介護、子どもの結婚問題と、今の世相をたくみにとりいれたリアルな設定に、この著者ならではの都会的なセンスに溢れたインテリアや絵画、暖炉や薪ストーブといった自然志向のアイテムを配した、サービス満点の小説である。個人的には、人間なら八十歳になる、ふみという名の雌猫がいちばんのお気に入り、パンを捏ねるような前あしの仕種を、メイク・ブレッドというのだとはじめて知ったのは収穫だった。ひとり寝のベッドにそっと入ってくるところや、匂いつけをするところ、そして姿を消す場面。去年逝った我が家の猫を何度も思い出し、鼻の奥がつんとなった。罪な小説である。
自分なりの決まりごとがあり、それを通すことが心地よい男が、別のシステムに従って動く他者である女と、どう生きてゆくか。愛し合ってさえいれば、自我は抑えられるものなのか、それはずっと長きにわたって可能なのか、一度結婚に失敗した男と、愛してはいたが、妻のある男との展望のない生活を続けることのできなかった女が、再び出会うことで、新しく何かがはじまるのか。互いの思いやりや気遣いが透けて見えるおだやかな日常をおびやかす身辺の瑣事。どんなに起伏のない日常を送る読者にも感情移入をゆるす、いかにも静かな身辺小説は、松家仁之の独壇場である。四十代後半にしてはその行動や心理がいかにも若く思えるのは、こちらが歳をとっているせいなのだろう。この作家が好きなファンには前作よりも受け容れられるのではないだろうか。
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趣味・嗜好性の強い主人公(48歳・離婚したばかり・一流出版社編集者)の独白小説。交際相手の女性も彼の趣味の一部のようで、それ以上の存在には感じられない。認知症介護の話もあるが、比較的あっさりとしているので悲壮感には至らない。江国香織から”血の熱さ”と”気だるさ”を除いた男性版のような印象を持った。
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理路整然とした性格の妻と別れて、新しい人生を迎えるのかと思ったら、どうやら再婚するみたいで、読むのを止めた。
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48歳で離婚した主人公の匡が、吉祥寺の古い家を改築しながら一人で暮らす様子が描かれた長編。趣味の良い家具選び、友達と少しずつ進める改築工事、吉祥寺のお店も出てきて羨ましい限りの生活です。家主の老婦人もいいですね。オレンジのブランドバッグはゴヤールかな?ゴヤールのバッグが似合って英語も話せて海外暮らしも厭わず、素敵な古い一軒家を持っているおばあさんに私もなりたいです。
次々と小さい事件が起きてあっという間に読み終わってしまいましたが、センスの良さと優美な文体ですっかりファンになりました。
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松家さんの作品の三作目。
これまでの作品の舞台が軽井沢、北海道ときていよいよ東京。
舞台が東京に移っても今までの松家作品に共通する静謐さや美しい自然の描写などは変わることはない。
武蔵野の空気に包まれて心地良い気分にさせられる。
ただ、今回はちょっと主人公のこだわりが鼻についたかな。
職業が編集者ということもあり作者自身が投影されているのかななどとうがった見方をしてしまったせいかもしれないけれど。
「優雅なのかどうか、わからない」じゃなくて、完全に優雅です(笑)
庶民の私には理解できない北欧家具が冒頭からてんこ盛りで、ちょっと引いた。
それはさておき、この物語は中年男性の幻想と言う気がしてならない。
一度別れた不倫相手の、しかもまだ30代の女性が50歳間近の男性とやり直そうなんて思うだろうか。
いやー、ないでしょ。
いくらお金持ってて優雅でインテリでも、ないでしょ。
自分から別れを切り出したんだし。
まあ、悪くはないです。
松家さんにしか描けない空気を堪能できますから。
猫のふみと家主の老婦人はなんとも可愛い。
ただデビュー作から一つづつ星を下げてる。
次作に期待かな・・・。
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離婚からマンションを出て古い一軒家へ移り住む。
上司から「気ままなひとり暮らし。これを優雅と言わずしてなんと言う」と言われる。
かっての恋人、佳奈との再会。
どう向き合えば良いのか。48歳の現実がそこにはある。
日々の暮らしが静かに、そして丁寧に描かれる。
優しい文章の中に男臭さが感じられる時もありハッとさせられる。次回作がもう待ち遠しい。
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宇宙人の視点を気にしているところが二箇所ほどありなんか笑った。それにしても家の中をきれいにしているので少し自分の家もなんとかすべきだと反省した。このあとどうなるのだろうか。でもワタシ的には別棟で生活するのが理想かな。
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おしゃれで、結局は優雅なんじゃないの!とやっかみ感を残すような作品かと思ったが、様々なことが起き、テンポの良い展開で一気に読めた。が、結局は不景気といえども高給取りの悠々自適な生活じゃないと思ったり。
不倫の恋に終わりを告げ30半ばで父親と二人暮らしを選択した
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バンクーバーのホテルで時差ぼけのベッドのなか、読了。『考える人』を発売当時から定期購読していたけれど、編集長をしていた松家さんが小説を書いているとはつゆも知らず、本書の刊行をたぶんhonzで知って、書店で数ページを立ち読みして、マイブックリストに入れてからずいぶん放っていたのを、最近活用するようになった近所の区立図書館に見つけたので借りてきた。
家の佇まいを中心に描かれる人のつながりと、いい大人の「恋愛」という言葉は単純すぎて本当はつかいたくないけれどまあそういう範疇の心の機微が、松家さんらしい文体で綴られているのがとても好ましかった。いい読後感。本書のまえに2冊書かれているとのことでそちらも読んでみたい。
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40代男の悶々とした日常。そこが丁寧に綴られていてイイ!登場する女性陣に言われる様々な事にまたまた悶々とする描写が良かった。
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2作目同様、中編くらいの軽い小説なので、やはり物足りなさを感じる。ストーリーはやや妄想に近いけど、文章が巧いので今回も楽しめた。村上春樹のように比喩が独特で、料理を作って食べたくなる(笑)
2作目のレビューでも書いたけど、次作こそ長編を期待しています。
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離婚して古い一軒家を条件付きで借りることになり、
自分好みにリフォームを進めるなかで、既婚時代に付き合っていた佳奈が近所に住んでいる事実がわかった。
アメリカに留学中の手のかからないできた息子には、同性の恋人がいて、
佳奈の父の手術後の認知症が進行するのを見守り手伝いながら
気ままな野良猫のふみの愛想の良さに和む日々。
季節が変わる頃には、改装した一軒家も大家さんの都合で引き渡さなければならなくなり
佳奈との関係も曖昧なまま、ふみとの別れ。
一見優雅だろうけれど、孤独でもある。
岡田氏が説明することにたいして、別れた妻がそんなに得意になって説明しなくていい、
ってところがたしかに男の人ってそういうところあるかもってわろたw
佳奈の魅力、父の介護の大変さ、猫のふみちゃんが死んでしまったところは涙出そうになった。
だけど生活を疎かにしない感じが、いいね。)^o^(