紙の本
ノーベル賞への道
2022/12/08 12:41
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投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
2020年ノーベル化学賞受賞で注目を集めた遺伝子編集ツールの発見者ダウドナらの科学史に名を遺す活躍を描いたドキュメンタリーである。クリスパーがどのように働くかを解明し、その応用への道を開いた歴史でもある。そして複数のグループが競合し、そのような成果を上げたものでもある。当然のように、その競合には、科学者の名誉を求める心、出世欲、そして富豪への道があったのかもしれないが、それらがなければ、単純な好奇心・探求心だけでは、成し遂げられなかったことが理解できる。ノーベル賞への道は、後半へと続く。
紙の本
遺伝子研究の本質
2023/03/07 06:32
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投稿者:tad - この投稿者のレビュー一覧を見る
どんなことでも研究を極めるというのは大変だし、運も必要で、そんな泥臭い作業の話が上巻で綴られている。
この著者の作品のいいのは、淡々と履歴が書かれているのではなく、主役の人間臭いところも述べられていて、読者を感情移入させてくれて、分厚い本も(しかも上下)最後まで飽きさせずに読ませてくれる。
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【「IT革命」を超える「生命科学革命」の全貌。全米ベストセラー!】生命の暗号を書き換えるゲノム編集でノーベル賞の女性科学者が主人公。世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』作者の最新作。
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飛行機が先にあって
あとから航空力学が確立する
蒸気機関車が先にあって
あとから熱力学が確立する
発明が先にあって原理はあとからついてくる
行き詰まった研究の突破口を開くのが
その分野から 程遠い 素人の意見であったり
する ということが面白かった。
勤務時間など気にせず
人生をかけて研究にうちこむ研究者たちを
尊敬する。
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レビューはブログにて
https://ameblo.jp/w92-3/entry-12777732556.html
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生命科学の話は面白い。ワクワクする。
誰かの伝記は初めて読んだが、研究の好奇心や競争の状況がよく感じられた。
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伝記作家のウォルターアイザックソンの新作。
ゲノム編集技術クリスパーの開発経緯から、その後の特許紛争、新型コロナへの対応までを、ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナさんを中心に描いたノンフィクション。
ゲノム編集という言葉は知っていたが、それがどんなもので、どのような経緯で開発されたか知らなかったので大変勉強になった。 著者自身が編集作業を経験したり、特許やこのツールの将来の在り方についても絡んでいて、自己の見解を述べたり、研究者間の橋渡し役になっている所が普通のノンフィクションとは違っている。当事者の視点も盛り込まれている。科学者間のポリシーの違いから、医療と生命倫理について考えさせられることも多かった。
遺伝子工学については全く予備知識が無かったので、疑問に思う事も多かった。もう少し勉強しておいた方がもっと楽しく読めたと思う。
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【はじめに】
遺伝子編集に革命を起こしたCRISPR Cas9の開発者として知られるジェニファー・ダウドナの伝記的ストーリー。著者は、『スティーブ・ジョブズ』を書いたウォルター・アイザックソン。アイザックソンに限らず、アメリカで名を上げているノンフィクションライターは、本人だけではなくその周辺の方にもしっかりと長い時間をかけて取材して書かれるので、深さがあってはずれがなくたいてい面白い。この本もこの技術に関わった数多くの研究者の機微な人間模様も描かれており、その物語に引き込まれて読んだ。
CHRISPRについては、すでにダウドナ自身から『CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』という本が2017年に出版されている。その本の帯には、著者のダウドナを「ノーベル賞最有力」とあった。その予測の通り、ダウドナは共同研究者のシャルパンティエと2020年のノーベル賞を受賞した。
【CRISPR Cas9技術】
本書ではCRISPR Cas9自体の技術について、このような伝記的なノンフィクションで書かれている以上に踏み込んでその詳細が説明されている。まずひとつは、RNAの基礎研究がCRIPSRという革命的なツールの開発につながったことが丁寧に描かれていることだ。この辺りは基礎研究の重要性を著者がアピールをしておきたいという意図が感じられる。CRISPRのきっかけとなった遺伝子の繰り返し配列が、大腸菌を研究する日本人研究者によって発見されていたことも触れられている。
そしてもうひとつの大きな要素として、tracrRNAについての詳しい解説が挙げられる。CHRISPR技術を巡る特許論争の鍵となると著者を含む多くの人が考えているこの技術要素について詳しく説明する必要があったからだ。ガイドとして働くcrRNA、ハサミとして働くCas酵素に加えてcrRNAの生成を促進し、加えて切断すべき場所までcrRNAを誘導するtracrRNAの重要性を発見できているかどうかがCRISPR Cas9システムの完成に欠くべからざる重要な論点であると著者は考えている。この要素はダウドナとシャルパンティエのチームにCRISPR Cas9開発の先駆者であるという正当性を与えるし、またシャルパンティエがダウドナに対して彼女の貢献度の方がより高いものであると自負する一因ともなったというのが著者の見立てだ。
【研究者間の熾烈な競争】
CRISPRをめぐっては熾烈な研究競争、特許競争、開発競争が繰り広げられていたことは周知の事実である。多くの研究者が競っている中で対立や妨害、出し抜き、ときに誹謗中傷に当たるような言動は、ある意味では避けられない。そのためには有名雑誌への掲載順を巡って査読を早める手管を使ったり、研究や特許申請を相手に知られないように非公開に進めるなどは当然のように行われる。しかし、この名誉をめぐる競争こそが科学の発展を加速させてきた。そして、その事実が結果として多くの物語を形作るのだ。
本書では、ダウドナ側だけではなく、競争相手であるフェン・チェンやジョージ・チャーチなどにもインタビューをして、彼らの研究者人生やひととなりを紹介している。そこからわかることは、研究者同士の競争は単純な勝った・負けたの関係ではないということだ。研究者同士はライバルである前に同じ領域に���いて最先端を切り拓くべく力を注ぐ、ある意味では共働者でもあるのだ。そして、研究者はそれぞれ価値観や研究者としてのポジションがある。ダウドナ、シャルパンティエ、チェン、チャーチなどCRISPRを含む遺伝子編集技術やそれをヒト細胞へ適用するための応用研究の開発競争の顛末については特に詳しく書かれている。科学の歴史はまた科学者たる人の歴史でもあるのだということがよくわかる。
チェンは、ダウドナらの発見を試験管の中の生化学実験であり、実際の細胞内での人を含む生物でのゲノム編集の実証性を示したのは自分たちであると主張した。ダウドナは生化学的機構の解明こそがブレークスルーであり、生物でのゲノム編集は自然な拡張に過ぎないと主張する。
このときの後味の悪さはその後のビジネスにも影響した。ダウドナは、CRISPRの特許使用権をプールしないことにして、自身の会社に独占権を与える判断をした。この点についてダウドナは、後悔していることを隠さない。その後に起こったことは、チェンがCRISPR Cas9の編集技術の特許を取得したというニュースであり、その特許を巡る争いであった。
【遺伝子工学と倫理】
CRISPRは、遺伝子操作をこれまでになく安価かつ手軽にした。ヒト細胞にもCRISPR技術が適用されることも示された。このことは必然的にある種の重大な倫理的問題を引き起こすることとなった。著者は、かなりのページを割いてCRISPRが引き起こしたこの問題について論じている。
遺伝子編集によって、障害や劣位の除去や、能力の強化ができるようになると、それができる層とできない層との間の格差をさらに拡げることにつながるのではないかというのがその一つだ。
また、体細胞の遺伝子編集はその個体に影響は留まるが、生殖細胞の遺伝子編集は個体を超えてその子孫代々まで伝わるものであり、より影響が大きくなる。
遺伝病の因子を取り除き、より健康な子供を作る技術があるのに、それを禁止されるのは倫理的にも正しくないように思える。ハンチントン病の患者家族のことを想像するとそのことは容易に想像できる。しかし、明らかな遺伝病などのマイナスを取り除くのは良いとされるのかもしれないが、その病気と脳力強化の基準線を明確に引くのは意外に難しい。
そのような議論が成熟する前に起きたのが、中国のフー・ジェンクイによる遺伝子編集ベイビーの誕生だ。ジェンクイは、AIDS患者に安全に子供を産んでもらうために必要な医学的措置であったと主張するが、これに対しては他に有効で取りうる手段があったことと、その手法も杜撰であったことから、著者はこの行為に対して厳しく否定する。学会や中国での扱いもこれに倣い、彼の医学的に不要なスタンドプレーは、刑罰という形で本国でも糾された。
しかしこの事件からわかったのは、それが可能であるということと、そしてそれを行うことがそれほど難しくないということだ。いずれ同じような事例が出てくることは間違いない。
治療と強化の区別は実のところあいまいだ。子どもをいい大学に入れるために多額のお金を払うように、多くの人がよい遺伝子を自分や自分の子供のために手を入れるという誘惑に駆られるのは間違いない。
「自然」とは何か、「不自然」とは何か、また「自然」であることが良い��となのか。それは何によって問われる問題であるのか。それによるリスクとはいったい何なのか。生物学的なリスクなのか、社会的なリスクなのか、道徳的なリスクなのか、個人の判断が及ぶ範囲はどこまでなのか。
おそらくは遺伝性疾患で原因も明確なハンチントン病の治療にその技術を使うことに反対する人は多くないだろう。実際にダウン症の着床前診断や子宮内検査は(除外や堕胎を前提として)すでに行われている。
われわれの持つべき態度は、「慎重に前進しなければならない」という言葉に集約されるのかもしれない。
【ジェームズ・ワトソン】
本書において、ジェームズ・ワトソンは幾重の意味でも象徴的である。
まず、本書の主人公であるダウドナが生化学者を志すきっかけとなったのがワトソンの『二重らせん』であったこと。このようにして、科学の発展は先人の業績をもとにして、人から人へと受け継がれていくということ。CRISPR Cas9もその流れにあり、この後、ダウドナらに続く人が必ず現れること。この『コードブレーカー』がその流れをつなぐことに一役買うことを期待していること、だ。
そして、DNAの二重らせんを巡る競争は、CRISPRを巡る競争を先取るかのように人間くさいエピソードで彩られる。研究者間の競争は科学の発展を加速するとともに、いくぶん後味の悪い結果を当人らにもたらす。
その競争に巻き込まれたのがロザリンド・フランクリンという当時はまだ珍しい女性研究者であったということだ。ダウドナやシャルパンティエのような女性科学者がこの重要な領域で主導的な役割を果たしていることはこの間の社会の変化を表してもいる。
本書が書かれた現在ワトソンは、黒人の能力と遺伝とを結びつけた人種差別的発言のためにその名誉を失ってほぼ隠居生活を余儀なくされている。本書のためにインタビューを敢行した著者の前でもワトソンは危うい発言を繰り返す。その発言は褒められたものでもないし、不適切なものであるのはおよそ間違いない。しかし、遺伝子編集が可能となった世界においては、また能力と遺伝との新たな倫理が必要となる。ワトソンの抱える問題は、そのことにもつながるのかもしれない。
いずれにせよ本書におけるワトソンの存在は、著者の拘りでもある。科学というものは清廉潔白なものではないのである。
科学の発展というものが、人によって支えられているということがよくわかる。期待を裏切らない、とても面白い本であった。
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『CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』 (ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4163907386
『ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/414081702X
『ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃 』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062883848
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ベストセラーとなった「スティーブ・ジョブスⅠ・Ⅱ」をはじめ、レオナルド・ダ・ヴィンチやアルベルト・アインシュタインなど、偉大なイノベーターの評伝で知られる著者が、2020年にノーベル化学賞を共同受賞したジェニファー・ダウドナ博士の半生を中心に、遺伝子研究の歴史がゲノム編集技術として結実するまでの軌跡を辿る一冊(上下2冊)。
幼い頃に科学者を志したダウドナが、好奇心と競争心を武器に女性蔑視の風潮や民間企業での挫折を乗り越え、研究者としての優れた資質とチームマネジメントの才を生かしてゲノム編集の鍵となるCRISPR-cas9の構造をいち早く解明し、論文発表に至る過程だけでも圧倒されるが、著者の知的探求はそこに留まらず、研究者同士の複雑な人間関係と競争がもたらすイノベーションの価値や、ゲノム編集が喚起するであろう倫理問題等についても深い洞察を展開することで、CRISPRという世紀の発見が、複数のテーマが幾重にも重なる壮大な物語として描かれている。
主人公であるダウドナに対し、その活躍を称賛しつつも時に辛辣な意見を述べる一方、ダウドナに敵対するライバルの言い分にも耳を傾けて理解を示す著者の誰に対しても公平であろうとする姿勢は、各界の重要人物からの信頼が厚く、相手の懐に入り込んで本音を引き出す取材の深さと相まって本書の価値を高めており、これまでの著作同様、大作ながら一気に読み進めてしまう知的興奮に満ちた傑作ノンフィクションとなっている。
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非常に興味深い内容で面白い一冊だった。
(上下巻まとめて上巻でレビュー)
冒頭で著者が、本書の内容を映画に例えて「アベンジャーズとジュラシックワールドを併せたような」と語っていたが、要は、ヒトゲノムを編集するクリスパーそのものというより、その研究者のヒトトナリ、その活動、いかにその科学的発見を医療に活かすか、あるいは官民一体となった団体の組成といった周辺の丁々発止に多く紙面が割かれている。
著者が、スティーブ・ジョブズなど著名人の評伝作家であり、その力量がいかんなく発揮された、さすがのベストセラーという趣き。飽きずに読み進むことが出来た。
とはいえ、遺伝子操作も、もうここまで来たか、というのがなによりの感想だ。ホモ・サピエンスはついに神の領域に踏み込もうとしている。いや、もう踏み込んでいる。
倫理の問題はもちろん、今後、政治的に利用される危険性も大いに孕む。様々な警鐘も鳴らしながらではあるが、本書のトーンは、既にゲノム編集は人類が獲得した進化の成果であるという論調だ。当然予想される、巻き上がる倫理観や神への冒涜といった反論に、著者はこう言ってのける。
「自然と自然の神はその無限の叡智によって、自らのゲノムを修正できる種を進化させた。その種が、たまたまわたしたち人類なのだ」。
2020年に世界を巻き込んだコロナ禍が起こったのも、偶然ではなかったのかもしれないと思わされる。ゲノム編集の動きにドライブをかけることになるウイルスとの戦いですら、神の無限の叡智のなせる業か。
ゲノム編集がヒトに施されている将来は、「あるもの」と覚悟をしておいたほうが良さそうだ。
甥っ子たち世代が、小学校の授業でコンピュータのプログラミングを学習していると聞いて驚いたのも、もう今は昔。数年後、数十年後には、遺伝子コードを彼らは学ぶことになるのだろう。そして、遺伝子情報をいかに編集すれば、より進化した人類が生み出せるのかをプログラミングしていくのだろう。
見たいような見たくないような未来が、もうすぐそこまで来ていると震撼させてくれた。
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【感想】
科学は難解なパズルである。
遺伝子の複雑な仕組みを解明し、RNAがどのように遺伝子コードの生成と編集に作用しているのかを探る一連の取り組みは、完成図の分からないパズルを組み立てているようなものだ。「ゲノム編集を可能にする」という曖昧な目標だけがあり、そこに向けて細菌学、構造生物学、遺伝子学という様々な分野のピースを組み合わせていく。
同時に、科学は人間ドラマでもある。
科学の功績は「早い者勝ち」だ。似た論文が1日違いで発表されたとしても、名誉にあずかれるのは先に発表した者だけ。誰がどこまでパズルを完成させているのか分からないまま、研究室間で猛烈な競争が繰り広げられる。中には、裏で(例えば査読者経由で)競争相手の論文内容を知りそれを剽窃したのではないか、という駆け引きが繰り広げられる。
本書も、この「パズル」と「人間ドラマ」の二軸で展開されるサイエンスノンフィクションだ。主人公は「ジェニファー・ダウドナ」という、DNAの編集技術を開発した女性科学者。上巻では、彼女の生い立ちや研究仲間との開発風景、そしてDNA編集を司る「クリスパー・キャス9」をめぐる攻防が描かれる。
クリスパー・キャス9は、crRNA、tracrRNAとセットになって侵入してきたウイルスを切断する。この「クリスパー・システム」をヒト細胞で働かせ、かつcrRNAをプログラミングしガイド先を調整してやれば、任意のDNA配列を標的にできる。つまり、自由に遺伝子を書き換えられる。ゲノム編集のツールとしてはZFNやTALENが以前から開発されていたが、クリスパー・キャス9のほうが圧倒的に合成しやすく、費用も安い。
クリスパー・キャス9の誕生はまさに「革命」であった。遺伝子を書き換える効率が飛躍的に上がり、様々な分野に応用が可能となった。欠陥のあるDNA配列を編集して書き換えることが可能になれば、遺伝性疾患の治療が大幅に向上する。遺伝子から根本的に変えてしまえば継続的な治療が必要なくなるからだ。また、農業における遺伝子組み換え技術にも応用が可能となるだろう。
本書ではこの「革命」の一部始終が語られるのだが、同時にもう一つの読みどころである「人間ドラマ」も展開されていく。
具体的には、クリスパー開発を舞台とした賞レースと、その後の新会社設立に伴う人間関係のこじれ、そして名声を巡った旧友シャルパンティエとの決別が描かれる。
このゴタゴタは「クリスパー・キャス9は誰によって発見され、誰が実用化したのか」に関しての微妙な齟齬が原因となっている。科学者といってもやはり人であり、名声を自分のものにしたいという思いは少なからずあるだろう。自分が果たした貢献に対して、自分は適切な報酬を受けているのか……。そうした不満が研究者の間に亀裂を生み、やがて特許をめぐる訴訟に発展していく。
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上巻の流れとしては以上のとおりだ。内容は複雑だが非常に面白く、ゲノム編集技術の最前線を描いた学術書としても読めるし、人間ドラマを描いたミステリー本とも読める。引き続き下巻も読み進めていきたい。
本書は遺伝子関係の技術に詳しくない人にも読めるように書かれているが、一応、ある程度の基礎知識(DNA・RNA・クリスパーの構造とはたらきなど)をネットで調べてから読んだ方が、苦しくないかもしれない。また、本書の構成が群像劇のようになっているため、途中で本筋がどこにあるのか混乱してしまうかもしれない。目安としては、
①DNAの二重らせん構造の発見
②ヒトゲノム計画によるDNAマップの解読
③RNAの自己スプライシング能力の研究
④クリスパー・システムの発見と、クリスパー・キャス9のメカニズムの解明
⑤クリスパー・キャス9を使ったヒトゲノム編集競争の始まり
⑥ヒトゲノム編集競争の決着と、その功績と特許を巡る争い
のような形で進行していく。これを押さえて置けば迷うことはないと思う。
下巻のレビュー
https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163916253
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【用語解説】
・DNA…遺伝子の本体。自分がコードしている情報を保護し、自身を複製する役割を担う。
・RNA…DNAと同じ核酸だが、コードに基づいて情報を処理し、たんぱく質等を実際に作る役割を担う。
・酵素…RNAによって作られる重要なたんぱく質の一つ。細胞内での活動のほぼ全ては、酵素を触媒として起きる。
・リボザイム…RNAの中でも、自らを触媒として働くもの。リボ核酸(RNA)を素材とする酵素(Enzyme)の意味。以前は生体反応はすべて酵素が制御していると考えられていたが、一部の反応はRNAが制御していることが確認された。また、RNA単体で自己を複製、編集(自己スプライシング)する機能があることがわかり、生命の中心的機能を解き明かす可能性があると注目されている。
・ファージ(バクテリオファージ)…自然界で最大のウイルスカテゴリ。細菌とウイルスは何億年もの間、防御構造と攻撃構造の進化を互いに繰り広げてきた。細菌は攻撃してきたウイルスのDNAの一部を取り込み、免疫を獲得することができる。
・クリスパー(CRISPR)…DNA配列の間にある反復配列。細菌のクリスパー・システムは、新たに出会ったウイルスの遺伝物質を切断し記憶する免疫システムである。この特性を利用すれば、遺伝性疾患の原因遺伝子を修正することができる。
【まとめ】
1 女性科学者、ダウドナ
本書の主人公、ジェニファー・ダウドナはハワイで育った。彼女は6歳のとき、ジェームズ・ワトソンの「二重らせん」に夢中になった。その本から自然の神秘的なメカニズムに、また作中でロザリンド・フランクリンという女性学者が活躍していることに惹かれ、科学者を志す。
大学に進んだダウドナは、同じ女性の科学者であるシャロン・パナセンコの研究室で働くようになる。パナセンコの細菌学の研究助手として、生まれて初めて科学雑誌に掲載された。
ハーバード大学院に進んだダウドナは、ジャック・ショスタクの研究室で、酵母のDNA編集を研究することになる。
2 RNA分子の解明
ダウドナは、RNA分子が自己複製する仕組みを解明するため、構造生物学を学ぶことを目標とする。リボザイムの構造がわかれば、遺伝子編集の可能性が広がるからだ。
RNA研究が難しい理由の一つは、20種類の成分を��つタンパク質と違って、RNAがわずか4つの成分でできていることだ。「RNAは化学的には単純なので、どのように特定の形状に折りたたまれているかを突き止めることが重要だった」とダウドナは言う。
1996年、ダウドナはリボザイムの原子の位置をすべて特定し、RNAがらせんを折りたたんで三次元の形状になる仕組みを明らかにした。ダウドナとチームが発見したRNAの構造は、RNAが酵素となり、自らを切断し、スプライシングし、複製する仕組みを説明した。
これでやっと、ゲノム編集のための土台が整ったのである。
3 クリスパー・キャス9の解析
2009年、クリスパーの研究者は、クリスパー関連酵素の中の「キャス9」に焦点を絞っていた。
キャス9を不活性化すると、クリスパー・システムは侵入中のウイルスを切断できないことがわかった。また、クリスパー・システムの別の要素であるクリスパーRNA(crRNA)の重要な役割も判明した。crRNAは、過去に攻撃してきたウイルスの遺伝子コードを含む短いRNA断片だ。そのウイルスが再び侵入しようとすると、crRNAはキャス酵素のガイドになって、ウイルスへの攻撃を誘導する。
ガイドとして働くcrRNAと、ハサミとして働くキャス酵素、この二つがクリスパー・キャス9システムの核である。
しかし、クリスパー・キャス9システムにはもう一つ重要な要素があることが判明した。それもやはり短いRNA断片で、「トランス活性化型クリスパーRNA」、略してトレイサーRNA(tracrRNA)と呼ばれる。
tracrRNAは二つの重要な役割を担っている。一つは、crRNAの生成を促進すること。もう一つは、侵入中のウイルスをつかむハンドルになり、crRNAが、切断すべき場所へキャス9酵素を導けるようにすることだ。
ダウドナは、シャルパンティエ、イーネック、チリンスキーの3人とチームを組み、クリスパー・キャス9のメカニズムの解明に乗り出す。
度重なる実験によって、crRNA、キャス9、tracrRNAの成分は三位一体となって標的DNAを切断していることを突き止める。crRNAは20文字の配列を含み、同じ配列を持つウイルスDNAにクリスパー・キャス9システムを導くガイドの役割を果たしている。tracrRNAはcrRNAの生成を助けるが、もう一つの役割を持っている。それは、crRNAとキャス9が標的DNAの適切な場所をつかめるよう、「足場」になることだ。キャス9は、その足場を利用してDNAを切断する。これが三要素のメカニズムだ。
crRNAをプログラミングしガイド先を調整してやれば、切断したいDNA配列を標的にするよう修正できる。つまり、編集ツールになるのだ。
研究に基づき、ダウドナのチームはシングルガイドRNAを作成した。彼女たちは、生命の暗号を書き換える手段を開発したのだ。
4 ゲノム編集のレース
欠陥遺伝子がもたらす疾患を遺伝子治療によって治すのではなく、欠陥のあるDNA配列を編集して書き換える。これが「ゲノム編集」だ。
ダウドナとシャルパンティエは、クリスパー・キャス9の解明とシングルガイドRNAに関する論文をジャーナルに送り、それが2012年6月に発表される。すると、世界中の研究室で、クリスパー・キャス9がヒト細胞で機能することを証明するための熾烈な競争が始まった。
競争の主要プレイヤーは以下の三人だ。
・フェン・チャン
・ジョージ・チャーチ
・ダウドナ
フェン・チャンはブロード研究所所属の中国移民であり、彼の指導教官がジョージ・チャーチである。ジョージはダウドナの古い友人でもある。
チャンはZENやTALENという別のゲノム編集技術を研究していたが、クリスパーのほうが可能性に富んでいることに気づき、クリスパーの研究を始める。目的は哺乳類の細胞への適用だが、重要な課題の一つは、クリスパー・キャス9をヒト細胞の核内に入れるために必要な核局在化シグナル(NLS)をキャス9に加えることだった。チャンがさまざまなNLSをキャス9に加える方法を考案し、共同研究者のマラフィーニがそれが細菌で機能するかどうかを調べた。
チャンとマラフィーニが行った研究の内容は2013年初頭まで公表されなかった。これが、「クリスパー競争」の勝者を決める際の審査に大きく影響することになる。チャンがいつ時点でクリスパー・キャス9システムの正確な役割を実験で突き止めたのかがわからず、2012年6月に発表されたダウドナの論文との前後関係――どこまでが自己の研究で、どこまでがダウドナの論文に則った研究なのか――があやふやだからだ(実際には、チャンは2012年6月までにヒト細胞でクリスパー・システムを働かせることができていない)。加えて、チャンは「動物細胞での適用」を目指していたのに対し、ダウドナは「試験管内の細胞での適用」を目指していた。細胞内の環境での研究と生化学的環境での研究、どちらがよりゲノム編集の発展性に貢献したと認められるかも、各賞の審査に影響してくる。
フェン・チャンは、シングルガイドRNAというアイデアを試すうちに、ダウドナの論文に記載されているシングルガイドRNAは、ヒト細胞ではうまく機能しないことを発見した。そこで彼は、ヘアピン構造を含む、より長いシングルガイドRNAを作成した。それは、ダウドナたちのものよりうまく機能した。
2012年11月にチャンが論文をサイエンス誌に提出したが、それを知ったチャーチはショックを受けた。同じテーマの論文を提出したばかりだからだ。チャンはクリスパーでのゲノム編集の研究を始めたことを秘密裏にしていたため、チャーチはかつての教え子に裏切られたと感じたのだ。結果的には、彼らの論文は同時に受理された。
一方、ダウドナもこのレースに加わり始めた。クリスパー・システムをヒト細胞で機能させるための研究に取り組み始めたのだ。
フェン・チャンに比べて基礎研究の優位はあるものの、ダウドナたちはゲノム編集者ではない。取り組みは容易ではなかった。
そんな中、2012年11月にチャーチとチャンの論文発表を知る。先を超されたことに落胆したが、何とか急いで論文を完成させ提出、2013年1月に受理された。
チャンとチャーチの論文は、ガイドRNAの拡張版がヒト細胞でよりよく機能することを示していたが、ダウドナたちの論文はそれには触れていなかった。また、チャーチは、ゲノム編集の信頼性を高めるために相同組換え修復のテンプレートを供給したが、その情報もダウドナたちの論文には欠けていた。しかし、生化学を専門とする研究室でクリスパー・キャス9を試験管からヒト細胞へ移行させるのは容易だということを、彼女らの論文は示した。
ダウドナとシャルパンティエは後に「生命科学ブレイクスルー賞」、「ガードナー国際賞(チャンも受賞)」、「カブリ賞」の3冠を受賞する。
しかし、シャルパンティエやチャン、ランダー(チャンの師匠)など複数の科学者は「ダウドナだけが称賛を得ている」と批判。のちにチャンとダウドナの間で、クリスパー関連の特許を巡る訴訟が繰り広げられることとなった。
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スティーブジョブスの伝記を書いたアイザックソンの著作ということで、期待をしていたが、その期待以上の筆致で唸らされた。(上)はこの本の主人公であるダウドナが、化学の道を選び、RNAの研究者としてクリスパーキャス9システムのメカニズムを解き明かしていくまでが時系列で丁寧に描かれている。
(下)はもっとスコープを広げてバイオテクノロジー分野に関わる人たちの物語という感じで、(上)(下)別の物語として楽しめる。(上)だけでも完結した価値で楽しめるけれど、(上)(下)通して読んだほうが絶対によい!
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開始:2023/2/13
終了:2023/2/16
感想
科学の世界における競争の光と闇。純粋な好奇心に突き動かされている科学者という幻想。人類び福音をもたらすのは神ではなく市場なのか。
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ジェニファー・ダウドナ著の『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』を読んだので、上巻は復習かなぁと思っていたが、知識の雨がざぁざぁと降ってきた上巻。
なぜ、面白かったのか。思いつくのは4つ。
1)全体的には登場人物が多いのに、メインのストーリーラインを失わない著者の構成力
2) 各人物について記述されている文章量に差はあれど、第三者視点でインタビューした内容が公平に書かれていること
3) 各章のはじめに人物の写真が載せられていて、それが大体章の内容を語っているという不思議な説得力
4) 研究とビジネス(特許権含む)の動きについて、目を瞑りたくなる部分にも、明瞭に公平にそして淡々と書かれていること
たぶん、スティーブ・ジョブズを読んだ後だったらこの感動は多少薄れるんだろうけど。。面白かった。
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生物学者のダウドナを中心とするヒトゲノム研究の歴史
科学的な話というよりは人間模様、倫理観の話が多く面白い。