紙の本
こじんまりとした雄大さのあるうらはぐさ
2024/04/13 21:43
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投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
武蔵野台地の一角にある「うらはぐさ」といわれるところ、そこにあるあけび野商店街などを舞台に、時代の流れを、どのように受け止めようと足掻くかに悩む人々を描く。風土記とは地方の歴史や文物を記した地誌のことだが、こじんまりとした雄大さがあるうらはぐさを、風土を記した物語となっている。自分の暮らす場所が、れんっ面と続く土地の歴史の変遷の果てにあることに気づかされる。そして、人も土地も、時代の変化というものには抗えないのに気づかされ、これからの未来の変化を、どのように創っていくかが大切だと思うようになる。
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まさに風土記である。ただちょっと気になったのは主人公の仕事の忙しさの記述が無いのはどうだろう?ただ一人暮らしでぶらぶらしている訳ではないはず。しかし面白かった。街はこれからどうなるか刻々と変化するのが街というものだ。
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過去にどんなことがあったかはさておいて…
淡々と、日々を丁寧に暮らしている感じがする主人公が、とても愛おしく感じました。
変な言葉遣いの女子大生とか、働いたことがないけど、ちゃんと生活しているおじいちゃんみたいな人とか、そのおじいちゃんとまあまあ最近結婚した奥様とか。
ゲイの同僚とか。
みんなみんな愛おしい❤️
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中島さんらしい雰囲気の作品です。スカッと抜けてるわけでは無く、どちらかと言えばドヨンとしているのだけど重くはない。多分、独特のユーモアのせいでしょうね。なんだか可笑しいのだけど、なぜ可笑しいのか良く分からない。
30年ぶりにアメリカから帰国した大学教員の沙希が主人公で、舞台は武蔵野の一角・うらはぐさ地区とそこにある昔からの商店街。
社会的な事件・事象を主題にする物語とすれば絶妙に焦点を外しています。描いているのは、これから動き出す商店街の再生活動の前段階だし、主人公もそこに住むちょっと不思議な秋葉原さんの方がふさわしい気もします。でも著者が描こうとしたのはちょっとノスタルジックな商店街や地区に残る自然、そしてそこに根差したようなごく普通の食べ物や、そこに住む人々の群像劇です。
気になるのは無茶苦茶な敬語を使う女子大生。変な敬語で嘘っぽ過ぎます。余りに嘘っぽ過ぎて、現実に中島さんがそんな女の子に会った事があるのかと考えてしまいます。
肩ひじ張って主義主張を述べる訳でもなく、ごく自然に好きだからそういう暮らしを続ける人々。そうしたものが大切にされるような気持ちの良いエンディングでした。
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ゆるーく始まるのだが、そこは中島京子。
ゆるいだけで終わるはずがない。
ゆるい中にも、山椒のようにピリッと現代社会に鋭く斬り込み、こんな社会で、こんな人生もアリだよね、と読者に囁く。思い切り頷いてしまいました笑
サッと読めちゃうのだが、いい小説!
中島京子、好きだわ。
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うらはぐさ=風知草。花言葉は未来。武蔵野の風情が残るMUFGパークにて満開の桜眺め、物語の舞台に意識飛ばしながら読了。残すこと大事なのに千川上水、玉川上水沿いの木たくさん伐られている、残念。せめて伐採あとには苗木植えてほしい…
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離婚を機にアメリカから帰国し、東京の西部・うらはぐさ地区の空き家だった伯父の家に住まうことになった沙希。そこで出会ったちょっと癖のある人々。武蔵野の自然とそこに暮らす人々の日常を描く群像劇。
なかでも、満月になると吠える父親を狼男だ信じていたという秋葉原さんの話「狼男と冬の庭」は響いた。まだPTSDなる言葉もなかった時代、苦しんだ人たちの姿を想像すると切なくなる。
商店街の再開発問題や個人的に抱えている問題など、決して軽いものではないんだけど、どこかユーモラスでほんわかとした雰囲気が漂うのが中島さんの作品らしい。
一人が苦手な秋葉原さんや変な敬語を使う女子大生、音信不通の大鹿マロイなど個性的な人々と、エナガの巣作り、テコンドーの本質、美味しそうな料理の数々など読んでいて楽しくなる要素が満載。
少々出来過ぎているようなエンディングさえ、テンバガーのエピソードがここに来て意味を持つのか!と納得。マロイの消息も含めて、裏葉草の花言葉ピッタリの“未来”ある物語の締めくくりでした。
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沙希をはじめ、個性的なメンツが粒揃い。
その中でも、秋葉原さんや従兄弟の距離感がなんとも羨ましい。
こんな緩い町で、ゆるーく生活してみたい。
本のタイトルや装丁から、著者のやエッセイ?と思ったら小説だったけれど、なんだかエッセイのような四季の移ろいも感じられ、両得感(小説のようなエッセイのような)も味わえますね
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離婚を機に、30年ぶりに帰国した沙希が出会ったのは、うらはぐさ地区の一風変わった人たち。
店舗の屋上で野菜を育てる秋葉原さんや秋葉原さんと高齢結婚をした刺し子姫。
独特な敬語を使う女子大生マーシーとその友だちのパティ。
沙希の気さくな雰囲気は、真似できないなぁと感じたわけで…
ゆるい感じがしたり、しなかったりのこの微妙な繋がりはなんとも表現し難いと思った。
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中島京子さんの小説を、読むのははやさしい猫についでニ冊目です。新聞の書評か本の広告で引っかかったのか図書館から借りてきました。電車の中でほぼ1日で読み終わりました。
アメリカ帰りの50過ぎのバツイチの大学教員がひょんなことから借り住まいすることになった東京郊外の庭のある一戸建て。その町うらはぐさで主人公が出会う様々な人々。それは古い一戸建ての様な懐かしい人間関係を築ける人たちでした。家の庭をボランティアで手入れしてくれる秋葉原さん、その連れ合いの刺し子手芸の真弓さん、そして今時の学生とは違う一風変わった学生たち、そして小学校の屋上に菜園を作ろうとする校長先生。
個性的な面々が令和の功利的な社会に抗してオーガニックな人間的な自然や土の匂いの感じる街を作ることになんとなく目覚めていくという小説でした。
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読みやすく負担にならない。
それぞれの変わらないでもらいたいもの上手く残せると良いです。叔父さんの、こちらに考えさせる切り返し…いいなあ。
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田ノ岡沙希(たのおか さき)52歳。
アメリカでの結婚生活に終止符を打ち、30年ぶりに日本に住む事になった。
学生時代を過ごし、武蔵野の面影が残る「うらはぐさ」地区にある、伯父の家を借りて住む。
一間半四方の庭がついた、築四十年を越えた家。
土の庭は四季があるのが良い。
鳥も来る。
食べられるものが実ればなお良い。
定職に就いたことがないという秋葉原さんの生き方
沙希の研究室に遊びに来る、マーシーのぶっ飛んだ敬語
ゲイカップルのくるりんとさるちゃん
みな、一見浮世離れしているように感じるが、その実きちんと自分の考えを持っている。
それに対して、伯父の家を貸してくれた従兄の博満(ひろみつ)は完全に浮世の人である。
浮世の規則に従うことだけを旨としている。悪い人ではないのだが。
沙希もこの土地に根を下ろして、うらはぐさと一緒に風に吹かれている、そんな風景を思い浮かべている。
住んでいる土地を愛せるのは幸せな事である。
その土地の過去に思いを馳せ、未来を考えて日常を生きる。
もちろん、その過去の中には戦争の歴史があったり、これからは再開発で街が変わってしまうのではという恐れがあったり。
何も変わらないというものは無いのである。
まあ、「いいもんにあれして」行くのがいい。
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衝撃的なフレーズがあった
・10年後には世界で八億の人が職を失う、人間そろそろ働かないで暮らすことを考えた方がいい。
という秋葉原さんの弁。
・第二次世界大戦で死んだ日本兵の6割は餓死。軍上層部は「補給」という概念を持っていなかった。
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日々を大切に過ごす事がどれほど贅沢なことなのか、気付かされる。
この小説の舞台だけではなくて、日本のあちこち、よく調べれば何かしらあるのだろう。
時々混ざる戦争の描写に胸が苦しくなり、一方で学生との会話や飲み屋での風景にほっこりする。
魅力的な登場人物が多くて、深刻にならずに読める。
過去の話、未来の話、もちろん現在の話。
普段は時間に追われ時間を消費している私でも、この小説を読んでいる間は1日とか1時間じゃない、もっと長いスパンに身を委ねられたと思う。
うまく感想を書けないのがもどかしい。
クスッと微笑ましい終わり方だっのにな。
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東京のうらはぐさ地区、武蔵野あきる野市あたりが舞台。古い町や商店街、主人公は築52年の伯父の家に住んだ帰国子女。消えそうな近隣の関わりや若い世代の思いもよらない生き方など、リアルではあるがそこかしこに古き良き時代の描写がある。登場人物が全員とても魅力的で、キャンバスでも居酒屋でもお話しをしたいと切実に思った。
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主人公の沙希は、離婚を機にアメリカから日本へ戻り、大学時代住んでいた地域(うらはぐさ)にある伯父の家に移り住むことになる。
伯父は認知症が進んでおり、施設に入っていて、空き家にしない代わりに沙希が住むことになったのだ。
伯父が住んでいた家をそのままにしたいという主人公の思い、秋葉原さんをはじめ、うらはぐさに暮らす人々との出会いから、身の回りの環境にも美しさがあることを思い出させてくれる。
バートさんに沙希が伝えた「もとには戻れないけど、どっちにしても、あなたはわたしの人生の一部だよ」という言葉。主人公は辛い思いをしてきたけれど、その過去も現在を作っている大切な一部であり、過去を肯定しているような何かあたたかい言葉であると感じた。
マーシーちゃんの変な敬語も可愛くてクスッとした。
空き家問題や、「テセウスの舟」を通した「変わっていかなければいけないが残していくべきもの」の葛藤、戦争に行った方のPTSDの問題など、さまざまな社会問題も考えさせられる作品であった。