投稿元:
レビューを見る
数年前から、森 正人氏のウェブサイトで、翻訳が出ると予告されていた本。マッシーは1984年の出世作『空間的分業』が翻訳されていたのを始め、『思想』や『10+1』といった商業誌、『空間・社会・地理思想』という地理学雑誌でも論文が翻訳され、比較的その学説が日本で紹介されている地理学者。
かなり経済地理学よりの『空間的分業』は翻訳で読んだものの、イマイチ消化不良。彼女が勤めていたオープン・ユニバーシティの教科書を非常勤先で教科書として使っていたこともあり、彼女の場所論には比較的共感を覚えていたが、たまたま読んだ2つの論文がほぼ使い回しだったということがあり、ちょっと信用できないところもあった。まあ、多忙と高齢によるものだという偏見を持って彼女の文章をあまり原著では読んでいなかった。
本書も「空間」を全面に出していることもあり、場所研究者としての私はちょっと油断していたのだが、本書が出版され、書店で目次を見ていたら、やはり後半は場所論を展開していることもあり、読まないわけにはいかなくなった。装丁なども美しい月曜社ですから、手元に置いていてもいいでしょう。まずは目次。
第1部 舞台設定
第1章 はじまりのための命題
第2部 見込みのない関連性
第2章 空間/表象
第3章 共時性の監獄
第4章 脱構築の水平性
第5章 空間の中の生
第3部 空間的な複数の時間に生きる?
第6章 近代性の歴史を空間化する
第7章 瞬間性/深さのなさ
第8章 非空間的なグローバリゼーション
第9章 (通俗的な見解とは反対に)空間は時間によっては滅ぼされえない
第10章 新たなるもののための諸要素
第4部 新たな方向づけ
第11章 空間の諸断面
第12章 場所のとらえどころのなさ
第5部 空間的なものの関係論的政治学
第13章 〈ともに投げ込まれていること〉――場所という出来事の政治学
第14章 空間と場所の原則などない
第15章 〈時間-空間〉をつくること〈時間-空間〉をめぐって抗争すること
いやいや、読み応えのある1冊でした。まさにマッシー地理学の集大成というか、それでいて、新たな領域を切り開こうとしています。彼女の場所論はいくつか翻訳もあり、「権力の幾何学」や「場所のグローバルな感覚」、「進歩的な場所感覚」など、第4部以降は知っている概念を使いながら論が展開されるので、比較的理解がしやすかった。
まだまだ消化不良なのは前半。しかも、最近私がまとめようとしている「表象」概念を空間概念と深い結びつきのなかで論じているため、しかもその関係を批判的に解体しようとしているのですから、なかなかとらえどころがありません。
そして、その前半の空間に関する考察は、場所に関する考察にも及び、空間と場所という概念の二分法をも打ち壊そうというのです。
原著が出たのが2005年ですから、もう10年ほど経とうとしています。最近の彼女は何を書いているのか、まだまだ先に進んでいくのですね。
この日本語訳がなかなか出版されなかったのは、最終的に共訳という形になったからのようですが、申し分のない日本語になっていました。この���容を日本語に置き換えるというのは相当の労力と能力とを要する仕事です。改めて,訳者に経緯を評したいと思います。
そして、それだけでなく森氏が書いた訳者解説はこれまであまり日本では語られていなかったマッシーの経歴についても書かれており、興味深い内容になっています。