紙の本
信長は革命児にあらず!(信長の実像に迫る)
2015/03/15 09:42
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投稿者:キック - この投稿者のレビュー一覧を見る
面白かったです。本書の内容には大満足です。
従来の信長像を打ち破る衝撃的な内容が、全編に亘って展開し、論証されています。以下の通り、本書の内容が簡単にまとめられていました。
「信長は将軍、天皇や朝廷を自明の権威として尊重している。「天下布武」を宣言したものの、その内容は全国制覇を宣言したものとはいえないどころか、将軍・幕府を否定したものとさえいえない。毛利や武田との抗争も、全国平定の一環とみることはできない。そして宗教については特に在来の宗教権威を否定することはないし、新たに到来したキリスト教に特別の好意をもったとはいえない。これまで信長について言われてきた「革新性」と全国制覇の「野望」は疑わしい(194ページ)」
「伝統の遵守ではなく破壊こそが進歩を生むとの観念は現代人に馴染み深いが、近代科学以前に生まれた信長の行動を考える場合には、必ずしも適切ではない(203ページ)」
「諸大名との合議や協調・共存をめざす信長の姿は、たとえ従来の常識的イメージを裏切るものであろうと、当時の人々にとっては何ら違和感のあるものではなかった(208ページ)」
私自身、戦国時代に現代的思考(=その時代の発想を超えた思考)ができる人間なんているわけがないと思っていました。そして現実離れした超人的な信長像に、長年辟易していました。しかし最近になって、ようやく真実の信長像を描く本が、自称歴史家ではなく、第一線の研究者の方々から続々出版され始めました。やっと、流れが変わってきたのだと安堵しています。
超人的でリアリティを感じない「天才信長」よりも、当時の常識で思考・行動する血肉の通った信長が成長していく姿の方に、私は魅力を感じます。小説や大河ドラマ等でも、こうした「真実の信長」の姿を描いてほしいと思いました。
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投稿者:フフリ - この投稿者のレビュー一覧を見る
資料などから丁寧に解説し、従来の信長像を変えさせてくれた
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投稿者:KU - この投稿者のレビュー一覧を見る
織田信長は、数ある戦国武将の中でも一番人気がある武将でしょう。「革命児・信長」像に迫る一冊といえます。
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織田信長は、革命家とか天才とかのイメージが世間にはあるが、実際はそうではないことを古文書から解読し説明した本である。
大学教授で専門家の筆者は、豊富な文書類をいつどのような状況で書かれたかを示しながら、織田信長は足利将軍や天皇を敬い、庶民の世評を気にする常識的で有能な政治家であると世評とは逆さとも言える評価をする。
とくに天下布武が野心の表れとの世評に対し、天下は日本全国ではなく畿内を示しているとの指摘や、分国拡大は国境紛争の結果に過ぎないとか、いろいろと目新しく感じた。
ただ、前にも述べたとか後で記すようになどと、行ったり来たりするところが、ややくどいというかもう少し整理して書いてほしかったところだ。
しかし、古文書が新たに発掘されたわけでもなさそうなのに、なぜ解釈がこうも違ってくるのか、いつまでも研究されているのかが不思議に思える。すべての関連資料を総合した決定版は、無理な願いなのだろうか。
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信長は従来語られてきたような(自らが天皇に取って代わる野望を抱いた)稀代の異端児ではなく、天皇、室町将軍家を重視した、当時における常識をわきまえた武将であった。
その旗印である「天下布武」の天下とは京都を含む近畿5国のことで、天下布武とは武力をもって近畿5国を平定した信長の治世の下、天皇家、将軍家に祭祀、政を執り行って頂くことであり、決して武力を以って全国制覇することを意味しない。
毛利攻めも武田勝頼との長篠の戦も、国境の勢力争いに過ぎなかった。
比叡山焼討ち、キリスト教庇護、本願寺との対立等あるが、信長は宗教に対して特段の思い入れがあるわけではなかった。
マルクス・唯物弁証法的史観を背景として、アウトへ―ベンの象徴としての信長が語られてきたということか。
本書と流れを同じくする書籍も複数出版されているとのことで、今後は歴史の解釈が修正されるかも知れない。
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2012年池上信長論を受けて、信長の行動原理を再検証。ゼミでの研究成果と明記してあるだけあって、最新研究のレビューともなっている。
そして、信長の行動がいかに「普通であるか」を説明するという流れはもはや研究者のスタンダードな潮流なのだという事も良くわかる本。
とはいえ、だからこそ信長の「アリの一穴」と秀吉以降の中世-近世の断絶が見えやすくなっているとも言える。
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天才でも革命的政治家でもない信長像を掘り下げる。天皇や将軍や世評に気を遣いまくったからこそ支持者も多かったと思えば不思議な話でもないがメディアでの信長像を植え付けられているので違和感を感じる。
畿内を天下と見る考えも当時からしてみれば妥当だが今川義元を倒して東に向かわず京都を目指したところは戦略家として卓越してたのではなかろうか。
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最近は歴史の研究が進んでいる様で、学会内の発表で終わらせるのではなく、書籍化して多くの人が知ることができるようになっていることは歴史好きの私にとっては嬉しい限りです。
この本のテーマは織田信長です、革命児とか日本全国の統一の野望の持ち主であると学校でも教わってきましたし、数多くのテレビドラマもそのような人物像で描かれてきました。
しかしこの本では、そうでは無くて別の姿があり得ると解説しています。人物像は信長が死んでからかなり経過してから決まったのだとされることを聞いたことがある私にとって、その具体的な姿を想像することがこの本でできたように思います。
以下は気になったポイントです。
・1575年、信長は参内して大納言、右大将に任官された、無官の信長をいきなり大納言にするわけにもいかず、朝廷では前年に遡ってまず参議に任じたことにして、この年にさせたものとされている。この年に首尾良く「公家」になったものと思われ、この前後より、家臣たちは「殿様」という信長への呼称を改め「上様」と呼ぶようになった(p68)
・将軍足利義昭については、織田信長は将軍の権威を少なくとも否定しようとはしなかったし、天皇の権威についても同様に見ることができる。巷で言われているのとは逆に、信長は伝統的権威を蔑ろにするどころか、かなり気を遣っていたと思われる(p95)
・ルイスフロイスの報告書によれば、日本全土は56の国に分かれているが、その中で最も主要なものは日本の君主国を構成する五畿内の5つの王国である。それは、山城・大和・摂津・河内・和泉であり、その君主を「天下の主君」と呼ぶことが記されている。すなわち「天下」とは、京都を含む五畿内のことと認識されている(p108)
・織田信長は、足利義昭を主君として立て、自らは人臣として天皇を立てるというスタンスに徹していたと見た方が良い(p119)
・織田信長が諸大名との共存を目指し合議のもとに天下のありようを決めると宣言しているのは、従来の信長像に照らせば違和感があるかもしれないが、このような天下人の姿は当時の人々にはさして違和感のあるものではなかった(p198)
・佐久間信盛は、恥をそそぐために一戦するか、高野山へ剃髪・隠遁するかの選択肢のうち後者を選んだ、形式的には織田信長は信盛に最後の機会を与えた。信長は家臣への扱いを問題にしていて、細心の配慮を心掛けていたを見るべきようにも思える(p216)
2021年5月2日作成
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趣味のラノベ書きです。
転生もので織田信長を登場させようと思い、キャラ作りのために読み始めました。
元々、通説のフワッとした信長像しか持っていなかったので、簡単に本書の「新説(信長は天下狙っていなかった)」に納得してしまいました。
唯一疑問が解けなかったのは、p121「本能寺の変の直前には四国の長宗我部氏にまで軍勢を送ろうとしたのは一体なぜなのか」と疑問の提起だけはれていて、(見落としているだけかも知れないが)武田攻めや毛利攻めはともかく、四国の長宗我部を攻める意味は本書の説明ではあまり納得できず、それこそ天下統一の野望的な理由以外にないのでは?と思えてしまったこと。
明智光秀の裏切りの理由は分かっていないそうですが、たくさんある説の中に「四国の長宗我部を攻めることに反発」というものがあるそうです。
神田氏とはまた別の学者さん(金子拓氏)が「信長にはそもそも天下統一の野望がなかったが、四国攻めの時点で初めてその野望を抱き、その『ご乱心』に光秀が奮起した」という説を書かれていて(今手元になくてうろ覚えですが)私にはそれが有力な説に思えています。今のところ。
こんな風に「当たり前」とみんなが思っていた信長像が、実は違ったのかもという話を読めるのは、知的好奇心が刺激されるし、とても面白いです。
相変わらず野心的で独創的な信長が描かれている漫画などを見るたびに「本当は違うかも知れないのにみんな通説に『洗脳』されてる」と複雑な気持ちにもなりますが。
子供向けの絵本の信長は、宣教師から地球儀を貰って、それを触りながら「いつか世界征服」とまで描写してるのですから、「こうやって野心的な信長像を我々は思い込まされていたのだな。全くのデタラメだとしたら、本当に罪作りだな」と思います。。
本書発売から10年近く経ちますが、なかなか覆らないものですね。
ちなみに、そもそも読み始めた動機である、小説に登場させようとしていた信長は、こちらの「新説」を採用することにしました。
「信長が天下狙ってなかったわけないじゃん。宗教も天皇も将軍も、全部自分より下のものとして見ていたに決まってるじゃん」みたいな感じの信長像は、簡単に覆らなさそうですが、私はあくまで創作しているに過ぎないので、信長像の論争には巻き込まず、見逃して欲しいなと都合の良いことを思っています(苦笑)。