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ノワール

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紙の本

情景も人物も徹底的に深く鋭く彫り込まれ、くっきりとした輪郭をまとった細部が其処此処に立ち上がる

2014/11/18 17:54

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投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

「君は死体保管所にいる。そこの照明は不気味だ」という書き出しの一節からも窺えるように、全編を通してヌーヴォー・ロマンを思わせる二人称視点で書かれたハードボイルド小説。ハードボイルド小説を二人称視点で書くという試み自体が、すでに「異化」である。クーヴァーはピンチョンらと並ぶポスト・モダン文学の重鎮で、パロディの名手。つまり、これはハードボイルド小説や、それを原作として生まれた「フィルム・ノワール」映画のジャンルをパロディ化したものである。

タイトルの「ノワール」は、主人公の名前でフランス語で「黒い」の意。狭義には「虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画」と定義される「フィルム・ノワール」を踏まえている。道義的に許されない行為に手を染める富裕層やファム・ファタル(魔性の女)と呼ばれる美女を相手に、私立探偵が孤独な闘いを挑む。ハメットやチャンドラーの描いたサム・スペイドやフィリップ・マーロウといった私立探偵の活躍は何度も映画化されている。

何度も使い回された結果、ハードボイルド小説や「フィルム・ノワール」映画といった「ノワール物」は、すでにステレオタイプと化している。それを逆手にとって、「ノワール物」の手法を生かしながら、視点を二人称にしたり、甘い物に目がない探偵を創造したりすることで、今まで自動化されて眼にとまっていなかった細部に、もう一度目を向けさせることをこの小説は意図している。

主人公の探偵の名前はフィリップ・M・ノワール。「M」は明らかにされていない。ドジで怪我ばかりする探偵の有能であり母性的な助手の名がブランチ(フランス語なら白)。この白黒のコンビは『マルタの鷹』のスペイドとエフィーだろう。万事この調子で「ノワール物」のパスティーシュになっているのはいうまでもない。

しかし、ただのパロディと思っていると大まちがい。ハードボイルド小説というジャンルは既に完成済み。下手にいじくれば無様な失敗作となるか、よくて上出来の模倣作となるのが関の山。内容はステレオタイプに決まっているから、上手くなぞったところでコピーに終わるのは当然。クーヴァーは形式にとことんこだわる。

チカチカ点滅するネオンライト、雨の降る桟橋、牛乳容器に入れたウィスキーを出す食堂、全身に刺青を施したミチコという名の娼婦、ネズミという名の情報屋。情景も人物も徹底的に深く鋭く彫り込まれ、くっきりとした輪郭をまとった細部が其処此処に立ち上がる。常套的なフレーズが、再吟味され、練り上げられて俎板ならぬページの上に供せられる。それを目にし、味わう喜びは極上の料理を堪能するのに似ている。パロディと呼ぶには、あまりに高すぎる完成度をもつ上質の「ノワール」小説。最後のどんでん返しに思わずニンマリしてしまう。

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2014/11/18 11:57

投稿元:ブクログ

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