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十三人組物語
『フェラギュス』1833年・・・風俗研究(パリ生活情景//十三人組物語)
『フェラギュス』は、『十三組物語』のなかの三つの篇のなかの一つであるが、この三つの挿話はそれぞれ独立した小説として成り立っており、<十三人組>というキーワードによって繋がっている。
<十三組>に関して、バルザックは序でこのように述べている。
---ナポレオン帝政の頃、パリの都に、たまたま、さながら同じ一つの鋳型に打ち抜かれたように同じ思いにかたまった十三人の男たちがいた。いずれも持ち前の強烈な意力でその同じ信念を守り、たとえ、利害の相反することがあるとも、断じて互いを裏切らぬ仁義にかたく、仲間を結ぶ神聖な連契を人には気づかせぬ深謀機略にたけ、、、---
句点まで、上記の倍以上の文章が続くので割愛するが、要するには、この十三人のいずれかが小説の主題に関係していたり、ひそやかに登場したりということらしい。
『フェラギュス』は人名で、デヴォラン組の頭領である。この事実が明らかになるのはずっとあとのことだが、この小説は非常に『ペール・ゴリオ』に似ている。
冒頭は、青年貴族が勝手に片思いをしているジュール夫人を偶然に見かけたことからはじまる。
彼女の行動が、不可解であることに気付いた青年貴族は、ストーカーまがいのことを開始するのだった。
夫も巻き込み、夫人の秘密に迫っていくが、『フェラギュス』のように犯罪者ではないが、『ペール・ゴリオ』の抱える悩みと境遇に良く似ている。
娘を思う父親の哀切な感情は『ペール・ゴリオ』と重なる。
ちなみに『ペール・ゴリオ』は、『フェラギュス』の翌年の発表なのだ。
『ペール・ゴリオ』で厚みを増す人間喜劇の登場人物たちは、『フェラギュス』でもすでに顔を出し、
青年貴族や、ジュール夫人が出かける舞踏会は、ニュシンゲン男爵主催で、その夫人は、ペール・ゴリオの次女です。
結局、ジュール夫人は死んでしまい、横恋慕ストーカーの青年貴族も亡くなるのですが、ジュール夫人の葬儀にひっそりとフェラギュスのほかに十二人の男たちが登場。
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『ランジェ公爵夫人』1834年・・・風俗研究(パリ生活情景//十三人組物語)
『十三人組物語』の第二話です。
冒頭、バルザックはこの作品を---フランツ・リストに捧ぐ---と書いています。
ちなみに『フェラギュス』は、エクトール・ベルリオーズへ、第三話の『金色の眼の娘』は、ウジェーヌ・ドラクロワに捧げられています。
2007年ジャック・リヴェット監督が映画化した『ランジェ公爵夫人』が今春、日本でも公開されています。
書籍も工藤庸子さんの翻訳で新刊が出ました。表紙がロダンの《ラ・パンセ》でセンスがとてもいい。《ラ・パンセ》は書くまでもなくカミーユ・クローデルをモデルに制作した作品です。
私の読んだバルザック全集の訳者の岡部さんのあとがきによると、『ランジェ公爵夫人』の前身は『斧に触れるな』という題名だったが、出版社とのいざこざでなかなか出版の機会を得られなか���たようです。
バルザックは、『フェラギュス』の序文を書いていくうちに、十三人組の神秘的な存在に以上に好奇心を燃やし、『斧に触れるな』と『赤い目の娘(金色の目の娘の前身)』の二篇を加え『十三人組物語』にしたという。
バルザックの結婚歴は死去する少し前のハンスカ夫人との婚姻だけだが、彼の女性遍歴はデュマやユーゴーと同じくご立派である。
淡い初恋を除外した事実上のはじめての大人の恋の相手のベルニー夫人は、20歳以上も年上の女性で、母親のごとく慕い『谷間の百合』の主人公のモデルにしている。
『ランジェ公爵夫人』はベルニー夫人との別離ののちに恋愛関係となったド・カストリー夫人がモデルとされている。
才気と美貌に溢れる公爵夫人の虜になったモントリヴォー将軍は、公爵夫人にいいようにあしらわれているが、そのことにすら気付かない。
知り合いの忠告でやっと、自分が、公爵夫人に焦らされ、遊ばれているだけだとわかり、夫人の寝室に忍び込むが冷たくされ、将軍は復讐心を抱く。
十三人組の仲間の力を借りて公爵夫人を拉致し、額に十字の焼き鏝を押すつもりだったが、真実の愛を誓う夫人にそんな復讐も断念してしまう。
公爵夫人は、その後、地中海のある島のカルメル会修道院で過ごしていたが、夫人のことが忘れられなかった将軍は、5年の時を経て修道女となった元公爵夫人と再会する。
将軍は、彼女をずっと探し、各地を転々としていた。
彼が、夫人を発見するのは修道女となった彼女が弾くオルガンの調と歌声であるあたりロマンチストのバルザックらしい演出だと感じる。
パリで、ド・カストリー夫人又はその他の貴族の夫人たちが弾いた場面を甘美的美しさとして記憶し、小説のなかで昇華しているように思った。
結局、物語は、ハッピーエンドではないのだが、ド・カストリー夫人とバルザックとの恋路を知って読むととても面白く感じられる作品といえる。
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『金色の眼の娘』1834年-35年・・・風俗研究(パリ生活情景//十三人組物語)
『十三人組物語』の第三話です。三話のなかでは一番短い小説です。
アンリ・ド・マルセーという青年が、チュイルリー宮を散歩していると金色の眼の娘に出くわした。彼は彼女が忘れられず、彼女にもう一度逢いたい一心で、毎日チュイルリー宮に出かけていた。
アンリ・ド・マルセーはダッドレー卿というイギリス貴族の落胤で、『ペール・ゴリオ』では、ゴリオの次女のデルフィーヌ・ド・ニュシンゲンの元愛人として登場する。
さて彼は、金色の眼の娘の正体を殆どストーカー状態でつきとめた。
金色の眼の娘ことパキタにめろめろになったド・マルセーは、モンマルトルの小汚い部屋や赤い部屋などに連れて行かれる。
しかし、いとしのパキタに幻滅することになり・・・・
死にそうなパキタを見つけたとき、そばにいたのは、自分と同じ父を持つ異母姉だった。
当然のごとく十三人組の面々も登場する。
この作品はバルザックには珍しく女性の同性愛が登場する。
1833年頃、パリの社交界では、ジョルジュ・サンドと女優のマリー・ドルヴァールの同性愛が話題になったという。
この件について、サンドの元恋人ジュール・サンドーからバルザックは話をきいたらしいとあとがきに吉田さんが書かれている。
男性の同性愛だけでなく、女性の同性愛もよく話題にのぼった当時のパリ社交界を描く人間喜劇はパリ生活情景のなかでも興味深い。