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◆オカルト雑誌にも取り上げられそうなテーマだが、豈はからん哉、地質学的見地から伝説を解剖して見せる。歴史研究において、今では当然視される文字史料に考古学・地質学をコラボさせる手法。この先駆とも言うべき書◆
1975年刊。著者は都立立川高校教諭(元東京大学地震研究所研究官)。
この著者略歴を見て、本書読破の意義を再確認したところ。
そもそも旧約聖書にある「ノアの大洪水」は、「箱舟」という言葉の響きとロマンティズムを刺激するイメージとが相俟って著名な伝説となっている。ところがこれに類似する神話は、世界各地に存在する。
では、どうしてそうなったのか。伝播という考えもあろうが、ここでは地質学・構造地形学を専攻した著者ならではの解読が見事である。
種明かしをすれば、直近1万年間の地球の気候変動、氷河後退・縄文海進と呼ばれる現象に関わる。
70年代の刊行時という制約もあり、メソポタミア古代の環境に関する最新の知見は盛り込まれていないものの、そこを除けば、地質学徒らしい雄大な分析が目の前に広がって見えるだろう。
旧約聖書、あるいはそれより遥かに先んじているギルガメッシュ叙事詩絡みでは、メソポタミア、シュメールが地域的な対象となるが、さらに洪水伝説の存する、アメリカ、欧州に筆が及び、また、浦島太郎伝説との関わりで日本にも言及される。
勿論判明している文字史料、特にメソポタミア関係のそれは疎かにしているわけではない。
言うなれば、考古学的知見のみならず、地質学的知見が、文字史料の穴を埋め、誤謬を正し、実証性を付与する。現代では当然の営みだが、70年代の新書で展開させた。この点に、研究手法における、ある種のパイオニアの匂いを感じずにはいられない。そんな一書である。