紙の本
雌読者お断り
2004/04/04 11:41
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投稿者:三月うさぎ - この投稿者のレビュー一覧を見る
雌読者といっても別に女性差別ではなく、作者から与えられる物語をただ口を開けて待っているだけの読者のこと。
そんなひとは、この「死父」冒頭数ページで脱落すること請け合い。
既に死んでいる山のように大きな父が、癇癪起こしてオーケストラを一人一人殺戮していったりする話、って何のことか分からないでしょ。
フラグメンティストの異名をもつD.バーセルミの面目躍如。
なんの意味も通らない断片の山からさまざまなイメージを引き出して、自分で物語を再生してみせるだけの気概を持った読者にしか価値がありません。
柳瀬尚紀訳は、この作品に関しては超一級。
(他の訳書じゃ、ときどき、とんでもなく一人よがりな言葉遊びで白けることもあるけど)
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訳がいい。訳者は読めない小説で有名なフィネガンズシリーズを超訳した柳瀬尚紀っていう人です。ワイヤーで縛られた死父を引きずって旅する話。死父は巨人で、侮辱されると森へ走っていって虐殺したりする。また、トマスという綱を引っ張る男達などを監視する若者が旅の主導権的なものを持っていて、彼の死父に対する邪険な扱いが面白い。死父が結局トマスの要求を飲んでしまう感じもいい。何よりも良いのは、ジュリーとエマっていう女の会話の部分。沢山でてくるんですが、その会話の微妙なわざとらしさとリアルさの混じり具合がすごくいい。
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何だこの本は。
1ページ目から衝撃の連続。
断片的なイメージの積み重ねなので、まとまりに欠けているきらいはある。
既成の概念ではとてもじゃないが理解できない、というよりも、はなから意味を読み取ろうなどという浅はかな考えは捨ててしまうほかない。
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とにかく読みにくい。意味が頭に入ってこない。最後まで読み通すことは困難だ。けれど半年かけて、きれぎれに、なんとか読み通した。そして感想をここにpostしておこうという気になった。やはりそれだけの価値はある小説だった。
読みにくさの理由は、前後のつながりを拒絶するような、ナンセンスで断片的な文章だ。筒井康隆が70年代頃に発表した、スラップスティックな短編を思い出す。また、カギカッコなどの引用符を使わないために会話と地の文の区別がなく、どの人物が何をしゃべっているかもわかりにくい。それでもわからないまま右から左へとテキストを読み流しているうちに、なんとなく意味のつながり…つまりストーリーの輪郭が見えてくる。
この世界の舞台は時代も地域も不詳だが、ガリバー旅行記の小人国のような、中世の寓話を思わせる。知性よりも暴力と肉欲が支配的であり、前時代的だがユーモアと友愛も漂う、なかなかに愛すべき世界だ。
死父とは、巨大な老人であり、死んでいるのに生きているらしい。トマス率いる数十人の連隊は、死父のからだにケーブルを幾本も結びつけて牽引し、どこかへ運ぶ旅の最中だ。
死父はわがままでプライドが高く、自分の要求がはねつけられると激昂し、殺戮行為をおこなうこともある。ただし、父と聞いてすぐに連想するキリスト教の父=全能の父、創造主ほど絶対的な存在ではない。少しおだてられるだけで気を許し、酒を飲めば気分がよくなる親しみやすい面もある。
死父は行く先々で嫌がられる。それはそうだ。誰も自分の国で巨大な怪物に暴れられたくはない。トマスは通過する国のリーダーたちとうまく折衝しながら目的地へ近づいていく。
トマスにはジュリーという恋人がいる一方で、エマという若い女ともねんごろであるようだ。ジュリーとエマの間には時として一触即発の空気も漂う。ともすればハイブロウになってしまう前衛小説において、三角関係という俗っぽいストーリーラインが本作の読み味を複雑にしている。女どうしの噛み合わない対話劇は、時に笑い出さずにはいられない。
旅の終盤のある国で、トマスはある書物を渡される。そこには「父」という謎の存在について詳細に(ただし、核心からは遠く)記されていた。
フィクションの中に別のフィクションを置く、メタフィクションはポストモダン文学の代表的な手法だ。断片の集積のようなこの小説において、もっとも断片的で意味性の希薄な箇所になるが、ここを読むと父とは何か、深くふかく考えさせられてしまう。
天地を創造した父の卑小な相似形として、人間の父は、家族の創造者のように尊大にふるまう。ところが股から子を生む母と違って、父には親としての根拠がとぼしい。よって父は子との間に不安定でいびつな関係を築く。父という強権のあやうさ。
死父は巨大であり、生きているのか死んでいるのかわからず、意味不明な演説や駄洒落を垂れ流し、なんの役にもたたず、セクシュアルハラスメントをはたらき、ごちそうや酒をねだる。まるで人間の父と変わらない。違いは、ただ巨大であるだけだ。
名翻訳家・柳瀬尚紀の本領発揮ともいえる才が光る。読点がなく、ひたすらずらずらと続く文章���苦痛と紙一重だが、不思議と弾むようなリズムがあり、声に出して読みたくなる魅力がある。じっさい、私は本作のほとんどを音読し、ユニークな響きを楽しんだ。
ことに終章のひとつ前、死父のいまわのきわの、バグを起こしたHAL9000のような狂った辞世の独白。度を越したナンセンスさと痛ましさが強く記憶に残る。柳瀬の名仕事のひとつだろう。