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はじがき
等角写像のことをはじめて教わったのは、東大物理学科の1年の‘物理数学’の講義のときであったように思う。しかし、実際問題への応用は、2年の‘物理学演習’でHelmholtzの噴流の問題をとり扱ったのは最初であった。何回か等角写像をくり返すうちに、みごと物理平面が複素速度ポテンシャルの平面に結びつく。なにかうまい手品を見せられたような気がしたものである。大学卒業後、阪大理学部で友近先生の助手として御指導を受けるようになったとき、最初に与えられた問題は“翼の地面効果”で、それから等角写像とのおつきあいが始まった。とくに、Schwarz-Christoffelの変換にはお世話になった。しかし、所望の写像関数を求める方法が“天くだり”的で、結果は得られるものの、釈然としない感じにいつもつきまとわれていたものである。そのうち、いつの頃かはっきりしないが、流体力学の問題と等角写像の問題を切り離さないで、むしろ、流体力学的に等角写像を考察する方がよいのではないかと考えるようになった。つまり、写像関数を見出すための発見的方法として流体力学を利用しようというのである。
この考えを“等角写像に流体力学を応用する”という標題で‘応用数学’第2巻、第1号(1949年2月)に書いてからちょうど30年になる。(この雑誌<学術図書出版社発行>はその後間もなく廃刊になった。)それ以来、等角写像に関係のあるような問題にぶつかるたびごとに、この流体力学的発想法を応用して、自分なりに満足すべき結果を得ることができた。そこで、同学の士に、また、これから応用を目的として等角写像を勉強しようとする若い人達にこの考え方を伝えたいと思うようになった。
“流体力学のすすめ”という標題で‘数理科学’(ダイヤモンド社発行、現在はサイエンス社発行)に1968年4月から1973年1月まで19回にわたり断続的に連載したものは、このような考えをまとめたものである。そして、これにさらに筆を加えたものが本書である。
本書の目的を一言でいえば、等角写像の発見的方法と具体的な問題に対するその応用のしかたを解説することである。
第1章では、理工学における数学の役割について著者の考えを述べ、とくに本書の全編を通じて現われる“流体力学的発想法”を説明する。また、本書の理解に必要な程度で流体力学と複素関数論の基本事項を要約する。
第2章では、一様流、わき出し、渦糸、多重わき出しなどの基本的な流れと、それを表わす解析関数とを概説する。1次変換による円々対応についての流体力学的解釈もここで与える。第3章では、円弧を境界とする種々の領域の写像が、渦糸やわき出しを使って容易に見出されることを示す。第4章では、直線を境界とする領域を扱うのに、複素対数速度という流体力学的な概念がきわめて有効であることを述べ、これを使ってSchwarz-Christoffel変換を導く。
第5章では、単連結領域の写像に関する一般論を概説する。これで、等角写像の方法については一応完了し、以後はその応用にあてる。まず、第6章では、電磁場に関する問題が数学的には流体力学の問題と同等になるようなばあいがあることを説明し、一例としてプラズマ中の磁気空洞をとり扱う。これと数学的に同種の問題である噴流、死���、空洞については第7章で組織的に議論する。
第8章では、ふたたび等角写像そのものの議論にもどり、Schwarzの鏡像原理に流体力学的なイメージを与える。つづく第9章では、Poisson-Schwarzの積分公式を説明する。これは、境界値問題をとり扱う際の基礎を与えるものである。
第10章では、一直線上に任意個数の平板がならんでいるばあいのポテンシャルの問題を議論する。このとり扱いは類書には見られないものだと思う。たとえば、複葉翼の問題が、楕円関数の知識を前提とせずに議論できるのである。
第11章では、2次元翼の理論を組織的に展開する。つづく第12章では、流体力学的発想法により、任意領域に対して一般的に成り立つような形でPoisson-Schwarzの積分公式を導く。また、これを使えば風洞気流中の翼の理論が組織化されることを示す。
第13章では、周期的な場をとり扱う。とくに、無限翼列の理論を、連続流および死水を伴う不連続流の両方のばあいに対して与える。
最後の第14章では、全体のしめくくりとして、与えられた領域を標準領域に写像する解析関数を見出すための基本方針を述べ、その手続きを具体例によって説明する。たとえば、放物線や楕円の内部に対する写像関数がきわめて自然な筋道で求められることが見られるだろう。
読者に期待する予備知識としては、複素関数論の基本的な事項と流体力学についてのごく初歩的なことがらだけで十分である。むしろ、本書を読み進むうちに、等角写像論と同時に流体力学が学びとられることを期待したい。なお、記述は参考文献に頼らず本書だけで理解できるように心掛けた。
節、数式、図の番号は、各章ごとに§3、(3.2)、第4図のようにつけた。他の章の節や式や図は、たとえば§8.4、(4.3.8)、図3.4のように引用する。これらは、それぞれ第8章の§4、第4章の(3.8)式、第3章の第4図という意味である。
“流体力学のすすめ”を連載する機会がなければ、筆不精の著者には恐らく本書をまとめ上げることは到底不可能であったと思う。連載の期間を通じて、怠り勝ちの著者には暖かいはげましを与えられた数理科学社の村松武司氏に深く感謝する。また、本書の企画、原稿の整理などで一方ならぬ御協力を頂いた岩波書店の荒井秀男氏に心からお礼申し上げる。
1979年5月
今井 功