紙の本
すべての働く人にすすめたい一冊
2006/01/10 21:13
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:アラン - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者は、15年間メーカーに勤務した後、文筆生活に入った方である。本書は、前半が著者のメーカーでの勤務体験、後半が様々な本や著者の分析・思索を通じ、働くことの意味を問いかける。初版が82年3月で、私が手にしているのが05年7月36刷であるから、多くの読者に読み継がれてきたロングセラーといえるだろう。その割に、読み始めて当初は、内容がいささか幼稚である印象を受けた。例えば「細分化された単純な労働の繰り返しは確かに仕事の能率を高めるけれど、一方で一人の人間にとっての労働の姿を歪めずにはおかない」とあるが、その通りではあるものの、15年も勤務していたのなら、前後工程・工程全体を把握する努力をしてはどうかと感じてしまう。
一方、(会社に対してではなく)労働に対して真剣に取り組み、喜びを見出していく人たちを描く展開は見事である(著者は「職業意識」と「企業意識」という語も区別して用いている)。ソ連強制収容所で強制労働させられている者が、建築工事に没頭し、一日の勤務の後、集合に遅れ処罰される危険も顧みず、仕上げ作業や自分の仕事の出来栄えを確認する様子が描かれているが、恐ろしくもある一方で、実感が伴っているのも事実である。「企業に就職することが生きていく上の必要条件だといいたいのではない。労働に出会うことが、労働の中で自己を確かめようとすることこそが人間の成長にとって不可欠の要件であるといいたいだけなのだ」「労働を通じて自己を表現し、自己実現をはかる機会がある」という言葉に心を打たれた。15年間のメーカー勤務、及び12年間の思索の結果得た著者の考えは、重みのあるものである。すべての働く人におすすめした一冊である。
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実体験をもとに書かれてて、共感できるところが多くあった。働くことでなりたい自分に近づけるのなら、これ以上楽しいことはないんじゃないかな。
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備忘録:2006年4月28日読。わりと古い本だが、書かれている内容は普遍的だった。今後もその価値は当分薄れないだろう。
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就職活動で悩んだので読みました
実体験にもとずいて書かれているので、
へんなHOW TO 本よりも、
得るものが大きかった気がする
本当に働いてきたからわらるんだろうな
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本来は学校の授業で読むはずだったが、買わずに対応しきったので、ようやく読みました。
身近な例を例えに出して、働くことの意義とそれによって得られる賃金ではないものを示してくれる書。
就職前に読むべき1冊だと思います。
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一生の大部分をかけて自分は何をやりたいのか、何になりたいのか。いったい何のために働くのか。たとえ給料はあまり上らなくとも、自分らの意志で、納得のいく仕事がしてみたいと望むのはなぜか。何かをなしとげた時に味わう手応え、自己実現への欲求こそ、労働の本質である。会社勤め15年の体験をふりかえりつつ、働くことの意味と意識を考える。
働くことと遊ぶこと――「労働」と「遊び」を互いに背反するものと考えるのではなく、むしろ、相互補完的な人間の営みとして受けとめようとする姿勢こそが重要なのだ。「労働」の中には「遊び」がひそんでおり、「遊び」の底には自己表現を核とする「労働」が沈んでいる事実が忘れられてはならないのである。「労働」は疎ましく「遊び」は好ましい、という単純な感覚論をもってしては、「労働」そのものはおろか、「遊び」の本質さえ掴みそこなうことになるだろう。つまり、「労働」のあり方が正確におさえられていなければ、「遊び」のありようも探れぬわけである。いずれにしても、「遊び」に向けられた欲求のこれほどまでの肥大を、生活レベルの向上による文化的豊熟の表現であると喜んでばかりはいられない。「労働」が病んでいる時には、「遊び」もまた病んでいるのだ。――本書より
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[ 内容 ]
一生の大部分をかけて自分は何をやりたいのか、何になりたいのか。
いったい何のために働くのか。
たとえ給料はあまり上らなくとも、自分らの意志で、納得のいく仕事がしてみたいと望むのはなぜか。
何かをなしとげた時に味わう手応え、自己実現への欲求こそ、労働の本質である。
会社勤め15年の体験をふりかえりつつ、働くことの意味と意識を考える。
[ 目次 ]
●春の戸惑い――就職試験の季節
生活上の一大革命/企業の“時間”
●人は金のみのために働くのか
「自分自身のために働」きたい/労働の手応え
●働くことの核心にあるのはなにか
「このオートバイは俺だ」/自己実現の営み
●会社員は職業か
職業を拒まれた「会社員」/職業意識の目覚めるところ
●働くことと遊ぶこと
仕事の他になにかやりたい/「趣味」は所詮、「趣味」に過ぎぬ
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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就職前に読んだのか?よく覚えていない。
働くということは生きるということであり、
生きるとは、結局、人間とはなにかを考え続けることに他ならない。
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前の部署の上司のバイブル的な本(らしい)。
出張先で読む本がなくなって、古本屋でふと見つけて、
読んでみました。
「働くということはどういうことか?」について考えてみるという
ちょっと哲学的な本。
(僕にとっては)やや難解な感じがしましたが、
人生の大部分を占める「働く」という行為を
もっと積極的に消火していけたらなぁと思って読みました。
著者は作家になる前に自動車メーカーで働いていたそうです。
メーカーで働く2年目くらいの人は、
より臨場感を持って読み進めることが
できるのではないでしょうか。
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自己実現への欲求こそ労働の本質である、と書いてある帯に引っ張られたまま読んだ。
労働によってモノをつくることが自己表現であり、モノが購入されることは自己が承認されたことの証明になる、という元々の労働の考え方から一歩進めた話が示されている。
現代の「疎外された労働」の中では労働の本質は見えにくいが、企業勤めの人でも労働が自らの日常の奥深くまで浸透していることに気付かなければならない。
見えにくくなっているもの、すなわち働く意義のようなものがこの本で少し分かった気がする。働いたら負けなんてことは全くない。
自己実現しようともがくこと、職業意識を発見すること、仕事と遊びの間に重なりを見出すこと、仕事を介した仲間とのつながりから肯定的な感情が得られることなどが働くということに含まれている。
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筆者が就職したのは1955(昭和30)年、会社を辞めたのは1970(昭和45)年、本書第一刷発行が1982(昭和57)年、私が就職したのは2009(平成21)年。筆者の就職時から半世紀もの隔たりがある。そのようなことは筆者も想定済で、自身の経験から時代に変わりのない就職像を描こうとしている。
P.20引用。
現代の学生にとっては、就職とは職業に就くことを指すのではなく、むしろこれから職業をさがし始めることを意味するのだ、と。
企業の場のなかで、ある部署と一定の仕事(とはいっても最初のうちは見習い程度の補助業務を与えられるのが普通だろうが)を与えられた時、彼は子供の頃に学んでおかねばならなかったレッスンの復習と、生活の現場における実習とを同時に受ける必要に迫られるのだといえる。
その意味では、生半可な知識やこれ見よがしの抱負などを持とうとするより、むしろ自分は職業の前に無である、と自己規定してかかる方が潔いとさえ思われる。
大いに納得。私も、そんな心積もりだった。
P.121引用。
としたら、たとえ困難であろうとも、「会社員」は会社の中でなんとかして自分の職業を探すべく努めねばならない。職業は名刺の肩書の上にのっているのではない。部屋のドアに書かれているのでもない。日々の具体的な仕事の中にしかありようはないのである。二年、三年という短期間で担当業務が変わってしまうとしても、それを通り過ぎねばならぬ通路や階段のように考えるのではなく、その時現在の仕事のうちに職業を求めるべきだろう。求めれば与えられるという保証はどこにもない。しかし、求めて得られないのと、求めずに得られないのとではなにかが違う。求めても得られなかった失望や諦めの底には、彼の希求したものの影がネガフィルムの像のように眠っているはずである。そのネガがある限り、彼は人間であることまでも諦めてしまったという事態に陥る危険は免れるのだといえよう。
特に「求めれば与えられる~」から、いいことを言っている。
読み途中だけど、ここまでの感想を。
まず筆者の筆力を褒めたい。すらすら進み、気が付くと残りが約3分の1ページとなっていた。
筆者の就職、入社、会社での経験を経て、仕事・働くことは何かを考えていく。つまるところ金銭のためならず、自己表現のためであるという方向性になるのだが、昨今の就活本に感ずる欺瞞と上っ面の臭いはせず、素朴でさえある。モノ作りの根底にある「これは俺の作品だ。つまり俺だ」という意識が根本にあり、レトリックを駆使せずとも、大いに頷かせる。
「私の作品、私が作ったもの、これは私」という意識はよく分かる。そこに仄かな誇りなりがあるからこそ、か。私の手が加わって残っていくものは、嬉しいというかなんというか、一言ではうまく言えない感情が付随する。
P.136「10 働くことと遊ぶこと」について
かつて私が小学生だった時、ゲーム制作会社発行の自社情報誌に載っていた読者投稿で、記憶に残っているものがある。投稿者は「自分はゲームが好きなので、ゲーム会社に勤めたい」という旨のことを言っていた。それに対する社員の返事は「好きなことを仕事にすると、逃げたくなった時に逃げ場をなくす」というコメントだったように思う。投稿者の覚悟を求めるのか別の道を勧めたのかの記憶は定かではないが、好きなことを仕事にするのはやめようと思った小学生がこうして、社会人も4年目を行っている。P.146の碁会所の話を読み、上記を思い出した。
P.141引用
こう見てくるならば、仕事以外のものに寄せる期待の異常な肥大化は、労働への関心の稀薄化と、余暇時間の増大と、経済的な余裕の発生との三本の足によって支えられている、といえよう。
仲間との集いはそれはそれで楽しいものであるが、知的遊戯は優るとも劣らないものである。テレビを見、ネットで暇潰しをして過ごすのは、それだけ労働が過酷になっているのだろうか。肉体を駆使している中では、頭を使うことはなかなか気力がいることだろう。日中、常に気を張っているようであれば、帰宅後には頭も身体も全て休めたいだろう。週休二日が定着して久しいが、余暇はどうなったのだろう。していることや見えている形が違うだけで、本質は変わっていないのだろうか。ここら辺のテーマも面白そうだ。筆者と同じ年代の方の話を聞きたい。
まとめとして。
社会人4年目という今の私にとって、本書の内容はドンピシャだった。この先どうだかは分からないけど、少なくとも学生時代や一年前に読んでいれば「綺麗事を言っちゃって、まあ」で終わっていた可能性は十分にある。本との出会いにタイミングというものがあるのだと、ひどく実感した。
「分かる、分かるわぁw」の連続で、メモをとりながら読み進めた。考え方が整理されたようにも、本書に感化されて道ができたようにも思う。
就職や就活についてのハウツー本は、世の中に多くある。だが、働くことの普遍性を真摯に探し当てようという試みにおいて勝るものは、昨今のハウツー本の中にはないだろう。
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ものすごく乱暴にいうと、本書が伝えたいことは、
働くということは、働いてみなくてはわからない。
かな?単純だけど深遠な真理になりえるのかもしれないけど、いまの自分にはまだ・・・。
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積読状態で、読み始めてからもなかなか進まなく、やっと読み終わった本
1982年初版なので、かなり古い本だからなのか、なかなかその文体に慣れなく
ページが進まなかったなぁ~
黒井さんもこんな時代になっているなんて想像すらできなかった時代に
書かれてあります
当時の「働く」ということを知るには面白い本だなぁとは思います
でも、ちょっと内容が現状に合っていないかな・・・
働くってキャリアを考えるってことにつながると思うけど、変わらない不変的なことって
少なくて、やっぱりその時代、どんな環境の中にいるのかってことで大きく左右されて
しまうよなぁって思った
だからキャリコンは今の時代をどの角度からどうやって切れるかがスキルの一つになるよね
流れる情報をキャッチして、どうCLに見せるか・・・
来年はここを意識しながら勉強しよう・・・
でもね、やっぱり変わらないこともあるのかなって思ったのは最後の言葉
p180
働くということは生きるということであり、生きるとは、結局、人間とは何かを
考え続けることに他ならない。
ここは時代が変わっても、変わらないことだな!
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働くことの本質を考えさせられる1冊。
1982年に書かれた本だけど、今でも共感できる部分はたくさんあると思う。自分自身の“働く”の概念の肉付けになりました。
働く意味なんて、働かなきゃわからないかもしれないけど、だからこそそれを自分なりに解釈を続けトライし続ける。そんな心構えに繋がったかな。
特に印象的だったところ
☆会社の中に長く暮らしていさえすれば当然経験は豊富になることだろう。しかし経験の単純な累計の量がその人間の発言力を成長させるのではない。経験を通して仕事が自分の中に受け入れられ、それが他人事としてではなく自らの内部で生きはじめた時、ようやく彼は仕事の場で一人前の人間として歩み出すわけである。(p.58)
☆働くということは生きることであり、生きるとは、結局、人間とはなにかを考え続けることに他ならない。(p.180)
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(1982.05.27読了)(1982.05.21購入)
内容紹介
一生の大部分をかけて自分は何をやりたいのか、何になりたいのか。いったい何のために働くのか。たとえ給料はあまり上らなくとも、自分らの意志で、納得のいく仕事がしてみたいと望むのはなぜか。何かをなしとげた時に味わう手応え、自己実現への欲求こそ、労働の本質である。会社勤め15年の体験をふりかえりつつ、働くことの意味と意識を考える。