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2007年に言説分析に関する論文を書いた時に,いち早く言説(ディスクール)概念に着目したのがバンヴェニストだと書きながらも,バンヴェニスト自身の本は読んだことがなかった。また,最近文化と文明に関する論文を翻訳しているなかで,本書に収録されている「文明」という文章が引用されていたが,日本語訳にはそんな章は見当たらず,その理由も知りたかった。ということで,もっと早く読むべきではあったが,ようやく読めた次第。本書にはかなり短いものも含めて,以下の通り21の文章が収められているが,原著はなんと28の文章が収められていて,日本語訳では7つの章を訳出しなかったとのこと。その理由は「やや特殊にわたるかと思われる問題を扱ったもの」とされているが,「文明」の章も省かれてしまったのはとても残念。
I 言語学の変換
1 一般言語学の最近の傾向
2 言語学の発展を顧みて
3 ソシュール没後半世紀
II コミュニケーション
4 言語記号の性質
5 動物のコミュニケーションと人間のことば
6 思考の範疇と言語の範疇
7 フロイトの発見における言葉の機能についての考察
III 構造と分析
8 言語学における《構造》
9 言語の分類
10 言語分析のレベル
IV 統辞機能
11 名詞文について
12 動詞の能動態と中動態
13 《be》動詞と《have》動詞の言語機能
V 言語における人間
14 動詞における人称関係の構造
15 フランス語動詞における時称の関係
16 代名詞の性質
17 ことばにおける主体性について
18 分析哲学とことば
VI 語彙と文化
19 再構成における意味論上の諸問題
20 婉曲語法:昔と今
21 印欧語彙における贈与と交換
本書は原著が1966年に出版されたものだが,一番早いものは1940年代最後の方に書かれ,1960年代初頭に書かれたものまでが含まれている。収録されている順番は書かれた順番ではない。3章のタイトルにその名が用いられているが,前半はけっこうソシュールの業績に敬意を表した形での,言語学の転回から構造主義について書かれていて,なんだか懐かしい気分になります。しかし,実際,言語学内部でもソシュールの存在が注目されだしたのは比較的最近だということを知る。第IV部あたりからかなり言語学のディープな部分に入り込み,理解できない章と比較的理解できる章とが半々くらいで続く。特に,いろんな言語が登場する比較言語学のようなものは非常に読みにくい。原著は当然フランス語を母国語とする読者を念頭においてフランス語以外の言語について説明するのだが,それを日本語にするのは非常に難しいと思うし,実際に翻訳されたものも,読者にはとても難しいと思う。
しかし,一方で,難しくありながらも名詞と動詞の考察は非常に刺激的だった。人称の問題は,単なる言語の問題ではなく,人間が自己と他者をどう考えるかという哲学的問題でもあるので私も以前から興味があって,しかもその興味にうまく答えてくれるような内容で,14章と16章だけでも本書を読んだ価値があった。時称の問題も興味はあるが,やはりフランス語の話なのでなかなかピンとこない。17章ではオースティン��サールなどの言語行為論が,18章ではフレーゲなどの話もあり,少し親しみがわいた。21章ではマルセル・モースの研究などに関連づけられ,言語学者といってもやはり非常に関心が広いことが分かる。
ともかく,まだまだ言語学的な基礎知識はできていないことを痛感する読書でした。