紙の本
松本清張氏の迫力を感じる巻でした
2024/05/05 16:44
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投稿者:キック - この投稿者のレビュー一覧を見る
「壬申の乱」の考察が中心の巻。終章で大化の改新に遡るという構成。松本清張氏の迫力を感じる巻でした。大きなテーマは「皇位簒奪」。大友皇子は天皇位についていたのか?そして、壬申の乱は大海人皇子による「皇位簒奪」だったのか?松本清張の筆が冴え渡っています。学生時代に、この壬申の乱をどのように習ったのか忘れましたが、少なくとも「皇位簒奪」とは習っていない気がします。それにしても、渡会氏の氏神を祀るにすぎなかった神社が「伊勢神宮」となったのは天武天皇によるものとは知りませんでした。
紙の本
興味深い
2021/08/08 10:44
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投稿者:なつめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
壬申の乱について、松本清張さんらしい独自の分析を興味深く読むことができました。歴史への関心が、増してきました。
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★2.5。
清張の歴史シリーズはあんまり肌が合わないのだが、この本もご多分に漏れず。
この本と『天皇と豪族』を読んでいて一番思い浮かんだのは、小倉の清張記念館。
テレビなどで作家の本棚を見る機会はちらほらあるが、清張記念館ほどのインパクトは未だ受けたことがない、それくらい膨大な蔵書。
この本もあの量から生まれたのかと素直に感服します。
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古代史は面白い。それはおそらく、記紀が勝者の立場から都合よく書かれ、論証が不可能なように敗者側の史書や口伝が抹殺されてしまったため、後代の我々は想像たくましく読むしかないためだろう。特に壬申の乱の前後は極めて政治色の強い書かれ方をしているので、松本清張のような批判的な書き手による本は面白い。
本書の中盤、松本清張は記紀の編纂史に触れ疑問を呈している。天武10年3月、天皇は『諸家のもたる帝紀および本辞、既に正実に違ひ、多く虚偽を加ふ』と述べ、「正しい歴史」たる古事記の編纂を命じている。そして31年の年月を経て古事記は完成し、その8年後に日本書紀が撰上された。誰が見ても不自然な成立経緯、そして推古天皇までで尻切れトンボに終わっている古事記と、壬申の乱に勝利した新帝王の登場をもって終わる日本書紀。天武が編纂を命じた古事記が天武王朝の誕生を語らないのか・・・そんな疑問が湧いてくるが、松本清張も編纂後期の有力者藤原不比等の存在を指摘している。藤原不比等は父鎌足を称揚しかつ天武朝誕生を語る史書として日本書紀を仕上げた。その見方には、私も同意する。
もう少しいえば、天武朝の誕生を語りつつも日本列島は紀元前660年の神武即位以来の万世一系の天皇が治める国である、という歴史を紡いだところに編者たちの30年分の苦労があったのだと思う。松本清張は明治生まれの知識人らしく、天皇家の出自そのものには疑問を呈さず、天智も天武も系譜通りの兄弟であるという見方を捨てていない。近親婚が多いのは天皇家の習わし、というくだりもあるが、そんなことはあるまいと私は思う。天智は百済の王子である、とは日本書紀にも暗示されているし、天武も蘇我氏亡き後の日本列島の支配権を巡って時に協調し時に争った渡来人であると見た方が歴史を自然に解釈できる。
清張は本書の最後に時を遡り、大化の改新と蘇我氏について語る。日本列島各地に屯倉を設置して財政を握り、仏教を導入して政権の権威付けを行い、ライバルの豪族たちを追い落とした蘇我氏。その姿からみて即ち日本列島の支配者である、という見方をする人が最近は増えてきたが、松本清張はあくまで朝廷の大臣であるとの線を崩さない。しかしながら、渡来人として朝鮮半島から先進的な政治機構や技術を導入し日本列島の支配を進めた蘇我氏の事績を紹介した上で、書紀に見る大化の改新はその事績を横取りしたものだ、とする氏の指摘はなかなかの慧眼ではないかと思う。