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石川淳という作家について詳しいわけではないが、たぶん呉智英の書評で絶賛されていたのがきっかけでその名を知ったのだと思う。
本作の舞台は大正期、原敬首相が暗殺されたころ。
汚職で成り上がった父親を持つ主人公が、アナーキストの革命、簡単に言えばテロの策謀に巻き込まれていくという話。
といっても政治的な大スペクタクルはゼロ。貧乏でヘタレな自称革命家、実態はチンピラ集団の稚拙な革命ごっこのお粗末な顛末が淡々と語られる。
主人公の大学生晋一は、政界に媚を売る父を軽蔑し、年若い義母と密通しながら、アナーキストの首領の妹とも恋に落ちている。それでいて父の勧める政略結婚の相手にも無関心ではない。
とにかく出てくる人物それぞれがどうにもヘタレで、俗悪で、やることなすこと締まらない。
ああそれなのになんだろうか。この爽やかすぎる読後感。登場人物への深い共感。そして深い哀しみ。
何かを成し遂げたい若者の熱情がテロにつながるという意味では、三島由紀夫の「奔馬」とも好対照をなす。三島は右翼のテロ、こちらは左翼のテロ。その不毛さが、より根深い悪を潜ませた政治権力によって簡単に絡め取られていくところも似ている。しかし、こちらの方が(優劣ではなく)軽やかで、明るい。繰り返しだが登場人物は俗物、事件はくだらない。ほんとうに不思議。
このさわやかさは著者の尋常ならざる文章力による部分も大きいのかもしれない。冒頭の一節、こんな透明に澄み切った文章は滅多にないのではと思うのだがどうだろうか?
「あたらしい障子の、太い桟いっぱいにぴんと張った紙が、一日じゅうたっぷり吸いこんだ晩秋の日のほてりをたたえて、夕ぐれにも白く光った。庭から見ると、縁をめぐって締めきった障子の内部には、ほどなく夜のあかるい灯を待つまでのあいだ、ひとが笑をこらえてかくれているようであった」
薄汚れた政治上の事件をこの上もなく美しく描く。至高の読書体験であった。