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日本の名随筆 別巻6 書斎 みんなのレビュー
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紙の本
読書人の妙薬
2005/01/10 23:41
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:北祭 - この投稿者のレビュー一覧を見る
書物は世に万巻とあるにもかかわらず、一生のあいだに読める本の量は高が知れている。嗚呼、内心のタメ息吐息と裏腹に、あれやこれやと買いつけた未読の本が書棚にあふれんばかり。本書には、そんな読書人の心にひと匙の妙薬となる随筆がある。
戦争中に蔵書を書斎ごと焼いてしまった吉田健一は、その灰の上に家を立て、焼けた書物に対する執着をさらりと水に流してみせ、こう綴る。
「本を読むのは、或る時、或る言葉と自分の間に生じる一種の関係で決定されることのやうで、それが起こらなければ本を持つてゐても無駄だし、さうして言葉が生きて来れば文庫本の安本でも、もつと詳しい註が欲しいなどといふことはない。ジイドの『背徳者』に、主人公が病気が直つて、どこか北アフリカの町の公園に散歩に行き、ホメロスの袖珍本を出して一行読むと、もうそれだけで満足して読むのを止める所があるが、これも読むといふことである。その気持ちから、先を続けて読んでもいいし、そこで本をしまつても構はない。」
吉田健一は、読まねばならぬといった風な読み方、すなわち本というものから色や匂いが消えうせるような読み方はいらぬと云うのである。長年手もとに置いてある本の一行の言葉が、ある時生きてくるのだ。
三万冊の蔵書があふれ、その書斎を訪れた人のお決り文句「これだけの本をみな読んだのかね」という問いかけに、誇りを持って「いいや、ぜんぜん読んでいない」と答える森本哲郎は、こう云い切る。
「私は書物とは読むものではない、と思っている。本とは読むものではなくて、“いつか読もう”と思っているものだ。その“いつか”は、それこそ、いつなんどき訪れるかわからない。そのときに手もとに本がなければ、彼は永久に本を読むきっかけを失ってしまうだろう。自分の書棚に並んでいる本は、そのときのためのものである。すなわち、未来の書物なのだ。だからそこに並ぶ本は多ければ多いほどいいのである。」
森本哲郎の言葉には、おそらく謙遜が含まれていよう。その読書量は並みではないに違いない。それでも読めずにおく本の、どこかの頁のどこかの行にある言葉が、いつか必ず生きてくる。そのとき、その一瞬を逃すことが読書人にとって如何に取り返しのつかないことであることか。
最後に、問答無用の激を飛ばす内田魯庵の言葉の引用を。本を買うなら魯庵のように清清しくありたいものである。
「書物を買ふのを惜んだりオツクウに思つたりするやうな事では駄目だ、此の大切な頭脳を養ふ何よりも肝腎な糧である書物に金を惜むやうな国民では到底文明人とは云はれないのだ。」
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