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この本は、ソ連を崩壊にいたらせた、1991年8月19日から21日のクーデターに関するルポルタージュだ。クーデター前後について、改革派、保守派、メディア関係者を取材して、何が起こっていたのかを明らかにしようとしている。クーデターに遭遇した関係者を丹念に取材することにより、事件を克明に跡づけていると思う。
急激な市場経済制の導入によって生じた混乱に危機感を持った保守派が巻き返しを図ろうとし、そして失敗した。このクーデターはあまりにも無計画で、何をめざしているのかが見えなかった。現状維持のみを望んだ保守派には、民主化の流れを押さえるほどの力はなかった。しかし、そのあとのロシアの経済の混乱、オリガルヒの台頭などを考えると、保守派の危惧も故なしではなかったのであろうとも思う。
著者は、冒頭社会主義国を「鏡の国」と表現した。そして巻末で、
「クーデターのあとのモスクワで見たのは、鏡に映った向こう側の国ではなかった。私が見たのは、こちら側の世界だった。私は私たちが暮らすこちら側の世界の、その始まりのところに立ち会っていたのである。」と、締めくくっている。ロシアでこれから資本主義が始まると。
しかし、実はこれは「おわりのはじまり」であったのではないだろうか。
ソ連の社会主義は決して共産主義に向かうものではなかった。ソ連型の国家による計画経済=社会主義経済は、資本主義の亜種にすぎなかったのではないか。その失敗は、中国の市場経済導入にも見られるように、世界的にひとつの経済に収斂していく流れのなかにあるように思う。今やグローバルな市場経済が形成され、市場のフロンティアがなくなりつつある。しかしその先に何があるのか、どこまでこの経済が持続可能なのであるか、今そのことが不透明な状況にある。