投稿元:
レビューを見る
『武士道』(1968年、塙新書)のほか、『武士の思想』(1984年、ぺりかん社)に収録された論文などをまとめています。
著者は、儒教的倫理思想にもとづく「士道論」と、戦乱をくぐり抜けてきたことによって形成された「武士道」を区別したうえで、その両方に共通するエートスを解明することがめざされていますが、おおむね後者についての議論がなされています。『葉隠』の「武士道とは死ぬ事と見つけたり」ということばについてもていねいな分析がなされており、それを主従関係という枠組みから解放して、「死の覚悟」に拠って立つ倫理的性格に光があてられます。またルース・ベネディクトの日本人論をしりぞけて、武士道にもとづく「無私性」ないし「心の純一無雑」なありかたが、日本における倫理的なエートスを形成してきたと著者は述べて、そうした倫理的意義を高く評価しています。
また著者は、武士道における「死の覚悟」には仏教の「さとり」とは異なり、悲哀がともなっていると指摘しつつ、和辻哲郎がそうした態度を「死生を超えた立場」と比較して、なお「私」をのこしていると評したことに対して反論を試みています。その一方で著者は、マルクス主義の立場に立つ家永三郎が、武士道における社会経済的地盤を重視して、その内面的なエートスを切り捨てていることに対しては、和辻に近い立場から批判をおこなっています。
さらに、こうした武士道のエートスが、明治時代における福沢諭吉や内村鑑三の「独立」の精神との共通性をもっているということについても、議論がなされています。