紙の本
悲劇ってなんだろう
2021/09/23 21:50
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
第一次大戦時のラトヴィアは、ドイツとロシアの支配権争いの舞台になって大変だった(らしい)。こっちが占領しては、またあっちに占領されるというぎったんばっこんで、大混乱である。いわゆる反ボルシェビキ軍の部隊が将校の一人の自宅の屋敷を接収し駐在するのだが、司令官、その友人でもある将校、その姉も20歳前後であり、親密な関係にある。そこに起きたことは恋模様であるというには、状況は過酷すぎるように思える。
戦場の前線に剥き身の個人を晒していられるには、誰かを愛すること、愛されることがやはり必要なのだ。そんなことは戦争からはるかに時間が経ってから初めて分かることで、その時の当人たちにとっては、それが日常の生活であるわけだが。
考えてみると、平和時が普通で戦争中が特殊というように決まったわけでもないし、どんな状態でも人間は愛を求めるだろうから、この物語のどの辺りが特殊なのかと考えるのは難しい。ただ極限状態にいることがここでは一つの鍵らしい。
この土地ではドイツ系やフランス系とつながりのある人が多く、心情的にはそちらに傾いてはいるが、同時に社会主義や革命運動へのシンパシーも感じているところも独仏と同じだ。最悪の経緯で恋人を失った主人公が独白するのも、スペインから帰る列車の中というのも、物語の背景の複雑さを示している。
将校の一人称で書かれているので、女性側の心理は直接は触れられていないが、そこには親愛の情だけでなく、打算、妥協、贖罪、自己犠牲、自身の運命への呪いなどの心情が、描写の中から薄々と浮かび上がってくる。作者自身はこの物語を悲劇として書いたとしているが、その根源がどこにあるのか、運命とひとくちに言っていいものなのか、人の巡り合わせ、あるいはむき出しの感情のぶつかり合いによるのか、戦争や複雑な国際関係が引き起こしたことか、現代における悲劇とは、かくも混沌としたものになってしまうのか。作者は解剖医のような手際で男女の心理を暴き出していくが、それが緻密であるほど、人間の生身を映し出すほど、悲劇の根源を現実のどこに見出せるのかは混沌としていき、そこに20世紀社会の不安が現れているように思う。
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愛の反対語は無関心だとマザーテレサが確か言ったような気がするのですが、人から寄せられた愛に無関心でしか応えられなかった人と愛を勝ち得なかった人の、愛ではない成就が書かれた話だったのでしょうか・・・
息詰まる人が美しく淡々と描かれ、読みながらすごく近くに来た気もするし、すごく遠くまで来たような、なんともすごい・・・としかいえないお話でした。
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ドイツ人士官エリックが負傷し、帰国する途次、仲間に語った身の上話。
十五年前=第一次世界大戦中の1914年、
幼なじみの貴族コンラートと共に彼の館へ帰り着いた際のエピソードで、
コンラート及び、その姉ソフィーとのこと。
コンパクトに纏まった悲劇。
元々性格に問題があるのか、
それとも軍人として同伴者に対してクールに振る舞っているからか、
人生における重大な事件を異様に淡々と述懐するエリックがちょっと恐い。
いや、あるいは心に深く刺さった棘の痛みを紛らそうとして、
敢えて他人事めいた口調で語ったのかも……などと思った。
ともかくも、作者が明確な意思を持って
決然と書き上げた(……らしい。序文と解説からの印象)ってところがカッコイイ。
情景が映画のように脳裏に浮かんでは消えた。
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ひとりの若い女が、自分ではどうしようもない身の回りの状況に抗しながら気丈に生きるが、その支えになることを求められながらそれに応じなかった男の独白。悲劇のひとつのパターンではある。舞台は、第一次大戦後、ロシア革命の影響で、ボルシェビキ派と反ボルシェビキ派の戦場となった、今はバルト3国のある地域。渋い映画を1本観たような読後感。
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高慢な男の語り口。遠まわしな表現ととっつきにくい美文で読みやすくは無いと思う。でも、とても美しい語り文。
とどめの一撃は、彼女が出て行くきっかけになった、思わず口をついた一言だろうと思う。ラストではなく。
情景が浮かぶ、良き本でした。
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「3人の男女の愛と死のドラマ」なんて安い紹介文が扉にあるせいで、購入をためらった読者は多いのでは?かくいう私もそう。決してそんなお安い作品ではない。評価の定まった名作を読むことは、安心感があるけれど、物足りなさも付いてくることが多い気がするが、本作はいい意味で裏切られた。
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Twitter / mehori: 「とどめの一撃」はトラウマ級の素晴らしい小説。心を鷲掴みにさ ...: https://twitter.com/mehori/status/298429253156995072
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序が長く、わかりやすくもない。戦争という状況での事件が淡々と書かれる。暑い夏の日の夕方近くの独特の感じに似た刺激がある。かすかな郷愁が良かった。作者は日本に来たらしい。三島由紀夫などへの熱い思いがあったのだろう。
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1939年作。
マルグリット・ユルスナールというと、ずっと以前に『黒の過程』という長編を読んだことがあるきりで、それは確かどうも読みにくく時間がかかったが、中身はずっしりと重厚で高度な文学芸術だと感じた。
本作はもっと短いものだが、やはり、読みにくい。どうもこの作家の繰り出すロジックの展開の仕方が、私には馴染みにくいようだ。しかし苦労して読み進めてみれば、風変わりで複雑な恋愛関係とその心理が濃密に描かれており、味わいは豊かである。こういった心理にリアリティがあるかどうかは判断できなかったが、こういう人もいるのかもしれないし、戦時下という特殊な状況がこんなシチュエーションを色づけているのかもしれない。
最後は非常に悲劇的な結末で、印象が強い。
複雑な心理を複雑なロジックで綴ったこの作品を、読み終わってみるとまた最初から読み直してみたくなる。それだけの魅力はあるのだと思った。