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文脈、構造から「わかる」つもりになっていることが納得できた。複眼的な視点を持って、読書が出来るように意識したい。
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1997年刊行。宮城教育大学教授が「よりよくわかるためにどうしたらよいのか」という命題に対し、どうすれば「わかったつもり」から「よりよくわかった」となるかという点を軸として、説明・回答したもの。主として、文章の解読に関する。文章読解は、文章自体や読み手の知識から生じる統一的な文脈を羅針盤としつつ、文章や読み手の知識によって、省略部分(省略は不可避的)の意味充填や、文章間・段落間の関係性を補充理解する作業と見るようだ。この作業がより精緻になっていくプロセスを文章が「わかる」と解釈する。具体的な説明には好感。
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多くは「わかったつもり」で終わっているのだろう。持っている知識によって「読み」に違いが出てくる。面白さも人によって違うということと、関係しているのかも。
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p.48 受け取った内容=外部情報+受け手の内部知識
わかったつもり⇒トップダウン的処理(ヒューリスティクス的問題解決)=本人の中では分かっている
p.173 現在の「読み」の教育では,指導しなければならないところで,指導がなされておらず,指導してはいけないところで,指導がなされているという事実。