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日射しの美しい春の日に福島のニュースを聞きながら、このエッセイの冒頭に出てくる「緑の爆発」という言葉が何度も何度も思いだされて、数年ぶりに手にとった。日本語版タイトルはまるでドキュメンタリー小説のようだが、当時の東ドイツに暮らしていた作家の、ある一日の意識の流れをたどる、静かな作品だ。ようやく迎えた春に、雑草までが生命を謳歌するような村で、草取りや食事作りに追われるごく普通の一日。しかし作家の想念はたびたび、今ごろ脳腫瘍の手術を受けているはずの弟のこと、そして「事故」によってかき乱される。女たちのように日々の雑事にわずらわされることもなく、まるで快感中枢を刺激されて止まることができなくなったように科学技術を操る「彼ら」について思いをめぐらせる作家の思考は、やがて、言葉を操る自身の上にも及んでいく。隣人や家族との会話、暮らしのための雑事、心乱す心配事のために途切れ途切れになりながらつながっていく作家の思考スタイルそのものが、科学技術と文明、ジェンダー、理性をめぐる巧まざる批評となっている。この日の終わりに作家が見つめる文明の宵は、ほの暗い。