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すごいな、これは。
時は飛鳥。
主人公は、大陸の血が濃く出た異形の容貌を持つ蜂子皇子。
対になるのは花のような容姿をほめそやされ、救世観音の生まれ変わりと称される厩戸皇子です。
本来なら将来の大王の座を巡るライバルなのに、2人は中身と外見を取り違えたように生まれ育ったが故に互いに憧れ、半身のように惹かれ合っていきます。
…こう書くとまるで普通の耽美系小説ですが、とにかくストイックで静謐な文章と表現力、小説としての完成度に圧倒されてしまいました。
JUNE全集に載っていた作品群は「うまいけど入り込めない」と感じていたのですが、確か「蛍ヶ池」を書いたのが著者17歳の時だから、あれは若書きだったんですね。
歴史小説は江森備くらいしか読まないのですが、蘇我と物部の権力闘争や水面下での攻防戦が実に興味深く、教科書で名前しか覚えてない歴史上の人物が一癖もふた癖もあるキャラクターとして浮かび上がってくるのが楽しくてしょうがなかったです。
秦野河勝と東漢直駒が気に入ってます。そして蘇我馬子は本当に得体が知れない。人はこれほど大きな欲を持つことが可能なのか?
著者が東漢直駒に同情的だと思うのは欲目かもしれませんが、私が一番共感したのは彼です。
著者の出身を思えば、JUNEこそがテーマなんでしょう。
蜂子と厩戸は外見も性格も対局にありながら、望んでいない容貌に生まれたことへの深い苦悩という共通点があります。魂の双子と言ってもいい。
だから二人の間には何人も入ることができない。
蜂子の舎人で側近の刹那は、常に厩戸だけを恋い求める蜂子の姿を一番近くで見せ続けられます。それは、蜂子をこそ大王に相応しいと信じ、全てを捧げて仕え、彼の特別になりたいと願いながらけして口にはできない刹那には苦い光景です。
刹那には厩戸は万人に愛され全てを持っているように見えており、そんな厩戸に両親に疎まれ、馬子に政治の駒として扱われて斑鳩の地に住まわされている蜂子の深い孤独と繊細な心が理解できるはずがない、とある種の嫉妬を抱えているのです。
そんな刹那の想いの行く末がきっちり書かれているのが素晴らしい。
特別になれないことへの諦念をもってなお厩戸に仕える直駒は、刹那と合わせ鏡になっています。
栗本薫とは違うJUNEに触れたい方や、飛鳥時代好きにもオススメ。
追記
あれだけ重要な位置を占めるのに、厩戸皇子の心情が語られることは一切ありません。ただ蜂子が、刹那が直駒が河勝が、それぞれの言葉で厩戸を語るだけ。そして各人が語る厩戸像が微妙に異なっているため、読者にも厩戸が掴めない。
あたかも人間に神の姿が解らないように。
JUNE的にもそこがミソなんですが、一種の叙述トリックにもなっていてミステリとしての楽しさもあります。
榊原さんがミステリを書けるのも、こうした緻密な構成とさりげない伏線が張れるからなんだろう。