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これはエッセイではあるのだが、
よくある主観カメラ的な世界を映したものではない。
もちろん、ごく私的なことからはじめられているのだが、
その発話する私の届けたい相手、反響をうかがいたい相手が
これらのそれぞれの断章の中に織り込まれている。
大江健三郎が戦後派であることは
これらの不透明な他者の存在が確信させてくれる。
穏やかで何かみずみずしさを感じる本だった。
"僕は、傷ついている父親を見て深い印象を受けたし、かつ早く父を失ってしまったために、うまく大人になりきれていないところがあるように思うのです。端的に、僕は誰に対しても、権威ある強い者のやり方で命令することができない。サルトルが、自分は笑いながらでしか命令することができないといっている、あれです。"(p.88)
子としての自分を振り返りながら、この後、父としての自分を振り返る。ある種の不能としてとらえているようなところがあるが、いくらかの悲しみもありつつも、これでいいとも思っているような具合だった。
強くあることは望ましいわけでもなく、そうできるというのでもなければ、
そのうえで、幸福を見つければいい。