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ひさびさに読みふけってしまった本だった。
1996年5月のエベレスト商業登山で大量遭難が出たのだが、
この時、ロブ・ホール隊に参加していた日本の難波康子さんも亡くなっている。
同じロブ・ホール隊に参加していて、難を逃れたジョン・クラカワーという記者がいて、
彼は帰国後すぐさま記事を書き、それを本にした。
それが、「空へ!」という本で、山をやらない人でも結構読んだといわれる評判の本だった。
その日は、ロブ隊以外にも、スコット・フィッシャー隊や台湾隊のアタック日で、
そのフィッシャー隊のチーフガイドであるアナトリー・ブクレーエフが記したのが、
この「デスゾーン 8848m」という本である。
1つの事件に対して、複数の本が出るというのは世の中のお決まりのことなのだが、
同じ山の同じ地域に同時刻にいて、面識もあるその2人の記述は「正反対」に近く違う。
だが、難波康子さんを最後まで探し回り、最後は断念したが、翌年改めて現地に赴き、
遺品を拾ってきて、難波さんのご主人に渡して、ご主人に詫びたというのは、
アナトリーなのである。(アナトリーは難波さんの隊のガイドではない。)
ジョン・クラカワーから猛烈に非難され、人格攻撃まで受けたというアナトリーは、
ロシア人で、英語がよく喋れない。
アメリカ人のフィッシャーを助けられなかったロシア人のアナトリーが悪役になるのは
「フィクションとしての本の中」では構わないのだろうが、これがノンフィクションとなるのは、
あまりにも一方的で、人間としてあまりに気の毒だと思った。
さらに、アナトリーがその1年後、アンナプルナで雪崩に巻き込まれて亡くなってしまった、
というのを知って大きな衝撃を受けた。
この本は、文字通り遺書となった本であり、アナトリーの冥福を祈ってやまない。
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「超人的な活躍」をする登山家も当然のことながら、人間である。このカザフスタン出身のロシア人登山家は、アメリカ式の営利登山のあり方に疑問を感じる。自身の考える専門家としての最大の貢献と、プロのガイドとして求められる役割の違い。グローバル・スタンダードと従来の日本的美徳とのギャップにも似た葛藤、迷いに親近感をおぼえる。
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本書の共著者であるアナトリは、
旧ソ崩壊後、登山家として生計を立てていく方向性をさぐっていた。
そんな時、エベレスト登頂の商業ツアーにガイドとして誘われる。
商業としてツアーを成立させるための様々な準備、
シェルパの組織化、
酸素ボンベを含む装備の確保、
クライアントの募集、集金
ガイドも含む高度順化…
とりわけ酸素ボンベの十分な確保はツアーの成功だけでなく、
参加者の生死をも握る鍵ともなる。
1996年5月10日の登頂アタックの時点では、
今にして思えば様々な問題があった。
隊長であるスコットの疲労蓄積。
想定外のベースキャンプでの酸素ボンベの消費。
シェルパによる固定ロープの設置計画遅れ…等など…。
様々な要因がからまり(もしくはたった1つの要因)によって、
忌むべき大量遭難が発生する。
スコット隊のガイド・アナトリについては、
同日アタックの別のツアーに参加していたジョンクラカワー著の「空へ」で、
『なぜ、アナトリは酸素を使わなかったのか…』といった批判がある。
当日、酸素ボンベの必要個所への必要数の配置は、残念ながらなされていなかった…と思われる。
とにもかくにも、
商業ツアーは、あまりにシステマチックに行われる様子です。
このため、システムに破綻が生じた時のガイドの対処能力、
好ましくは、参加者自信の対処能力が生死を分けるのでしょうか?
時間を設定して必ず下山するようにしましょう。
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いろんなことが重なって、悲劇が起こる。やはりチョモランマは神の領域。亡くなった難波さんのご主人にブクレーエフが出会う所はかなりぐっとくる。
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1995年5月に起きた、日本人を含むエベレストでの大量遭難死亡事故の生存者の本。
ジョン・クラカワー『空へ』と同じ事故違う視点で記されている。
ちなみに、クラカワーはアメリカ人、別隊の顧客。
クラカワーの著作に対して、「事故のほんの一部しか見ていないのに(丹念なインタビューと情報収集が行われて書かれたとはいえ)、全てを見たかのように書いている」という記述があるように、同書と食い違うところもあり、全貌がわかりやすく書かれているわけでもない。
(アメリカ人は自分が正義だと信じている部分があるから仕方ないか…。)
どちらの書も、ガイド付きの(公募)登山隊で安全と登頂が保証されるわけでもないのに、自分で判断を下すこともできない「鉛の兵隊」にならざるを得ないことがしっかり書かれている。
その引き換えに、ベースキャンプでスターバックスのコーヒーが毎朝サービスされるのは、割に合うのかどうか。
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映画エベレストを観て、これは本を読まなければと思いたった。
面白いというと不謹慎であるなら、大変興味深いといえばよいのだろうか。本書はエベレストの大量遭難事故のドキュメンタリー、検証記録である。
様々な事情の複合的な理由で事故が起こったのが良くわかる。エベレストは人の生きられる所ではなくそれでも人は行きたがり、しかもアマチュアまでもがお金と時間をかけ、それも少なくない規模、さらには命までかけていく。
自然への敬意を忘れないこと。恐れを忘れないこと。
自分のおかれている状況を冷静に正確に認識すること。
人はそれぞれの考え、事情がありギリギリの状況で同じ方向を向くのが難しい。
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1996年に起きたエベレストでの大量遭難。
その時、ガイドとしてマウント・マッドネス隊の遠征に参加したロシア人登山家・アナトリ・ブクレーエフ氏の著書。
ライター(主に人権問題を扱う)のG・ウェストン・デウォルトがブクレーエフ氏や関係者に取材をして書いた部分と、ブクレーエフ氏本人の言葉で書かれた部分とで構成されている。
この遭難事故の直後に出版されたジョン・クラカワー氏の『空へ』を読んだなら、本書もセットしして読むべきである。
なぜなら、『空へ』では、ブクレーエフ氏はガイドとしての役目を十分に果たさなかったと批判気味に書かれていたが、本書はそれに反論する意味も込められたものだからである。
ブクレーエフ氏がマウント・マッドネス隊のスコット・フィッシャーに依頼されて隊に参加するまでの経緯、登山を開始してからのメンバーや他の隊の様子、遭難事故が発生してからのブクレーエフ氏の行動、その後のマスコミ対応やジョン・クラカワー氏との問題、翌年にエベレストへ戻ってスコットと難波さんの遺体を埋葬したときのことなどが詳細に語られている。
本来なら人間が生存不可能な環境下で起きた事故である。
ブクレーエフ氏のマウント・マッドネス隊もジョン・クラカワー氏のアドベンチャー・コンサルタンツ隊も、それらに参加した人のほとんどが遭難状態にあって、命からがらテントに戻って来た人には救助に行けるだけの体力は残っていなかった。
そんな中、唯一体力に余裕があるように思われたブクレーエフ氏はほかの助けを得られないままブリザードの中に救援に向かい、自分の隊の顧客の命を救う。
これは自分の命を危険に晒す行動であり、賞賛されるべきである。
スコット・フィッシャーとロブ・ホール、2つの隊のそれぞれの隊長であり実力のあった登山家二人が死に、ブクレーエフ氏は生き残った。
もしこの時ブクレーエフ氏も死んでいたならこれほど非難はされなかったのかもしれない。
彼が生き残ったことで非難の対象になったのなら、それはあまりにもひどい話だと思う。
彼が生き残れたのは、パニックに陥りそうな自分を冷静に抑えることができた強靭な精神力と、経験豊富な登山の知識があったからである。
事故の翌年、ブクレーエフ氏はエベレストに戻ってスコットと難波康子さんの遺体を埋葬する。
遺体の周辺に散らばっていた遺品を持って下山し、カトマンズで遺品を届けてくれそうな日本人を探す。
そこで偶然にも難波さんの夫・賢一さんと付き添いの貫田宗男さん(イッテQ登山部の隊長)と出会う。
さらにその翌年の1997年、ブクレーエフ氏はアンナプルナで雪崩遭難死する。
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「空へ」の中で、その行動を疑問視されていた、別隊にガイドとして参加していたクライマーの著書。
それぞれの立場での考えや混乱した状況での行動などなど、どちらも読むことで2つの側面を知る。
【2016.01】
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映画【エヴェレスト】が面白かったので。
アナトリ·ブクレーエフ、多分愛想ないし昔気質の登山家だったんだろうなー。批難する声もあるみたいだけど、誰も行きたがらない中で何回も吹雪の中を捜索に出て成果上げただけでいいじゃん。立派じゃん。私だったら「いや足痛いんで…」とか言って寝てるわ。それか捜索に出て死んでるわ。
ジョン・クラカワーの【空へ】はこれから読みます。
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1996年に起きたエヴェレスト大量遭難について、スコット・フィッシャー隊のロシア人ガイド、アナトリ・ブクレーエフの立場からまとめられたドキュメンタリー。クラカワーの「空へ」とはセットにして読むとよい。物事は多面的にアプローチしないと真実に迫れない(特にジャーナリズムが絡んだ場合は)し、そもそも真実とは何か、ということを考えさせられる。真実がわかると思うこと自体、不遜な態度であるという指摘は心に刺さる。 奇しくも本書が出版された直後にブクレーエフ自身が遭難死してしまったので遺作となった。 世間に何を言われようともブクレーエフを支えた登山仲間がいたということが救いだったと思う。
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1996年に発生したエベレストの遭難に居合わせた山岳ガイドの告白に基づくノンフィクション。
エベレスト登頂の一言の背後には様々な物品準備と登山者の肉体的準備、加えて商業登山の場合には多額の金銭が動き回っていることがわかる。それだけの投資をしたからには何としても登頂したい気持ちが出るのは人の性だろう。
遭難が発生した原因は「撤退判断をすべきポイント」が既に過ぎ去っていたから。輝かしい未来しか見えずに、前進ばかりを追い求めた結果時すでに遅しに陥る状況は色々な状況に当てはまる(特に投資絡みの仕事…)。
蛇足だがこの山岳ガイドもインタビュー後そう時間をおかずに冬山に散った。冬山はやはり怖すぎる。