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倫理学者であり日本思想史の研究者でもある和辻哲郎の思想について10編の論文をまとめた本です。また巻末には、和辻の直弟子であり和辻にかんする著作を刊行している湯浅泰雄を囲んでの座談会が収録されています。
熊野純彦の論文「人のあいだ、時のあいだ―和辻倫理学における「信頼」の問題を中心に」では、和辻倫理学において外部の「他者」が欠如しているのではないかという問題を、「信頼」や「時間」についての和辻の議論にそくして検討をおこなっています。また清水正之の論文「和辻倫理学と「日本」の解釈」では、芳賀矢一や村岡典嗣といった日本思想史研究の創始者たちの仕事を踏まえて、和辻の倫理学と日本思想史研究の解釈学的方法論の特徴について考察がなされています。さらにマーク・ラリモアの論文「英米人は和辻倫理学が読めるか?」では、和辻の著作の英訳の問題点を指摘しつつ、「日本」ないし「東洋」の刻印を帯びた和辻倫理学が、西洋の研究者たちにどのようなインパクトをあたえうるのかということが論じられています。
「あとがき」によると、「本書の著者は外国人も含めて全員、和辻が長く主任教授を務めた東京大学倫理学科に何らかの形で籍を置いたものばかりである。皆、一度は和辻の学をくぐり、それをそれぞれの問題関心から批判的に捉え直そうとしている人たちである」と書かれていますが、いずれの論文も和辻の思想を内在的な観点から理解し、あるいは批判していることが見てとれます。こうした研究もむろん重要ではあるのでしょうが、たとえば近年の国民国家批判などの文脈において和辻の思想の問題点を洗いなおすような試みがあってもよかったのではないかという気がします。