紙の本
何となく軽視しがちな見世物文化の意外な規模と広がりを、豊富なエピソードをまじえて語るビックリワールド
2000/11/14 09:15
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投稿者:大笹吉雄 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は見世物文化研究の第一人者が、近世後期の見世物の実態とその背景を、豊富な知識を踏まえてかみくだいて書きおろした労作で、読みやすく、かつ、実におもしろい。
近年の、祭礼の添え物のようなうさんくさく、チャチなものが見世物だという先入観の持ち主には、本書の内容はともかく驚きの連続だろう。かくいうわたしも本書を読むまで、それから遠い所にいたわけではない。まさに目からウロコの例に等しい。
「まえがき」以下、第一章「浅草奥山の籠細工」、第二章「奇妙な細工の楽しみ」、第三章「珍しい動物のご利益」、第四章「軽業のよろこび」、第五章「生人形の想像力」、そして「むすびに代えて」という流れで、読者をして一気に見世物の魅力に引き込む力に満ちている。
まず最初の驚きは、江戸時代の見世物の全体的な構成である。細工が46%、曲芸や演芸が31%、動物が14%、人間が9%というのだから、人間中心の現在の見世物とは根本的に違っている。中で圧倒的な比重を占める細工の見世物のあり方は、今のわれわれの想像に余る。
一例に一田(いちだ)庄七郎の籠細工。小さな籠で作った『三国志』の英雄・関羽の座像の高さが八メートル近いという記録があり、関羽のほかに赤鬼、クジャク、鳳凰など合計二十五点の籠細工を飾りつけた見世物小屋の大きさは、間口が十八間、奥行きが七間あった。現在の歌舞伎座の間口が十五間だから、その大きさが知れる。
むろんこれは仮説の小屋で、興行はだいたい五十日間、一日の入場者数は約六千人、収入は二十九両で、五十日間の合計は三十万人の入場者、千四百五十両の収入になる。江戸っ子の二、三人に一人が見た勘定になるからすごい。ヒットした見世物興行は歌舞伎のそれに匹敵した。今の金に換算すれば、百日で数億円になるイメージだという。
見世物の歌舞伎の舞台への影響も枚挙にいとまがなく、歌舞伎の大道具の長谷川勘兵衛もまた、見世物と縁が深い。娯楽の世界で歌舞伎は上級、見世物は下級という図式は、必ずしも該当しないという指摘も刺激的だ。
象やラクダ、ヒョウやヒクイドリといった舶来の珍獣も、見世物になった。中で最大級のヒットが文政四年(一八二一)に長崎にオランダ人によって持ちこまれた雌雄のヒトコブラクダで、長崎から京阪、紀州や伊勢などを経て江戸に着くや見物客が殺到したのみならず、その尿や毛などがさまざまな病気に効くとして、持て囃された。揚げ句に雌雄の仲のいいところから、夫婦和合のシンボルにもなった。
軽業で人気のあった早竹虎吉は歌舞伎の千両役者並の収入があり、幕末にいち早くアメリカ巡業に出発した。当時の日本の軽業は世界的にも最高のレベルで賞賛されたが、邦楽が不人気だったという。アメリカ人には音楽とは思えなかったに相違ない。
とまれ、さまざまな刺激的なエピソードに満ち、現在のテレビ文化を考える上でも、興味深い視点を提供している。 (bk1ブックナビゲーター:大笹吉雄/演劇評論家・大阪芸術大学教授)
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『娯楽都市 江戸の誘惑』はこの本を読むための予習だったのだよ、うわっはっはー。
『娯楽都市~』は江戸の娯楽という視点からだったけど、『江戸の見世物』はずばりそのまま見世物という視点から近世、とくに近世後半を考察してる。
見世物というと、最近はあまり見かけないけれど一昔は縁日でかかっていた、蛇女や鶏を食べる狼少女なんて煽りの見世物小屋が思い浮かぶ方もいると思うが、こういった際物は、近世においては1割程度だった。では何が主流だったかというと、その時々の流行りにも因るけど、多いのは細工と呼ばれるジャンルだったそうな。
細工で最も人気を博したのが、籠細工の関羽像。文政2年(1819)の話だけど、日用品でも使う籠目でもって作ったこの関帝は、正確な記録は残っていないのものの、二丈二尺(6.7メートル)から二丈六尺(7.9メートル)はあったらしい。これが大人気となり、以降細工見世物がどんどん増えた。細工の材料も籠だけでなく、竹、桶、貝殻、干物、銭、瀬戸物、昆布、野菜、などなど客を呼ぶために様々な趣向が凝らされ、職人たちが腕を競った。
細工物以外で有名なものは、ラクダや象など舶来の動物、これは見る、または絵姿を家に貼ると疫病除けのまじないになるなんて宣伝もされて、単なる動物ではなくちょっとした信仰が加わっているところが面白い。
それに軽業。開国してからは日本の軽業師が外国人の要請で、アメリカなど海外巡業まで行っていたという。意外と海外に人間が出ていたんですなー。
幕末は尊王攘夷や旧幕など動乱のイメエジが強いけれど、ドンパチやって上下左右にあれこれ騒いでいたのは武士階級であり、庶民は物価の急騰などの混乱はあったけど、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』などが登場し、人気になったことからもわかるように、割と内戦に関わりなく生活していたところも少なくない。あくまで武士が中心の問題で庶民が積極的に参加している運動ではなかった。武士階級の緊迫した様子とは違い、庶民は活気に溢れて商売もするし娯楽もあるのを、要所要所に挟んでいるあたり『龍馬伝』はよくできた大河ドラマだと思う。
閑話休題。生人形も面白い。記紀や軍記、古典の場面を人間のような肌が特徴の生人形で再現するのみならず、当時話題になった人物や事件も、即時的に生人形で表現して江戸の人々を喜ばせた。
先述の細工物、軽業、更に歌舞伎や人形浄瑠璃、講談、それらの殆どは常に当時の流行を作品に取り込んでいた。
例えば、籠細工の関羽が流行すると、歌舞伎で衣装に籠目模様が用いられる、といったような。軽業もストーリー仕立てで行うものであり、題材は歌舞伎のパロディである。生世話物なんて事件の再現ドラマのようなものであり、人口に膾炙していたからこそ公演作品に成りえたのである。
それぞれの見世物はただ展示したのではなく、プロの口上師が口上の述べていたということも、近世の人々がいかに話芸に近かったかがわかる。見世物だけでなく口上師にまで言及しているあたり、著者が憎い。
ジャンルを越えて、それぞれが当時の流行に便乗する。観る方はそれら見世物(歌舞伎や話芸も広義で言��ば見世物)を「生きた文脈」で捉えて楽しんでいたのである。それぞれの見世物を文脈の中で見物し、物語を読み取る。それが江戸の見世物だったのである。だから現在の僕らが観ると、わからなかったり説明不足に感じる部分が多い。当時の人々はその記述で十分に理解でき、大いに楽しめたのである。
むしろ説明しないとわからない人間は無粋だった、と。
僕らが江戸の見世物を現在知ることができる資料は、ひとつには随筆、もうひとつには錦絵などの絵画メディアが大きい。これらの印刷物も当時の流行を媒介するメディアであり、それ自体が娯楽でもあり、各見世物を相互媒介する役割もあった。見世物はこれらの印刷物で宣伝されていたのである。
ジャンル分け、カテゴリ分けというのは近代の産物で、近代以前を考えるにはまず、それぞれの文脈の中で対象がどういう位置づけであったのか、そこから思考を始めないと大いに誤った見解をしてしまう。よくよく心得なければならない。
江戸の見世物は時代が変わって無くなったものもあるが、とってかわっただけであって、見世物という観点から僕らの周囲を眺めてみると、現在も見世物だらけで、僕らも僕らなりの文脈でもってそれら見世物を楽しんでいることに気づく。無粋にはなりたくないもんだ。
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[ 内容 ]
江戸時代の見世物は誰にとっても親しみやすい代表的な大衆娯楽であった。
ひとめ見ただけで御利益があるといわれるラクダ、ゾウなどの動物見世物をはじめ、細工見世物、軽業、生人形など近世後期の見世物の実像を浮世絵や引札を駆使して描きだす。
歌舞伎、祭り、テレビの娯楽番組等にも生きつづける見世物の原点に迫る。
図版多数。
[ 目次 ]
いざ、江戸の見世物遊歴へ―まえがきに代えて
第1章 浅草奥山の篭細工
第2章 奇妙な細工の楽しみ
第3章 珍しい動物のご利益
第4章 軽業のよろこび
第5章 生人形の想像力
お名残口上―むすびに代えて
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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江戸時代の見世物興行についての新書。見世物興行についての概説と、実際にどのようなものが見世物になったか、巨大展示物や珍獣、軽業、生き人形など時代時代にいろいろなブームが起こり、それにあやかろうと第二第三の見世物が続き……と、そこには現代に通じるエンターテイメントの流れがあると思う。
江戸時代にもなると『三国志』も人口に膾炙されていたのだ、ということや、動物ブームは昔から今とそう変わらない(しかも、ラクダや象など、意外に遠方の動物が運ばれてきている)のだなぁと感心した。
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これまで抱いていた見世物のイメージが一変する内容だった。巻末で筆者が述べているねらいのとおりにハマった。
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大きな「細工」、「動物」、「軽業」、「生人形」など、江戸の庶民が娯楽として楽しんだ見世物。流行を生み出す仕掛け人のエピソードも面白い。
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江戸、大坂で夢中になった見世物はどのような興行がおこなわれていたか。
下敷きになった中国の古典や仏さまなどいろんな要素も説明されていて興味深いです。