紙の本
貴重な比較文化的観察記録
2008/11/01 12:16
10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:CAM - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、文庫版のカバーにもあるように「昭和37年秋、中公新書の発刊によって世に問われ、西欧ヒューマニズムに対する日本人の常識を根底から揺さぶり、西欧観の再出発を余儀なくさせ、さらに今日の日本人論続出の導火線となった名著である」。 当時の我が国では、海外旅行はまだ限られた少数者のみにしか許されなかったこともあり、西欧についての言論は一般的にかなり観念的であったと思う。それだけに、西洋史専攻の京大教授という最高級のインテリが、「『イギリス人を全部この地上から消してしまったら、世界中がどんなにすっきりするだろう』私はつくづくそう考えた」(p.82)、「15年を経た今日でも、思い出してくると私ははげしい感情にかられる。『万万が一、ふたたび英国と戦うことがあったら、女でも子どもでも、赤ん坊でも、哀願しようが泣こうが、一寸きざみ五分きざみ切りきざんでやる』という当時の気持が、こんなことを書いているとまざまざとよみがえってくるのだ」(p.60)とまで述べられた本書の内容は、当時かなりの話題を呼んだのであるし、今読み返してもかなり刺激的である。 英国人というか西欧人の植民地管理の巧みさを、「屠蓄と飼育」という要素から分析されているのも、当時としてはかなり目新しいものであったのではなかろうか。 また、全裸の英国人女性兵士が、日本人捕虜の前では全く羞恥心を示さない、その存在を無視しているようである(p.48)、というのも、私が中公新書版で初めて読んだときに印象的であった部分である。
森永卓郎氏は、幼少期に米国の小学校で自らが身をもって受けたイジメから、米国人のイエローに対する生の感情を体感したことを述べておられる。そして、一定の地位と収入をベースにした成人後の留学や米国勤務にともなう交際から感得する米国人についての印象は、決して平均的・一般的なものではありえないと述べておられる。 英国人論についてみても、比較的下層の人間との交流に基づく観察をベースとする本書と、エリートと接した経験をもとに語られた例えば藤原正彦氏と中西輝政氏との対談「論理を盲信しないイギリスに学べること」(『日本人の矜持』新潮社刊所収)とを読み合わせると、およそ同一の民族、社会について語られたものとは思えないほどかけ離れた内容となっている。比較的階層格差が小さい日本社会においてさえも、個人的格差、経済的格差、地域格差は相当なものがあるのだから、社会的格差が大きい他国社会について論じる場合には自らの限られた知見を安易に一般化しないという謙虚さが必要であろう。
本書では、英国人についてのほか、インド兵の卑屈さなども鋭く描写されているほか、日本人捕虜の行動状況から得られた「私たち日本人は、ただ権力者への迎合と衆愚的行動と器用さだけで生きてゆく運命を持っているのだろうか」(p.136)というような省察も語られている。
著者は、本書によって評論界に出られた後、昭和40年代においては、かなりマスコミで活躍されていた。当時の日本言論界では圧倒的に左翼的観念論が支配的であったが、会田氏は数少ない保守派論客として現実的で鋭い主張をされており、私もその多くを愛読していた。 会田氏は平成9年(1997年)に亡くなられ、その著作の多くは現在ではほとんど入手不可能な状態であろうが、本書は、捕虜収容所被収容者という極限的で異常な立場から、そしてそうだからこそ体験できた英国人等や日本人自らの生の姿についての、一人のインテリによる鋭くかつ貴重な比較文化的観察記録として、今後も「名著」として残っていく価値があるものと考える。
紙の本
戦争について考える際の古典
2008/08/31 22:09
10人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
私は高校生の時にこの本を読んだ。進学校の高校生だったとはいえ、我ながらかなり早熟な高校生だったと思う。きっかけは会田雄二先生が書いた「合理主義」を読んだからだった。同じ著者が書いた名著があると聞いて、手にとって読んだのが本書だ。
本書の中で、著者の会田雄二氏は英国人と聞いただけで「赤ん坊だろうが子供だろうが哀願されようが殺してしまいたい」と、その心情を吐露されている。京都大学教授に終戦後すぐになった知識人の会田雄二氏が、なぜここまで英国人を憎むようになったのか。その過程は本書に詳しく書いてある。が、ようするに英国人をはじめとする西洋人のこじゃれた「思想」なるものは、所詮「白人様」同士にのみ適用される高邁な考えにすぎず、有色人種には人権もへったくれもないということを会田氏がその目で見てしまったことが大きい。
19世紀にダムダム弾なる「非人道的兵器」が開発され、その使用が禁止された。なんでもこの弾丸を被弾すると肉がちぎれ骨が砕けて悲惨な状況になるので「非人道的」な兵器と指定されたんだそうな。しかし、しかしである。英国はこのダムダム弾をアフリカの植民地の反乱鎮圧には容赦なく使用して「効率的な鎮圧」を成し遂げたと自慢したりしている。白人の人権思想なぞ、所詮、その程度のものなのである。
本書では様々な白人どもの悪辣なる悪だくみの数々が出てくる。日本の捕虜を飢餓線上にさまよわされておいて、アメーバ赤痢に汚染されていることが知られた蟹の這いまわる海辺を散歩させ、日本兵に蟹を食べるに任せ、彼らがアメーバ赤痢に罹患して苦しみながら死んでいく様をじっくり観察する英国兵。口をあんぐりとあけさせて、そこへ小便を垂れる英国兵。
本書を読めばわかるが、アメリカはあくまでその支配方法において直載ではあったが、ストレートで素直で裏心がない爽やかさがあるが、英国のそれはよくいえば老獪、そのまま言えば悪質で、フランスのそれは残虐であったことが分かろうというものである。
英国やフランスを理想化してはならない。アメリカというものを過度に憎んではならないことが、本書を読めば、よおくわかる。
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イギリス人による人種差別というものがどういうものか、歴史学者の冷徹な目を通して見えてくる。また、捕虜という屈辱的な立場にありながらたくましく生きぬいた日本人の顔も見え、不思議に元気も出る本。
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最近押入れの中から出てきたので再読。
何千年もの間、全く違う環境で作り上げられてきた価値観の違いと言うものは、言葉を理解しあっただけでは到底共有できないのではないか。こんな当たり前の事が、著者の極限体験に対する観察眼により残酷なまでに浮き彫りにされる。ともすれば、絶望的なまでに。
前回読んだときとは違い、今は著者の言う本当の意味での価値観の違いが少しだが肌で理解できる。彼らと仲良くなればなるほど、なんだか決定的なところでは理解しあえないんじゃないだろうか、共有できない部分があるんじゃないだろうかと感じることがある。(それはほとんど無視できる小さな違和感である事が多いが、日本人に対しては感じない種類の物である事が多い。)それに対する1つの答えが本書にはある。
そんな反面、読者が決定的に絶望しないでいられるのは収容所内のエピソードが軽妙かつ愉快に描かれている事が大きい。まるで「実録ビルマの竪琴」だし、こちらの方が面白いくらいだと思う。もちろんそこでも著者の容赦ない観察眼が光るけれど、この部分だけ抜き出しても面白い一冊になると断言できる。
西洋に対するある種の妄信や、薄っぺらなグローバルなんて言葉を粉々に打ち砕く名著。また、シベリア抑留に比べあまり知られる事のない、イギリスによる戦後抑留の第一級史料。
常に西洋を模範とし追いつこうとしてきた日本人のある種の不幸は、西洋人を美しいと思ってしまったところから始まったのかもしれない。
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残虐性は民族によって差があるのか?という作中で何度も語られる疑問。様々な国の人と接した上で残る、異国間交流の困難さ。自分のうすっぺらなグローバル精神なんて踏み砕かれる。
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覚悟して読んだけどそれほどでもなかったな。多分、お天気のいい日に読んだからだろう。
これを読むと、帝国陸軍の理に適っていないむちゃくちゃな精神主義が浮き彫りにされる。これじゃ、負けて当然。不安なのは、明治にはたくさんあって、あの頃だって少しは持っていた「理」を今の日本人はすっかり失ってしまっているように思う。「理」を持たずして、お金や武力だけ持っても、また同じ轍を踏むだろう。アメリカに骨抜きにされたままでいいのか、日本?そういう意味では、多くの人に読んでもらいたい。(2007.8.25)
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京都出身の学者である著者が、ビルマで終戦を迎えその後の2年間にイギリスの収容所に入れられた体験。その体験の内容が面白いと言うのではなく、イギリス兵やインド兵、ビルマ人達とその比較としての日本人についての考察が素晴らしく面白い。何が残酷であるか、人が生きてきた環境・文化に大きく左右される。西欧(大英帝国)の人々のアジア人への意識、扱い方の上手さなどが良く分かる。
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著者がミャンマーのアーロン収容所で体験したイギリス人による人種差別の体験を中心にして書かれた記録だ。別項で紹介した『肉食の思想』を体験的に裏付けるような内容だ。
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めちゃくちゃ面白い!です!
これは、筆者の1年9ヶ月間のビルマにおける英軍捕虜としての経験を記録した本です。
戦争文学とは一線を画し、筆者の史学学者としての慧眼が光る作品です。
読んでいて、「なるほど!」と思うような面白い見解がたくさん散りばめられています。
もちろん捕虜生活は決して楽なものではなかったでしょうし、辛かった経験も含まれていますが、現代人の読者を意識してわかりやすく、追体験を強要しないで書かれているのでとても読みやすいです。
英国人はいつの時代も、「紳士」で、日本人のお手本となってきましたし、今私たちが英国人に向ける目というのは尊敬が含まれていると思います。
しかし、この本では英国人のまた別の面が垣間見えると思います。
しかも英国人がただ残酷であるというのではなく、なぜそういう振る舞いができるのか、日本人はなぜ卑屈になってしまうのかなど歴史的根拠に基づいた視点で書かれているのがまた面白いです。
日本人の識字率が100%なのを英国人が信じようとしなかったことや、英国人の振る舞いには家畜を飼いならしてきた歴史が背景にあるとか、日本人の器用さが発揮される面白い場面など・・・
捕虜という異常な状態の中で観察されたありのままの人間の姿がとても興味深いです!
就活を進めている私が感銘を受けたのは、人の能力がどのような場所で発揮されるのか、という点に関する筆者の考察です。
うんうん、と思わず頷いてしまいました。
とにかく、歴史的価値のある一冊。
戦争文学が苦手な人にも、日本人の本質が知りたい人にも是非読んで欲しいです。
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「捕虜だ、みんな。これが捕虜の顔だ。みんなまったく同じ顔だ」希望ゼロから始まった収容所生活。時間が経つにつれ捕虜たちも徐々に生活を取り戻してゆく。器用で、少し狡く、お祭り騒ぎが好きな日本人。日本から遠く離れて「日本人」を生きる捕虜たちの生きざまを想ってみよう。日本人として生きていく。
(宮崎大学 学部生)
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著者が体験した収容所での出来事が、出来るだけ主観的な要素を除いて、冷静に語られる。捕虜から見た戦勝国というと恨みつらみになりがちだがそんな事はなく、ただ事実として「彼らは日本人とは違う」ことが語られる。違う文化で育てば違う国民性が出来るのは事実であり、「同じ人間なのだから分かり合えるはずだ」と妄信していては他の文化を理解することさえも出来ない。
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面白い。すごい。
まるで自分が戦場にいるみたい、というか、まるで自分が捕虜として彼らと一緒に
行動しているみたいな感覚になる。
京大卒業後戦地に駆り出され、まもなく捕虜としての生活をスタートする著者の
捕虜生活について、リアルに、そして時には面白く描いたストーリー。
戦地での人命の軽さ、人が簡単に死んでいくさま、白人、黒人、黄色人種分類による、
差別、区別、イギリス人の物の考え方、インド、ビルマの人々の思想など、
ただの昔話とは全く違った内容になっています。
同時に借りた本に、デール・カーネギーの人を動かすがありますが、
面白さで言うなら、ジャンルは違えども段違いの差があります。
紳士の国イギリスは、ちっとも紳士なんかではなく、今となっては日本よりも
早くに埋没していく国の代表格として位置していると思っていますが、そのイギリス人
から、サムライはそう簡単に勝利国に頭をさげるのか、というセリフはどっかの本で
読んだ気がしたのですが、確か小林よしのりの本かな…
日本軍部の理想が空想であり、実現不可能であることを戦地ですでに見抜いていた、
ともあります。敗戦が近くなってから、軍部による情報など全くと言っていいほど
信用していなかったのですね。
陸軍の幹部が車で道を通る際、下っ端兵士は頭を下げたり、敬礼したりするらしいのですが、
ビルマでは上官が腐った性根の持ち主で、兵士が死にものぐるいで戦場を生き抜いているときに、
女遊びにうつつを抜かしていたそうです。
いわゆる右派、左派言論対立で、戦前の日本は悪い国だとか、そうでもないとかっていう議論が
いまだに終わること無く続いていますが、この本では真実を伺うことができたと思います。
一部、軍上層部にはおかしな連中もいて、日本は本当におかしなことになっていたんだなと
思いますが、では今の北朝鮮ほどひどかったのでしょうか。
とか、色々と考えも膨らみましたが、それを比べることは今の自分ら若い世代にはできないでしょう。
しかし、こういった戦記を読んでみると、当時の兵士、つまりリアルな声を直に聞くことができました。
ビルマ人の中に、日本の兵隊さんに楠公精神を教えられた青年がいた、と書かれていました。
台湾人の中に、日本精神、いわゆるこの楠公精神を教えられた世代がいて、日本人にこの精神を
忘れるな、といっている本がありました。
この精神を持って戦った人々はいいでしょう。
ただ、この本を読んでいたら、やはり当時は綺麗事ばかりではなく、実際に軍上層部による
どう仕様も無い体たらくがあったとしか考えられません。
小林よしのりの本も好きですが、少し美化しすぎの部分もありますので、
この本のように、史実、事実を一兵卒の視点から表現している本にこそ真実があると思いました。
会田雄次さんは1997年に肺炎で亡くなられているそうです。
僕は心のそこから思いました。
彼のような人が生きていたら、ゼッタイに講演があれば行きたいし、もっともっと
当時の話を書いた本を出してもらいたかったと。
それから1つ、僕が当時生まれ、生きていたら、合田さんと同じ部隊で戦い、
同じ時間を共有したかったです。そうですね、この気持ちはおそらく、あこがれ、とか、
この人と友だちになりたい、という気持ちに近いと思います。
また面白い記事を読んだのですが、いわゆる左派と新興左派、というものは違うらしく、
会田雄次さんは純粋な左派であったそうです。
左派といえば、代表格として社民党や共産党といった売国反日野郎どもを想像しますが、
全くそうではないらしいですね。
現代の右派左派の定義からはちょっとずれていると思いますので完全な定義はできませんが、
左派と言っても反日を掲げる人たちとは違うみたいです。
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本書は、終戦直後から昭和22年5月までの1年9ヶ月間ビルマにおける英軍捕虜として強制労働に服せられた会田雄次氏の回顧録である。西欧ヨーロッパ、英国がヒューマニズムの源流国であるというのは嘘ではないだろう。しかし、人種偏見がいまなおヨーロッパ社会の底流に確実に存在しているということがわかる貴重な体験記だ。
本書を読むことでできる疑似体験というのは、実際の捕虜生活の苦しさの数千分の一、あるいは数万分の一かもしれない。それでもなおその過酷さと生き残っていくために要領のよさが求められるという現実は、たいへん生々しいものとして伝わってきた。捕虜生活という非日常では盗みに長けているとか、嘘をついても毅然、平然としていられる大胆さが強力な武器になるというのは皮肉なことだった。こうしてみると、非日常的な世界と日常的な世界で求められる能力というのは、非常に大きな隔たりがあるように思う。つまり能力の発揮、その潜在的な力の発露というのはやはり、時代環境によってことなるので、ほとんど運とか偶然性に左右されるものなのではないかと考えずにはいられなかった。
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2011.11.5読了。
ナマでありながら客観性を失わず、自分自身の心理や状況にもきちんと向き合っている。読めてよかった。
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(過去のまとめから) 既知・断片 欧米等の下士官の識字率 対等以下の関係への恥じらいのなさ(松陰にもあり) 残酷の定義 家畜飼育体験の有無という視点 識字率=教養 ではない 何をよみ、何を教えられたか
http://chatarow.seesaa.net/article/123746561.html