紙の本
なかなか難しいですが、現代を思考する必要性を説いた書です!
2020/03/13 11:09
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、著者である柄谷行人氏が1990年から93年に行った講演やインタビュー、さらには論文をまとめた一冊です。同書において、柄谷氏は「20世紀最後の10年は<終わり>ということが非常に強調された時代であった」と主張しています。そして、また「それは<戦前>の風景に酷似している」とも言います。だからこそ、あのおぞましい戦前を繰り返さないためにも、「<戦前>において思索することが必要なのだ」と断言しています。同書は、「帝国とネーション」、「議会制の問題」、「自由・平等・友愛」、「近代の超克」、「文字論」、「双系制をめぐって」、「自主的憲法について」、「韓国と日本の文学」、「湾岸戦争下の文学者」というテーマで、自身の思考実験を行った書です!
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3回くらい読んでやっと半分理解できたかなどうかな。でも国家、とかナショナリズムとか、それとつながる言葉について関心があるならば、基本の書。だと思う。想像の共同体、という概念はきっと私が無知なせいだろうけど、そうだったのかーと衝撃で、理解さえできればスリリングでエンターテイメントな一冊でもある。結局ベネディクトアンダーソンは読んでないけど。読まなきゃな。
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80年代からの共産圏の崩壊とブルジョア革命そして、日本帝国の思想を達観してみた思想実験
ネーション=ステートの考え方は理解できる、
嗚呼、真実だなと思ったのはブルジョア革命を起こすのは資本主義者なわけでとりわけ愛国主義者が起こす保守的な思想なんだなと思いました。
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歴史の終焉。近代の終焉。~の終焉という文脈は現実的にはありえないことを証明した傑作。ものを考えるときには極端なケースから考えることで、考えるべき方向性とそのパースペクティブが得られるということがよくわかる。
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現代を代表する思想家である柄谷行人氏による、「戦前」において思考する重要性を説く著。とても内容が濃い。自分の浅薄な知識でもって評するのは憚られますが、「ネーション=想像の共同体」という立場から、ナショナリズムの起源がそう遠くはない近代的なものであるということ、さらには戦前という文脈において文学が高いポテンシャルを持つという内容の言説が興味深いです。
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現実的なインタレストを捨てざるを得ないのは死が不可避的なとき。「末期の眼」に映った風景は美しい。なぜならそこには生きる可能性がある限り生じるようなインタレストがないから。「美学」は現実的な矛盾を現実的に乗り越えることができないところにおいて支配的になる。あらゆる矛盾が止揚されてしまう西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一性」も「美学」的なものである。
大東亜戦争は、理屈によって解釈されるのではなく、「運命」として参入することによってのみ「美」となる。
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[ 内容 ]
「共産主義が終わった」「五五年体制が終わった」―。
二〇世紀最後の十年は「終わり」が強調された時代だった。
そして、それは戦前の風景に酷似している。
あの戦前を反復しないためにこそ、自身を“戦前”において思索することの必要性を説く著者が、明晰な論理展開で繰り広げる思考実験。
ネーション=ステートを超克する「希望の原理」とは何か。
[ 目次 ]
帝国とネーション
議会制の問題
自由・平等・友愛
近代の超克
文字論
双系制をめぐって
自主的憲法について
韓国と日本の文学
湾岸戦時下の文学者
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ]
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「日本近代文学の起源」よりも詳しく言文一致のことが書いてある。日本には、習合状態、あるいは双系的なものを一元化しないような装置がある。これは外部からの強制に対して抵抗するという素地がないとも言える。筆者が注目するのが漢字仮名交用という装置である。いくら外部から概念が入ってきても、てにをはで繋げるだけで、ガイネンガ内面化されない。したがって、言文一致運動は西洋の概念を漢文に換えたが、内面化はされなかった。
ただし、例外が一つあって、それは戦後の日本国憲法だと言っている。
扱うテーマは広いが、自由と平等の矛盾についても。自由と平等の矛盾が露呈するとき、それを友愛が想像的に揚棄する。ファシズムも共産主義も、創造的なもの・美学である。では、未来の進歩が期待できなくなる時代に、何がとられるか?共産主義はもはや支持を得られない。
したがって、ファシズムが出てくる。
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本書はソ連が崩壊して間もないころに刊行された本で、今の時点でこの本を読むと、著者の洞察力に驚愕する。米ソ冷戦が終わり、『歴史の終焉』の著者フランシス・フクヤマは、アメリカの自由主義、民主主義が勝利したことで、平和が訪れると楽観的な見方をした。ところが著者はこの意見に反論する。冷戦は終わりを告げたが、今後は中東で戦争が勃発すると予想した。実際、21世紀に入り、アメリカ同時多発テロ事件やイラク戦争でなど、中東の勢力が今なお懸念されている。以上から、冷戦はたしかに終結したが、その代わりに新たな場所で戦争が起きた。それは別の言葉で表すとするならば、新しい戦前が始まったともいえる。
また本書で収録されている「議会制の問題」と「自由・平等・友愛」は、日本の政治体制を振り返るうえで参考になる。現在、日本では議会制民主主義を採用しているが、著者はこの体制が本質的に危うい基盤で成立していること、また今後の日本でこれまでとは違う形でファシズム体制が誕生する可能性を指摘する。戦前の日本と異なり、民主主義体制のもとでファシズムが実現し、それに対抗できるのは社会民主主義者ではなく、頑固な自由主義者だけだという。