紙の本
「闘」の字のないページに込められたもの、それは愛である
2001/07/10 11:42
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:わに - この投稿者のレビュー一覧を見る
とにかく「闘」の字で埋め尽くされた本である。闘い、闘う、闘争…兵士となる、と決めてからの重信房子の生きる姿勢の揺るぎなさに圧倒させられる。しかし、その文字のないページには、彼女の豊かな愛があふれている。
幼少時代の回想、迷いつつ運動に飛び込んだ経緯、パレスチナの同志との連帯、それぞれの場面で彼女は闘いつつ愛する。その生き方が確固たるものとなったのは、我が子をこの世に産み出そうと決断した時点からだったのではないか、と感じさせる。
重信房子の闘いについては、私は必ずしも肯定的な立場をとらない(知識が不足しているので、断言してしまうのはためらわれるが)。だが、この本を読むことで、彼女もまた人を愛する人間であるのだという認識だけは持てたように思う。
文章は思いがけなくリリカルである。「闘」の字にいちいちひっかからなければ一気に読める。ただし、“上申書”というものが出版物として流通するまでの過程で、どの程度の編集作業が行われたのかが明示されていないことが気にかかる。少なくとも「章立て」などはなかったと思うし。
そういうところを丁寧に示してくれれば、より幅広い読者を得ることができたのではないかという気がする。極端な話、夏休みの課題図書(大学?高校?)とかいうものにもなり得たかもしれない。…そうなったら逆に若者は読まないのか…? 個人的には未成年にも薦める。
紙の本
もっとよくなる
2001/06/28 00:48
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ばいきんまん - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本赤軍の大物活動家にして、公安関係者にも隠れファンが多いとされる重信房子の手記。昨年逮捕された後、獄中で書いた上申書をそのまま本にしたものだというが、上申書って、こんな風に書くのか? 少女時代からこれまでのことを語っているエッセイじゃないのか?
パレスチナの人々の生活や考え方や奥平など同志への目線はたいへん興味深い。日本の新左翼のような偏狭な部分は感じられず、自分たちの立場を極力分かりやすく書こうとする姿勢は好感が持てる。推敲、編集不足も事情を知れば理解できる。それでも、やっぱり、もう少し時間をかけて書いてもらいたかった。編集してもらいたかった。言いにくい、過去の自分がかかわったとされる事件についても、もっと触れて欲しかった。もっとよくなる。もっと素晴らしい内容になるのが見えているのに、これでは哀しい。
投稿元:
レビューを見る
とてもまっすぐで魅力的な女の人という印象。
この人のまっすぐさは自分にはないので、憧れるところがある。
育ちが良いんだろうなぁ。
あんま好きじゃない。
投稿元:
レビューを見る
「変えたい」意識。
この人は父親と同世代だし、
娘は私と1つ違い。
娘さんと会って話してみたいなぁ。
投稿元:
レビューを見る
重信メイ氏の「秘密」から続けて図書館で借りて読みました。自分の頭で思考し行動を起こし道を選び取ってきた彼女の強さは、「剛」ではなく「しなやかさ」だと感じました。あとがきで彼女の弁護士が記した言葉、大阪のアパートの情景まで含めて、重信房子という人物を知るには良い一冊だと思いました。
投稿元:
レビューを見る
彼女はかつて「ダッカ闘争」や「リッダ闘争」で世界を震撼させた日本赤軍のリーダー、といえばお分かりいただける方もいらっしゃると思います。彼女が娘である重信メイとのことを獄中で書いた手記です。
この間、日本赤軍のリーダー、重信房子とその娘である重信メイの本を読んでいた。僕が重信房子について覚えていることは日本赤軍のリーダーとして数々の闘争を繰り広げていたことと、大阪で逮捕されて、周りを警官に囲まれながらも手錠をかけられた両手を高々と上げて
「勝利! 勝利!」
と叫んでいる映像だった。衝撃的な映像だった。いったい彼女は何に「勝利」したのか?皆目見当のつかなかった私には彼女の姿がずっと心に引っかかっていて、その数年のち、当時予備校で講師をしていた(現在は国際ジャーナリスト)彼女の娘である重信メイのことを知った。
本を読んで知ったのだが、28歳で訪日するまで彼女には「国籍」というものがなかったそうだ。理由は重信房子の娘だとわかると暗殺される可能性があったので、アジトを転々とすることを余儀なくされ、アラブ社会の中で生きていくが自分のアイデンティティーについて少なからず悩むところがあったそうだそして大阪で重信房子が捕まり、娘のメイは足しげく獄中にいる母の元に通ったそうである。母、房子は面会で自分の話はほとんどせずに彼女の日本での生活ばかり心配するという。
「親思う、心に勝る 親心」
である。
日本赤軍のリーダーとして、数々の闘争(欧米社会ではテロ事件とみなされているが)を遂行した母、重信房子と幼くして苦難の道を歩んだ娘、重信メイ。互いが書いた本を読み比べてみると同じ出来事でも母の立場から書かれたものと、娘の立場から書かれているものを、自分の中で比べてみるのが面白かった。
たとえば、彼女は幼いころから身の安全のために転校に転校を重ねた。メイは自著で
「せっかく仲良くなった友達と別れるのが何よりもつらかった。」
と書き、房子は闘争の日々でもいつも彼女のことを心のどこかにおいている。あぁ、こういう母娘の形もあるのか、と私は思わずにはいられなかった。重信メイは言う。
「私は重信房子の娘であることを心から誇りに思っている」と。
投稿元:
レビューを見る
何のための闘争か
日本赤軍のリーダー格である著者が、娘へ向けたパレスチナの地での回想録。
学生運動から発生した彼女らのグループは日本に革命を起こすため、
世界に拠点を立地することを目論んだ。
だが、既存国での失敗から、生まれつつある国での活動を計画した。
それが、パレスチナである。
私は中東の彼此をイスラエル側からの情報メインで受け取っていた。
さらに、日本赤軍への先入観と併せ持って読み進めていった。
最初は彼女の話に共感し辛く、所々脈絡がなかったりと、いい印象はなかった。
しかし、多少誇張されてるだろうとは言え、彼女らがアラブ社会でのトラブルメーカーという印象は薄くなった。
(彼女らと関わる日本を意識して、もてなされていたのかもしれないけど)
ただ、イスラエルへの批判は一方的なように感じた。
ユダヤ人の、それこそパレスチナの比ではない、迫害の歴史と規模を考えると、
一概に侵略者として非難することは出来ないんじゃなかろうか。
それを背景としてちゃんと言及してほしかった。
それがないと、自分で見た現実だけを鵜呑みにして都合よく解釈しているようにしか見えない。
まぁ、イスラエルが現代にあのような手段をとるのも非難されうるとは思うけど。
嫌が応にも異国では日本を背負ってしまう。
彼女が彼の地で行った意味は何だったんだろうか。
投稿元:
レビューを見る
時代によって、国によってその人の価値は全く異なる。テロリストか英雄か。いい社会を作りたいという当時の空気が過激さをまして赤軍になったかのような印象を受けた。自分が当時を生きていたら少なからず共感していそうだ。思ったことを行動に移すことは昔から人々の憧れだったのかもしれない。
投稿元:
レビューを見る
机を与えられず、独房の床で資料も無く母は書いた「誰もが人間らしく暮らせる社会」実現に懸けた自らの思いを。異国の娘に。時は9.11直前、「多文化共存」志向から「テロとの戦い」に世界は変わろうとしていた。
日本では北国に限られるリンゴがアラブにもあるのは意外なようだが、千夜一夜物語にも登場する。その白い花の下、偽装結婚した奥平同志たちの戦死の栄誉を讃えて集まった人々に、“遺児”として「奥平」房子が懐妊を発表する場面は美しい。それだけに「敵」に狙われる運命の子。
房子の父親は戦前「民族運動」に加わり戦中は陸軍少佐までなり、その反動か「天皇を戦犯にしなかったのはおかしい」という極左思想であったが、’67年血に染まった(学生一人死亡)「佐藤栄作訪米阻止」羽田闘争の現場から意気揚々と帰ってきた房子に「民心を重んじなくてはならない」と説教し、巣立つとき「物知りにだけはなるな」と重い言葉を与えたという。
あえて読み解けば「インテリ・小市民は知識・論理を絶対視し過激・奇矯な行動に出ることがあるが、無知の庶民は騙せない(庶民とは「読み書きしない者」「一字不通」の者、だからめっきり少なくなったが『悉く書を信ずれば、書、無きにしかず』はあるようだ)。知識の源である《人》の言動に注意し人格を判断する目を養え」となるだろうか。
「勉強しないと駄目だ」房子はキッコーマン醤油で働くうちに志し、明治大学二部に学び、当時の風潮であった左翼運動に参加してゆく。それはベトナム戦争の「敗北」で“資本主義の最後の牙城”=アメリカの没落、「社会主義の優位」が「明白」であった時期だった。
左翼は(日本以外では)愛国的なはずだが、房子は彼女の父が市井の人となり日本の運動家が「中国、朝鮮、ベトナムのように」「共産主義者として革命を志向」しないのを「民族主義者の限界」と思った。「日本だけでは革命は起きないというのは日和見主義」とか「抑圧された第三世界の民族解放闘争」P61とか言う党派に加わり、『あさま山荘事件』の約一年前に(PFLPの「医療/民生技術の人材支援」要請に応え)出国し、ベイルートに「国際革命拠点」を作るとして軍事訓練した。「テルアビブ空港乱射事件」が起きたとき、要注意とされていた彼女をこっそり出国させた同級生、仲良くつき合って支援も多少してくれたベイルートの「日本人会」はさぞ後悔したことだろう。旅客機をハイジャックしたり金融機関をおそったりで、革命が近づくと本当に思っていたのか?「革命」が「あまり良いものではない」どころか、「革命だけは避けねばなりません、革命は悲惨の極地です」(ロシア革命の後、亡命者が言った言葉according to石光真清)は「プロレタリアート文化大革命」のあと明白になっていく。
2000年11月8日、てっきり海外逃亡中と思われた重信房子は大阪で逮捕されたのち、無国籍の娘メイに安全のため日本の国籍を得ようと出生届を12月26日提出した。出産状況の聞き取り、裏付け捜査、DNA鑑定など認定は難航したが、法務局宛の上申書が本書である。最近、読了した『革命の季節』は十年余を経て本書の再稿といっていいだ��う。すでに老境に差し掛かり自己の人生の総てを肯定する『革命の季節』と異なり、55歳の彼女は(無意識に審議を有利に運ぼうとする心情か)P70「“軍事”や“武装”による解決を万能薬として求めるという焦りや稚拙さ」「(第二次)ブントという組織自体が内包し、赤軍派によって拡大した間違った『攻撃型階級闘争論』によって」「三十年以上前に、私たちは敗北したのです」P71「社会を変えようと言いながら、対象・他者を批判するだけで、自己を顧みる視座をしっかり持っていませんでした」とする。
革命の最終目標は、社会を変えることによって、人間を変え、利他的な『共産主義的人間』とすることにあるのだろうが、まことに人の心を変えるのは難しい。数々の霊験を起こした天理教教祖=中山ミキも「奇跡などいくらも起こせるが、人の心は変えられない」と嘆いたとか。経済学の根本原理は「人は命令では動かない」ことという。「こうすれば利益がある」という方に人が動く=利益誘導ではなく、たとえば「弱者をいたわるのが正義だ」「贅沢をするのは不正義だ」という命令や理念思想で国家を運営しようとすると「連合赤軍事件」「プロレタリアート文化大革命」のような悲惨なことになる。毛沢東は「欲望に支配されない共産主義的人間」を作ろうとしたのか?『デスノート』の主人公が「犯罪を考えもしない社会」を目指して不可能殺人を重ねたように。9.11以降、航空機ハイジャックは「最悪、人質の乗員全員を犠牲にして撃墜しても、犯人を取り逃がしてはならない」が国際合意となったのではないか。彼女等のおこした’77年「ダッカ空港事件」=身代金と獄中の同志=テロリスト釈放を得た、がその目で「せっかく捕まえたテロリストを解放だと、なんということをしたのだ」と非難されるのはやむを得ない。イスラエルは「捕虜交換」で岡本公三を釈放したが、それは国際社会にイスラエルの優しさと寛容をアピールしたイスラエルの勝利かも知れない。重信房子が日本に密入国した目的は岡本の日本人介護者を募るためでなかったかと巻末の解説で弁護士は述べている。
有名な逮捕時の彼女の「勝利のVサイン」は、娘に向けた(失敗、未熟さからの錯誤を含め)「我が人生に悔い無し」か。
投稿元:
レビューを見る
「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」重信房子著、幻冬舎、2001.04.23
239p ¥1,575 C0095 (2022.07.24読了)(2011.03.03入手)
2022年5月28日、重信房子さんは20年の刑期を終えて出所しました。
この本が手元にあったので、この機会を逃したら読める機会がないだろうと思って読みました。
レバノンあたりに住んでいると思われた重信さんが大阪で逮捕されたのが、2000年11月8日とのことです。裁判で刑期が確定したのは、2002年とのことです。裁かれたのは、1974年9月13日のオランダ・ハーグのフランス大使館占拠事件です。
この本の原稿は、留置場で書かれたものです。半生記みたいなものです。
過激な共産主義思想が主張されているのかと思ったのですが、ソ連崩壊後の為か、パレスチナ問題に関する主張が主でした。
本の最後に「国際社会のかけ橋として」と題して
「自分を変えることなしに、世界は変えられない。自分を変えよう! 変われる、人々とともに変われる!」(230頁)
と述べています。
【目次】
はじめに ―母から娘へ―
私の歩んできた道
アラブでの闘いと生活
夏・ベイルート―イスラエル軍の侵攻(1982年の日記より)
岡本同志、捕虜交換で奪還
あなたが生まれて
育児が私を変える
嵐のなかの恋愛
世界から日本へ、日本から世界へ
解説 大谷恭子(弁護士)
☆関連図書(既読)
「西アジアの歴史」小玉新次郎著、講談社現代新書、1977.09.20
「レバノンの歴史」P.K.ヒッティ著・小玉新次郎訳、山本書店、1972.04.25
「レバノン」小山茂樹著、中公新書、1977.07.25
「レバノン内戦従軍記」浅井久仁臣著、三一書房、1977.12.31
「レバノン混迷のモザイク国家」安武塔馬著、長崎出版、2011.07.20
「パレスチナ」笹川正博著、朝日選書、1974.09.20
「パレスチナ」並河萬里著、新人物往来社、1974.09.15
「サラーム 平和を!」三留理男著、集英社、1984.03.30
「パレスチナは戦争館」浅井久仁臣著、情報センター出版局、1985.02.13
「パレスチナ」広河隆一著、岩波新書、1987.08.20
「アラブとイスラエル」高橋和夫著、講談社現代新書、1992.01.20
「パレスチナ合意」芝生瑞和著、岩波ブックレット、1993.11.29
「パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち」広河隆一著、徳間文庫、2001.02.15
「素顔のパレスチナ」長沼恭佳著、文芸社、2002.12.15
「まんがパレスチナ問題」山井教雄著、講談社現代新書、2005.01.20
「ハイファに戻って・太陽の男たち」ガッサーン・カナファーニー著・黒田寿郎訳、河出書房新社、1978.05.20
「ガザ通信」サイード・アブデルワーヘド著・岡真理訳、青土社、2009.04.10
「アメリカのユダヤ人」土井敏邦著、岩波新書、1991.04.19
「内側から見たイスラエル」笈川博一著、時事通信社、1994.09.01
(「MARC」データベースより)amazon
英雄か、テロリストか? 日本赤軍・最高幹部の母から、わが娘へ。重信房子が警視庁留置場で書き続けた法務局宛ての上申書を単行本化。アラブでの闘いと生活、出産・育児などを��裸々に綴る。