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紙の本
面接試験という差別
2006/11/16 00:11
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「たった数時間のペーパーテストで、その人物がわかるのか」「欧米では受験生を丹念に面接し、その人品骨柄を見極めたうえで公平な判断を下している。ペーパーテスト万能主義の日本より数段進んでいる」こういう議論が90年代の日本で吹き荒れた。この結果、論文テストやAO入試が大学入試に大幅に作用され、映画俳優という名の芸人やピンポンしか出来ないプーさんが早稲田大学に堂々と入学するようになった。しかし本書を読んでみると「面接試験」の別の意味がわかってくる。欧米で面接試験が導入されたのは、必ずしも公平さを確保し、より「人材」を求めた結果ではなかった。平たく言えば、ペーパーテストの試験成績上位を独占するようになったインド人を主体とする有色人種のがり勉野郎たちを如何に排除し、裕福な白人家庭の子弟を作用するかの手段として「面接試験」が導入されたのである。面接すれば成績優秀者がイギリス人かインド人かは一目瞭然である。幾ら名前を変えても、顔の浅黒いインド人は人目でわかる。こうして英国人はインドを支配する高級植民地官僚を白人で独占し続けたのである。聞いてみれば、なーんだというだけの話。やっぱり世の中で一番公平なのは日本式のペーパーテストなんだという話。分かったら、余計なことは考えずに一心不乱に受験勉強に取り組みなさいというお話でした。
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