紙の本
大東亜戦争の周辺
2004/04/17 19:50
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投稿者:ヤタガラス - この投稿者のレビュー一覧を見る
大東亜戦争の前に模擬内閣が戦争必敗の予測を行っていたという歴史的事実をがあったことを知り興味深い。ただ、このような客観的な分析があったとしても、帝国主義の時代にあって、当時の日本をめぐる情勢からすれば、どの内閣であっても戦争は避けることができなかったのではなかろうか。
著者も指摘するとおり、ルーズベルトは日本が先に攻撃を仕掛けるようにハルノートを提示するなど挑発し、経済封鎖も行ったのである。マッカサーも後に語ったように「日本は自衛のために戦争に踏み切らざるを得なかった」のであり、当時の日本の情勢はあまりにも過酷であり、その当時のことを現代の基準でばっさり切り捨てることは不公平であり、とても歴史に学ぶことではない。私は、体を張って日本を守ろうとした靖国の英霊に深々と感謝するし、当時の人々を誇りに思うのである。中西輝政氏は、国民の文明史において、大東亜戦争で日本が強い抵抗と軍事的能力を示したために周辺国に戦後も長く大きな印象を残し、日本に有利な情勢があったことを指摘しておられ、玉砕も春秋の筆法をもってすれば決して無意味ではなかったと記述しておられるが、今日の日本はそういう体を張った人々を忘れてはいけないし、戦争で負けたという結果論からだけ評価をすべきではない。この本にはそういう意味があると感じられた。
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日本人なら絶対この事実を知っておくべき!
2002/11/17 05:21
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投稿者:ひろこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「昭和16年夏の敗戦」というタイトルが絶妙。
昭和16年にすでに模擬内閣(三十代の若手を集めて組織した)が日米対戦で必ず日本は負けるという結論を出していたにもかかわらず、本物の内閣はつじつまあわせの予測にもとづいて日米開戦を決めてしまったという真実には驚かされる。
本書には解題が付されており、なかでも道路特定財源の起源を記した猪瀬の一文はおもしろい。いまでこそ、道路特定財源の一般財源化などと話題になっているものの、10年以上も前から猪瀬は道路特定財源に着目していたのだから、作家の直感はさすが。
猪瀬の道路公団改革にかける情熱がたんなる思いつきではないのだな、と大いに納得させられる一冊である。
紙の本
隠された真実
2002/11/17 00:28
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投稿者:Winnie - この投稿者のレビュー一覧を見る
まず、本書が20年前に書かれていたことに驚愕した。歴史の上では、1945(昭和20)年が敗戦の年だが、1941(昭和16)年12月の開戦よりわずか4ヶ月前の8月に、平均年齢33歳の内閣総力戦研究所研究生で組織された模擬内閣が、日米戦争日本必敗の結論を出していたという事実があったとは、全く知らなかった。
官僚や軍人や民間企業のエリート社員など、“最良にして最も聡明な逸材”が全国各地から36人集められ、大蔵省から来た者は大蔵大臣、通信社から来た者は情報局総裁など、それぞれの出身母体をもとに役割分担をして、日米戦のシュミレーションを行った。そこで、最も重要な戦略物資である石油の供給見通しがたつのか、という需要予測をする。アメリカが石油の対日輸出を禁止、オランダ領のインドネシアに獲りに行かなければならない。ABCD包囲網を強行突破してインドネシアの石油を確保できたとしても、タンカーで輸送している間に、フィリピン沖でアメリカの潜水艦に撃沈されてしまう。その船舶消耗量をイギリスの“ロイズ・レジスター船舶統計”をもとに計算して、国内の造船能力と照らし合わせると、南方資源の獲得は穴のあいたバケツのリレーになる、という結果になった。そして、模擬内閣は「長期戦は耐えられるはずはない」という結論に至る。しかし彼らの報告は無視され、実際の政府は甘い需要予測をもとに違う数値と違う結果を御前会議に提出し、日米戦争は始まる。
著者は20年前にまだ93歳で生きていた当時の企画院総裁鈴木貞一に、なぜ間違った数値を出したのか、と問い質している。鈴木は三年分のデータを提示したにもかかわらず「1、2年で講和できると思っていた」と述べ、開戦するためのつじつまあわせの数字を「客観的な数字だった」と言っている。「1年たてば石油がなくなるので戦はできなくなるが、いまのうちなら勝てる、というムードで企画院に資料を出せといわれた」と証言したのである。いわば全員一致という儀式をとり行うにあたり、その道具としてつじつま合わせの数字が使われたにすぎない。決断の内容より“全員一致”のほうが大切だったとみるほかなく、これが現在にもつながる日本的意思決定システムの内実であることを忘れてはいない。
本書の帯には「いま、すべての30代におくる、ほんとうの日本人の物語」とあるが、私たちすべての日本人は、本書で明らかにされた真実を知るべきだと思う。
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昭和16年 30代を中心とする若き頭脳が、政府の依頼で日本開戦後のシュミレートを行いました。そして数度の条件変更・行動指針変更を強いられても、出た結論は日本は負けるということ。
彼らに悲壮感は感じられないが、日本必敗の結論を政府が黙殺した事には無力感を感じたことでしょう。
本をほとんど読まない私でも、スムースに読めたので、太平洋戦争に興味あればどうぞ。
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ものごとを始めるのは簡単だがやめるのは難しい。ということか。。開戦前にあれだけの答えがでていながら、そして関係者が皆知っていたのに、やめられなかった、ということか。
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伊勢湾での海軍夜戦模擬演習のあと、山本五十六連合艦隊司令長官は研修生に感想を求めた。「潜水艦対策や砲撃戦は見事でしたが、航空機に対する備えが弱いような気が・・・。」海軍の弱点を衝かれ、山本が唸った。「よし、ウィスキーを1本やろう」 山本にみる戦争回避派と、軍部開戦派とのそれぞれの人間関係、さらには内閣総力戦研究所の研修生との関係を織り交ぜながら、日米開戦への過程を詳細につづる。東條英機の苦悩は、あらためて太平洋戦争の意味を考えさせられる。
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太平洋戦争は軍部の暴走という認識が改まった。
戦争に向かう過程は現在の日本型意思決定システムに通じるものがある。
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太平洋戦争前、当時の政府において数多くの人が破滅への道だと考えながら組織や過去の成功体験に縛られ流されていく。後から結果論でいうことは簡単だが、本当に意思決定というのは難しいと思う。
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ラジオきっかけで読んだ本。
丁度自分の誕生日の一日前(終戦日)に読了。
シュミレートした結果、開戦前に必敗することがわかっていながらも、どことなく戦わなくてはいけない、短期決戦だったら耐えられるからと政府が戦争に踏み切った下りは、今の日本となーーんにも変わっていないんだと考えさせられた。
開戦に踏み切った理由が、すごく真っ当に日本人らしい。
「忘れてはいけない」と言われる戦争ドラマや戦争小説の起点が、すべてここに詰まっているということが何より重たい。
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第二次大戦で日本が敗れることを予見していた人は少なからずいたっていう本、ドラマって結構あったと思う。この本では政府が組織した研究所でもそう結論づけたところがあったとする所が目新しかったのだろう。さらに東条首相もその結論の重大性を認識していたからこそ、口外しないように研究所員に言っていたのだろう。
しかしながら、戦争は起こってしまった。
残念ながらこの本を読んでもなぜ戦争をしたのかはもやもやしたままだ。「短期なら持ちこたえられる」という楽観論や「米国の仕打ちにはもう黙っておれぬ」という義侠心がそうさせたのか?
誰かの決断によって為された訳ではなく空気によってみんなで決めたということなのだろうか?
首相のころころ変わる現代の日本人のこのような決定方法はずっと進化、変化していないように思われる。現代の日本にも現代版の「総力戦研究所」が必要なのではないか。
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太平洋戦争で日本が敗戦したのは昭和20年。
昭和16年夏、戦争に突入する前である。
なぜ、戦争勃発前に「敗戦」したのか、なぜ「敗戦」してもなお太平洋戦争に突入したのか、本書では当時の資料をもとにその謎を解き明かす。
大変素晴らしい本であるが、近代史等の予備知識なしに読み進めるのは大変労力を要するので、学生ならば歴史資料集、手元に資料集がなければ山川出版社の「もう一度読む日本史」を傍らに置いて読むことをお勧めする。
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軍事問題に精通している自民党 石破氏が国会答弁中に歴史認識について言及する中で紹介した本。
日本が敗戦するのは、S20年であることは、周知の事実だが、この本では、S16年となっている。
というのも、実は、S16年には、国家公認の疑似内閣が結成され、戦争に踏み切った場合のシュミレーションが行われ、ひとつの解答を得ていたのだ。
このシュミレーションは、単純な軍事的衝突だけでなく、国民への物資配給についての見解など国民生活の細部に至る総合的な検証がなされていること。また、疑似内閣の構成員が若手エリートコースを歩む陸軍、海軍、マスコミ、省庁関係者等であり、次世代の日本において大きな影響を持つ確率が非常に高い人間が選抜されていた点に特徴がある。
結果として、軍事的衝突に勝算は無く、国民生活への甚大な被害は免れない。つまり「敗戦する」という結果をS16年夏に出し、内閣に提出した。しかし、内閣はこの結果を活用することが出来ず、戦争に突入し敗戦した。
戦争を感情論で片づけていないため、政治的判断の難しさに関して非常に参考になる一冊である。
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軍部が暴走したことが日米開戦の引き金、と言われてきたが、開戦前の内閣および新たに作られた総力戦研究所の奮闘と困惑が記されている。
近衛内閣時代に決定された基本国策(日米開戦)を、あえて東條内閣にすることで、開戦回避に向けて努力をしようとする天皇、そしてその意を汲んだ東條首相は、流れを変えようとするが、自分の組織の都合で思考・発言し、決断を迫る海軍・陸軍に打ち手を阻まれ、結局開戦を選択してしまう。
開戦前に新設された総力戦研究所では、日米開戦のシミュレーションの結果、必敗を提案したものの、内閣には受け入れられなかった。というか、分かってはいるが、それを目の前に突き付けられても判断が出来なかったということだろう。
これまでの、努力の積み重ね、議論で得られた方向性を、ただなぞっていくだけで、それを変えられなかったのは、東條首相だけでなく、各組織体の幹部の無責任に起因するのだろう。どこの組織にもあてはまりそうで、ちょっと怖い気持ちにもなる。
しかし、猪瀬直樹氏の丁寧な取材に基づく、精緻な筆致が印象的である。
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歴史にもしは禁物だが、戦争がなかったら日本はどうなっていたのだろうか。しかし官僚主導では戦争はなくならなかっただろう。大衆が貧困であることを解決してくれたのは、結局アメリカなんだから。官僚は金持ちだから、大衆や農民の貧困なんて理解できなかっただろう。
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日米開戦前。昭和16年夏。
軍部、官庁、民間から招集された内閣総力戦研究所の研究生36名。平均年齢33歳の彼らは「日本とアメリカもり相手戦わば?」という問いに対して結論を出した。その答えは「日本必敗」という現実。
日米開戦は避けねばならぬ!と主張した彼らの意見は聞き入れられず、その年の12月に真珠湾への奇襲攻撃が結構され戦争が勃発してしまう。
なぜ日本人は必敗と知りながら戦争に突き進んだのか?この本を読んで初めて知った総力戦研究所の存在がとても新鮮な驚きがありました。
東条英機氏に対する考え方も少し新鮮で面白かったです。