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遅刻の誕生 近代日本における時間意識の形成 みんなのレビュー

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紙の本

意外な日本人像

2003/07/27 19:12

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:濱本 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「遅刻」。私が「悟り」と思える物を感じる前(36歳以前)学生時代も会社に入ってからも、毎日、遅刻ぎりぎりの登校あるいは出社をしていた。そういう事もあって、本書に興味を抱いた次第である。
 現在、日本人は世界で最も時間厳守に厳しい民族の一つと考えられている。私のアフリカ旅行時の体験(飛行機が故障でフライトが遅れ、翌朝、何時にバスが出ると連絡を受けたところ、その時間にバスの中に居たのは日本人のみだった)からも、それを感じている。しかし、それは、明治以降徐々に日本人に培われた感覚で、どうも、それ以前は、日本人の時間感覚は非常に大らかなものだったらしい。明治以前、日本は不定時法という時間を採用していたのである。つまり、明るい時間(昼)、暗い時間(夜)を12分割し、それを1刻として生活していた。すなわち、季節により1刻の長さが変化していたのである。これは、日本のように中緯度で季節による昼夜長さの変化が少ない地方で発達した制度であって、欧州のように高緯度で季節によるそれが大きい地方では、定時法(現在と同じ絶対時間)というものが発達し、時計という技術の発達を促した。
 明治以前の日本では、時計というものはあったが、それを所持しているのは、大名、大寺院くらいで、庶民には縁遠いものであった。そういう事からも、待ち合わせで1刻くらい待つのは、当然の事で、子の刻に会おうといっても、分の感覚が無かった当時では、あたりまえの事だったらしい。明治に入り、文明開化により、西欧の技術者が多く日本に入ってきたが、日本人のこのルーズな時間間隔に苦情を述べた記述が多く残っているのを見ても、確かなようである。この点、現在、我々が西欧の鉄道の時間厳守の無さを嘆くのと対比させると面白い。
 明治に入り、まず、時間意識の革命が起こったのは、鉄道からであった。鉄道路線が延長されるに伴い定時法による絶対時間というものの必要性は、その待ち合わせ時間からも普及が欠かせないものとなった。次に、工業化を推し進めた結果、機械が導入された工場というものが増え、機械の稼動と同時に仕事が始まるという観点から、工場における出社時間というものが厳密化してくる。当初、遅刻に対し、非常に厳しい厳罰を課していたようである。こういう変化があったとはいえ、一般的日本人に時計というものが普及したのは、明治の後半から大正にかけてのようだ。明治以前、和時計という機械式時計が存在した。これは、16世紀頃、西洋から入っていた時計を日本人の職人が不定時法という日本の習慣に習って改造したもので当然職人技の代物で、大名が所有していたようである。ここで、西欧の時計を自国の技術で真似る事が出来たのは、日本以外に無かったという記述を読んで、日本の潜在技術力の高さに驚いた次第である。時計は、まず、クロックが家庭に普及し、ウォッチの普及は、それからかなり遅れるようだ。個人が時間というものに縛られるのは、このウォッチの普及が大きな鍵だったのだろう。
 明治の教育において、「時は金なり」を奨励し、時間を大切にする事を教育したのも時間感覚の向上には寄与していたらしい。明治時代に創刊された「家庭乃友」には、既に主婦の時間割というものが記載されていたようだ。
 このように、定時法の普及、時計の普及、社会の時間感覚の要求、日本人の勤勉性が絡まって現在の日本人の時間感覚が出来上がったようである。時間を厳守する事は大切であるが、この時間に振り回されないような生き方をしたいと感じた次第である。

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紙の本

昔の日本人の意外な時間観

2001/10/13 17:43

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:神楽坂 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 日本人は時間に正確な民族である。それは定説のようになっているが、実は時計の普及率が7割を超える明治末期までは、みんな正確な時刻など気にせず生活していたのだ。時刻が分からないのだから、守ることが出来ないのも当然といえる。
 また、明治初頭まで日本は太陰暦を使っていたが、太陽暦に切り替わった後明治末期まで、年中行事の日付を算出するために太陰暦が併用されていたという。旧暦といえば単に現在と一ヶ月違いと思っていたが、太陰暦が無くなって正確な日付が分からなくなり、新暦の特定の日に固定されたというのが真相である。

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2010/02/14 17:33

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2011/07/18 18:38

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2011/10/02 22:54

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2013/03/01 13:51

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2016/11/27 02:22

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2013/11/09 15:46

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2013/12/23 16:15

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2023/01/22 18:54

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