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紙の本
ふすま閉めればわれもまっ逆さま
2003/01/30 19:13
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投稿者:服部滋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
頃日、1冊の歌集を身辺にたずさえている。ある時は電車の吊り革につかまり、またある時はモスバーガーのカウンターで、寸暇を惜しんで頁を繰る。ことばが頭の中でしっかりと像をむすぶまで1首を幾度もくりかえし読む。
小さき鍵は大きな秘密を守るため帽子箱のやうなものに隠す
大きな秘密はどこに隠しているのだろう。薄暗い土蔵のような処にか。乱歩の『人でなしの恋』に出てくるような。帽子箱って、小さい頃うちにもあったっけ。ボール紙でできた円い函。今はあまり見かけないけど。って、そもそも帽子かぶらないし。ところで、大きな秘密ってなんだろう。
大きな秘密という目に見えないアンビギュアスなものと、小さな鍵と帽子箱という確かな手触りのものとの対比。物語の1場面のようで、それでいて誰の心の中にもある日常の裂け目のようなものを想起させるあたりが1首の妙か。
電車を降り、そんなことを頭の中でころがしながら歩く。歩きながら反芻し、反芻しながらまた歩く。
もう一人の兄がゐたのだと記したる小さき紙片を子が持ちてゐし
むかしの子どもは誰もが異母兄弟がどこかにいると空想したものだけれど、あれは少女漫画の影響だろうか。この子って弟かな、それとも妹かな。だれが書いたんだろう、この紙。ふしぎな歌だ。
「逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと」や、「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか」といった歌でかつての青少年をシビレさせた少女も早や知命を過ぎた。たっぷりと真水をたたえた湖のように静謐で豊饒な歌藻を見せてくれる、著者最新の第9歌集である。
さびしくて死んでしまひし人の気持ち襖閉めればわれもまつ逆さま
滾る湯に菠薐草(はうれんさう)を放ちたりわつと噴きくるヨモツヒラサカ
黄泉の国と現つし世とのさかいを見つめる歌が目につく。身辺にそして吾身に死を意識せざるを得ない出来事の多くなる年頃なのだろう、自らを省みてそう思う。
ふだん短歌に縁のない人でも、やまだ紫の漫画『しんきらり』が、著者の「しんきらりと鬼は見たりし菜の花の間(あはひ)に蒼きにんげんの耳」からタイトルを拝借したといえば、ああと思い当たるかもしれない。この拙い紹介文が、読者と本歌集とをむすぶひとつの機縁になればと冀う。
本書は今年創業した出版社の最初の本だという。すばらしい船出を祝いたい。 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者)
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