紙の本
著者の遺言
2005/04/27 03:03
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:良泉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
先ごろ新聞でも大きく死亡記事が報じられた芝生瑞和氏が,専門のイスラム・アラブ世界の思想や現実を踏まえ,9.11にまつわるアラブとアメリカを論じた本である。
9.11のあの時,著者がたまたまニューヨークに滞在し,現場までわずかの距離にいたことが,この本が生まれるそもそもの経緯と記されている。しかし,そのような些細な事実を抜きにして,アラブ世界とアメリカとの対立を的確に論評するにはまさに最適の著者を得て書かれた本といえる。
自衛のための戦争や民族自立のための蜂起に立ち上がる“まっとうな”戦士に対し,相対する権力側が「テロリスト」と呼ぶことに関し,これまでも何となく違和感があった。
「テロリスト」という単語は,もともと「恐怖政治」を語源とし,現在でも「卑劣な行為」というニュアンスを含めて使われている。日本の小泉首相がイラク人質事件の犯人に対し,「テロリストには屈しない」と無謀な挑発を仕掛けた場合を端的な例とするように,権力側が聞く人に,暗に自分の正義を印象づける際に使われる言葉である。
この本で著者が国際的通信社であるロイターの通達を紹介している。
「ある人にとっての『テロリスト』は,他の人にとっては『自由の戦士』だ」
自分自身の尊厳を守るために戦う“まっとうな”戦士に対し使われるべきことばではない。しかし,9.11の犯人達はどう考えても「自由の戦士」とは思えない。アラブの尊厳を守るためにアメリカに敵対する戦士ととらえるには,起こした事件があまりにも残酷すぎる。思考が矛盾する。
この本で著者はその問いに明確に答えてくれる。著者は言う,彼らは「破壊の戦士」であると。
オサマビンラディンと従来の自由の戦士の違いを著者は解き明かしてくれる。それは,「民族自決に対する姿勢が違う」のである。オサマビンラディンの行っていることは,西欧を恐怖のどん底に陥れること自体が目的であり,肝心の民族自決に対する明確な未来図がないのである。
9.11により,これまで“まっとうに”戦ってきたアラブの戦士達までが,十把一絡げに「テロリスト」呼ばわりされるような風潮が見られる中で,アラブの歴史・イスラムの思想から説き起こし,「テロリスト(一般的なに言うという意味でかっこ書き)」がアメリカを憎む正当性を明確に解説する有益な本である。
最後に著者は言う。
「日本はアメリカの轍をふんではならない。憎まれる日本になってはならぬ。これは近隣のアジア諸国との関係においても言えることだ。そのためにも,私はこのささやかな本を書いた。」
著者の心から発せられた遺言である。しかし,現実の日本は暗い。
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9月11日、あの日に現場近くにいたジャーナリストの事件直後の手記。恐怖Terrorに駆られるニューヨークの様子が思い出される。あれから10年も経とうとしているが、アメリカの長が代わり、テロリストの長はまだ逃避行を続けたまま。
恐怖を手段にして政治目的を果たそうとすること、それがテロリズム。テロは残酷で迅速でなければならない。
巧妙に操られたアメリカのメディアを通した中東世界しか知らない平均的アメリカ人にはなぜアメリカがこんなに憎まれているかわからない。
アメリカ人にとって「オーマイゴッド」なニューヨークは中東における日常茶飯事の光景なのだ。ベイルート化したニューヨーク、と著者は例えている。
「絶望的な状況の中で大衆の心を捉える思想というものには、やはり共通点がある」
とても納得がいく。20世紀に入ってからだけでも思い当たるものは多い。
関連本をいくら読んでも難しい中東の情勢だが、これはわかりやすかった。一日で読みきれる読みやすさ。
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(2001.11.27読了)( 2001.11.10購入)
(「MARC」データベースより)amazon
アメリカ同時多発「テロ」の背景にあるのは何か。パレスチナ問題にまつわる80年間の怨念、憎しみの乱反射、そして9・11後の世界は…。ビンラディンたち「テロリスト」の胸中に渦巻く怒りの根源をたどる書き下ろし。
☆関連図書(既読)
「バーミヤンの鳩笛」並河亮著・並河萬里写真、玉川選書、1979.12.25
「イスラーム生誕」井筒俊彦著、中公文庫、1990.08.10
「テロリズムと世界宗教戦争」宮崎正弘著、徳間書店、2001.10.31
「オサマ・ビンラディン」エレーン・ランドー著・大野悟訳、竹書房、2001.11.01
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9.11の時にツインタワー近くに住んでいたジャーナリストの著者が、あの惨劇のわずか2か月後に著した本。今となっては定説となっていることや、ビンラディンについて誰もが知っているようなことを、「あの時点から2か月」という短い期間でこれだけ端的にまとめ、本に仕立て上げていたということにまず拍手。9.11以前からビンラディンや「テロリスト」たちに深くかかわった報道をしてきた、著者ならではの功績です。
タイトルで、「テロリスト」とわざわざカッコ書きにしてある理由が、冒頭で述べられてます。
簡単に言うと、これも今は常識に近いですが「テロリストは、ある人たちにとっては自由の戦士である」という意味合いがあるのをきちんと整理しておくためと、さらに「ブッシュが世界をアメリカの敵か味方かに二分するために、テロ=卑劣な行為というイメージ戦略を用い、自らを正義の味方とした」というトリックと一線を画すため、としています。このあたりも著者の知性が出ていると言っていい。
中盤以降は、アメリカを含む西欧諸国が中東に対して行ってきた歴史的なお節介がどういったものだったのかについて、ざっくりと見ていく形になっているので、その辺はこの地域に詳しい人なら読み飛ばしてしまっても好いと思います。
全体を通じ、「テロリスト」たちがアメリカに対して抱いている憎しみや怒りを、歴史的・宗教的な観点から丁寧に省察した本となっています。イスラエルとパレスチナの問題、イスラム教に「背信」したとみなされるサウジアラビア王政のアメリカへの服従(「テロリスト」から見れば屈服)、異国において自国の軍が直接的にあるいは間接的に行なってきた殺人に対してアメリカ人があまりに無関心であったことへの怒り、そういった部分を包括的に理解するためには、ページ数は少ないものの有益な本です。
今、シリアへの攻撃に対しては多くのアメリカ国民が「No」と言っています。この世論も、仮にシリアがアメリカ本土で化学兵器を使ったり、アメリカの領土(もしくはイスラエル)にミサイル打ち込んだりしたら再びガラっと変わって好戦モードに突入するのかもしれませんが、少なくともブッシュ時代の稚拙なレトリックに惑わされるような状態ではない、というのが救いと言えば救いなんでしょう。
いい加減、「テロリストと戦う正義の味方」としてのマッチョなアメリカ、という衣を脱ぎ捨ててくれれば、多少は世界がすごしやすいのではないかなどとも、読み終えた後には思ってしまうのです。
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9.11の直後に書かれた本。あれから15年、ビンラディンは殺され、 ISILが暴れまわり、状況は変化したが、本書のテーマの重要性は変わっていない。ぼくらはイスラム過激派がアメリカを筆頭とする西欧諸国を敵視する理由をよく知らないし、はっきり言えばどうでもよいと思っている。
テロリストの理屈を理解しようとすることは、それ自体テロリストの思う壺だ、という感情論は理解できる。それはテロを非難しつつも、有志連合の空爆に異議を唱える文化人の発言が炎上したりすることからも伺える。テロリストの味方をするのか! というわけだ。
が、その一方で、著者が言うように、「テロリスト」は立場が変われば「自由の戦士」かもしれない。伊藤博文を暗殺した安重根は日本側から見ればテロリストだが、韓国では違うらしい。
極端な話、海のこっち側で生まれたかあっち側で生まれたかで変わるような理屈を「正義」と称するのはうさんくさい。それは「正義」に対する「悪」ではなくて、「われわれ」に対するただの「敵」ではないのか。
それで何が変わるわけでもない。「テロリスト」と戦うか、「敵」と戦うかだけの違いである。
ただぼくは、「正義」という言葉は別の機会にとっておいて欲しいと思うのだ。たとえば、学校に行こうとしているだけの少女を殺そうとした連中を非難するときなどに。
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アメリカでツインタワーが崩落したのが遠い昔のような気がする。その後、益々、ISILに象徴されるように、世界はテロに怯えるようになった。これらは宗教や格差、聖地を巡っての歴史的背景が原因となっている。アメリカが何故襲われたか?いや、では、アメリカが他国に何をしたかが理解できているだろうか。
スーゾン・ソンタグがこのテロに対する米国大統領の発言を批判し、テロリストの人権を認めるような発言をした事で、論壇から痛烈な反撃を受けた。しかし、彼女の批判は公平であり、物事の二面性を正しく理解しようとされていた。
その事をより深く理解するためにも、本著は有効である。テロリストは、その人たちから見れば、愛の戦士とも言えるのだ。死を賭して、戦わねばならぬ事態に目を向けねばならぬという事だ。自分で書いていてその通りなのだが、じゃあ、家族がテロルにやられたら?憎しみは終わらないのかも知れない。