紙の本
シャフリヤール王の心を癒したのが「アラビアンナイト」。ナポレオンを夢中にさせたかった「災厄の書」。私にはただ眠たかった「アラビアの夜の種族」
2005/08/12 00:31
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
2001年12月に刊行された本著を積読していました。先般、著者の『ベルカ吠えないのか?』が直木賞の候補にあがったことから、当時大変評価の高かったことを思い出して読んでみました。日本推理作家協会賞、日本SF大賞を受賞しています。
1798年オスマン帝国の統治力が衰え、非アラブ系の奴隷軍人(マムルート)たちが実質的に支配していたエジプト一帯をナポレオン軍が侵攻する史実を背景にして書かれています。これを迎え撃つカイロのマムルートの一部にとんでもない奇策が用意されています。それはナポレオンに「災厄の書」というあまりにもおもしろくて読む人の心を虜にし、腑抜けにさせてしまう幻の書籍を献上し、戦意喪失、撤退を促そうというものです。この奇想天外の発想は光っていました。
事実としてナポレオンは現地人の抵抗とペストに悩まされ、イギリス・オスマン帝国に降伏、帰国を余儀なくされるのですから、この「災厄の書」が奇跡的に功を奏する一大伝奇小説であろうと読み始めの期待はふくらみました。
ナポレオンのカイロ占領というヨーロッパの圧倒的力を前にした、イスラムの宗教思想、文化、市民の生活、国家体制などの混乱や再生が触れられているものと思っていました。特に現在、イスラム文化対欧米文化のコンフリクトで地球規模の悲惨が拡散しているところですからね。
それよりなにより、小学生の時に胸躍らされたあの『千夜一夜物語』です。美しい乙女と一夜を共にしては殺す暴虐のシャフリヤール王が美姫シエラザードの語る不思議な物語に魅了される。佳境に入ると「つづきは明日」とされ、千夜にわたり、ついに殺すのを止めたという、夢と冒険の世界が豪華絢爛に展開するものと思いこんでいたのです。
ところが、二段組み六百数十ページの重量級にもかかわらず、著者が研鑽したであろう政治・経済・外交・文化についての地域性、時代性は全く描かれておりません。まして歴史観など片鱗もなく、ただただ「災厄の書」をながながと叙述するのです。
ナポレオンに撤退を決意させるほど読者を夢中にさせるという作者が創った「災厄の書」ですが、文体は日本の現代若者が使う俗な口調でしかも広辞苑にしかでてこないような難しい熟語を妙ちきりんに混入させ、異国の古典らしい風格はまるでない。内容はこれがなんとも平板な妖術合戦の繰り返しで、夢中になるよりも眠くなってしまうのでした。
これはテレビゲームのジャンルにあるロールプレイングゲームの発想ではないのだろうか。やってみたことがあります。プログラミングは一貫した理屈で構築されている。モンスターと戦闘を繰り返す。だんだん強いモンスターがでてくる。最強の相手をやっつけて架空世界の危機を救う。はじめはおもしろいと思ったけれど、こちらのキャラクターも経験値を積んでどんどん強くなって、しかもメモリー機能で再スタートする。最終の敵との交戦はクライマックスであるはずなのですがその緊張度は最初の敵とまったく同じレベルですから、達成感がなく、あれれと、終わってしまう。それをつまらないと感じる、私などはそんな世代にある。
寝食を忘れ勉強を忘れ友達づきあいも忘れてテレビゲームに没頭する子どもが多いらしい。ナポレオンにテレビゲームを献上していたらカイロも救われたかもしれませんがこの「災厄の書」は見向きもされなかったのでしょう。小説ではさすがに触れていませんがナポレオン軍は3年にわたって占領していたわけですから。
小説の手法にメタフィクションという型があるらしい。単純な作中作もそういうのか小説の成立をテーマにした小説を指すのかよくわかりませんがこの作品は作者の「まえがき」「あとがき」を含めて二重三重のパズル構成になっていたようです。安直さが目立つだけのこの構造も感心できません。
私にとっては「最悪の書」だったわけです。
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不思議な展開で先の読めぬ物語世界が綴られる。作者の頭の中はどうなっているのだろう?
見捨てられた醜怪な王子にして稀代の魔術師が、憎しみ蔑みつつも焦がれ愛した蛇の魔人に1000年掛けて復讐する話。白く生まれたエチオピアの少年が、育ての一族に認められたいが為、また復讐せんが為魔術師となり、野望を抱く話。忘れられた王家の正当な継承者が、一目惚れだけを理由に王座を奪還せんとする話。この三人のエピソードが、1000年の時に跨って語られる、またその時点の状況(ナポレオンに侵略されつつあるエジプト、マムルーク朝終焉の様子)もまた物語の一部である。奴隷は主人を騙し、語り手は聞き手を騙し、そしてまた著者は読者を騙す……。
一冊の本を読み終え、その内容を全てその身に叩き込んだならば、読者はその本と一体となる。その本そのものになる。なんと魅力的なアイデアだろう。しかし、その書物の名前は「災厄の書」。夜の種族によって語られたその物語……読み終えた今、私は一体何者であるのだろうか。
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夜の種族ズームルットが語る、官能と破滅のアラビアンナイト。魔術師、アルビノ、盗賊の息子。三人の主人公がそれぞれの運命に翻弄されやがて邂逅していく・・・。聞き手のアイユーブが果てに見たものとは・・・?
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読むものを狂気に導くという一冊の本。
それは、迫りくるナポレオン艦隊への
最後の武器となり得るのか?
一冊で二度美味しい。
帯の紹介文は、京極夏彦と桐野夏生。
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面白かった。
無署名の英語版からの翻訳である、という設定のために訳注が付いていますが、本文に対する介入具合が中途半端な気がするので、「粉飾的な日本語化」に徹するか、それとももっと大胆に著者が介入する仕掛けを作っても良かったのではとも思います。
ミロラド・パヴィチの『ハザール事典』を楽しんだ方にはこちらもよろしいかと。
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太田さんオススメの本。
「災厄の書」。それを読んだものは、書物の魔力に囚われ(書物と「特別な関係」になり)、食べることも眠ることもせず物語を読んでしまい、やがてその身を滅ぼす。
そんな前提をして語られる「災厄の書」、その物語。1夜2夜3夜、、、と読み進めるうちに、ページをめくるペースは速まり、一度に読む量は増え、私は本当に食事も睡眠も忘れてしまうところだった。
最高のファンタジーがそこにはあった。
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この本を端緒に古川世界に惹かれてしまうのだ。イスラームの世界って、なんか魅かれる。大著にして名著。でもまだ初版本だ。こういう本が売れてほしい。
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ミステリにするかファンタジーにするか迷ったのだけど、日本推理作家協会賞受賞作だし、結末はなるほどそうだな。な、終わり方だしで、ミステリに入れてみた。
ただし、はっきり言って”推理小説”を期待して読んだら肩透かしに合う。
どこがどう推理作家協会賞なのかは、読み出してすぐに判ってしまうものの、妙に無垢でそれゆえにむしろ貴族的とも感じられる淫猥さ満載のファンタジー部分と、怒涛のごとく歴史の波に飲み込まれようとしている13世紀のエジプトを舞台とした歴史小説部分の対比が非常に面白かった。amazonのレビューを読んでみると評価がはっきり分かれている所も面白い。
日本SF大賞受賞作でもあるらしい。
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語られるのは、存在しない物語。13世紀エジプトを舞台とした奇書の登場!
聴きたい者の前に、物語は姿を見せる。ナポレオンのエジプト侵攻をくい止めるため、
奴隷アイユーブが探しだした「災厄の書」。そして、物語が現実を浸食し始める−−
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語られるのは、存在しない物語。13世紀エジプトを舞台とした奇書の登場!
聴きたい者の前に、物語は姿を見せる。ナポレオンのエジプト侵攻をくい止めるため、奴隷アイユーブが探しだした「災厄の書」。そして、物語が現実を浸食し始める--。
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●図書館で一度お借り上げするも、あまりのクソ忙しさに読んでる途中で挫折し、あらためて挫折地点から読み直したと言う私にしてはめずらしい経緯を辿った本。
こんなに面白いのに、途中で放り出すなんて、当時はそれほど忙しかったったことか??
ともかく、この小説のスゴくておステキなところは、地下迷宮の描写。
めくるめくとか絢爛豪華とか、ああもうそないな陳腐な語句じゃみじんこほども表現できまへーん!! 体言止めと反復を多用した文章も、抜群の幻惑効果をもたらしていると言えるでしょう。
●そして忘れちゃいかん美形主人公の二人! サフィアーンとファラー!! ここ数年バカ明るい主人公を好む私といたしましては、サフィアーン派なんでございますが、ファラーもいいっすよっ。
まさか、そんなオチになろうとは・・・没想到。●クーラーの効いた快適な部屋で、冷珈琲などを用意しつつ、時間を気にせずにダラダラと読むのが吉。
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アラブ社会に攻め込んできたナポレオン、圧倒的戦力差、それに対抗すべく一冊の書物が紡がれた。人間を狂わせるその奇書―その全容を古川日出男が綴る。面白くないわけがない。
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読み終わった後、「読んだどー!」と心の内で叫んだ。こんなに分厚い本を読んだのは、とても久しぶり…加えて、そもそも海外文学が大の苦手で、現代日本が舞台の小説ばかり読み耽っていた自分にとって、この1冊はかなりのチャレンジ本でした。しかし、いろんな意味で面白い本だった…こんなに集中して読書したのは、久しぶり。途中で何回も、ものすごく物語に引き込まれるというか、入り込んでしまう「ヤマ」のようなものを体験しました。物語の場景もしくは情景が幾度も目に浮かんだ。美しい青少年達がたくさん活躍、という点も飽きずに読めたポイントの1つかもしれない…。
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4月11日読了。2003年の「このミステリーはすごい!」12位の作品。ナポレオンの時代のアラビアを舞台(?)にした、夢幻に彩られた夜の語り手たちの物語。これは面白い!著者の他の作品ではクセが強すぎると感じた語り口も、精霊と魔法・鬼神と美女が絢爛乱舞する、日本的なものとは程遠いこの世界観にマッチしている。読むものに現実感を失わせる「災厄の書」が、存在する・ということ自体が虚偽。物語の舞台も虚偽?物語の主人公たちも虚実の狭間に消え。さてこの書物を読む私は・・・?
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めくるめく、物語の渦に巻き込まれて溺れる快感を堪能。
今にもナポレオンが侵攻して来ようとしているエジプト・カイロで、この最強の侵略者を退けるために「数々の有力者たちがその面白さゆえに読んでいるうちに身を滅ぼした」と伝えられる伝説の書「厄災の書」を甦らせ献上するという計画が立てられ、その物語を語り継ぐ語り部とそれを書き留める筆記者とのやり取り・現世のターンと、3人の主人公たちの物語のターンを交互に読ませる形式を取っています。これが蜘蛛の巣のように読者を絡め取るシェヘラザード。読んでいるうちに、筆記者と一緒に物語の続きを渇望する自分に気付きますがこの渇きがまた気持ちイイ。小説でなく「物語」にどっぷりになれる気持ちよさを味わえる一冊です。