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チェゲムのサンドロおじさん みんなのレビュー
- ファジリ・イスカンデル (著), 浦 雅春 (訳), 安岡 治子 (訳)
- 税込価格:3,080円(28pt)
- 出版社:国書刊行会
- 発行年月:2002.1
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紙の本
著者の豊かな想像力と筆力、人物造形の見事さと物語構成の巧妙さ、そのまえではスターリンでさえ……
2002/04/17 18:15
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投稿者:赤塚若樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
その当時スターリンはそれこそ権力をほしいままにしており、ひとことでいえば、ひとりやふたり、いや10人や20人、いやいや100人や200人くらいの命などいかようにもすることができた。そんなスターリンを主賓とする「饗宴」での余興の最中のこと、サンドロは思った。「闘わずして負けるのでは、チェゲム男の名が廃る!」
なんのことはない、婚礼舞踏の踊り手は誰か、という競い合い。だが、その内容はなかなかのもので、「雄叫びをあげると走り出し、その勢いでぽーんと跳びながら、宙で足を折り曲げ、そのまま両膝をついて床に落ち、両手を広げて床を滑り、同志スターリンの足元近くで止ま」り、サンドロとそのライバル、どちらがスターリンのそばまでいかれるか、というものなのだ。最初にこれをしたのはライバルだった。まわりの者たちからすれば、冷や汗どころの話ではない、一歩まちがえば……。ところが、スターリンが微笑み、大成功。今度はサンドロの番だ。
サンドロが試みると、ライバルよりもはるかにスターリンの近くで止まることができた。またしても拍手喝采。するとライバルも負けてはいられない、「同志スターリンのぎりぎり足元まで、大胆不敵に身も心も投げ出す姿勢で滑って行った」。「やりすぎだ」と思う者もいたが、指導者の爪先からてのひらの幅ほど離れたところで止まり、拍手の嵐。勝負あったと思いきや、ここでサンドロは「闘わずして」と意を決した。何をしたかというと……。
目で距離を測ると、「騎士が己の顔を兜の面頬で覆う仕草で、頭巾を目の上に引き下ろして縛り、チェゲムの雄叫びを上げると、同志スターリンめがけて突進した」というのだから、おどろきだ。当然みんなの動きが止まり、あたりは静まり返った。だが、サンドロはやってのけた。頭巾で顔を覆い、両手を大きく広げ、跪いたまま、床を滑って行き、スターリンの足許で止まったのだ。
あまりの意外さにスターリンは顔をしかめ、握りしめたパイプをかすかに振り上げさえした。けれどもサンドロの「身も心も投げ出す大胆不敵さ」、「感動的なまでの無防備さ」、「全身に漲る密かな強情さ」を見て取ると、思わず微笑み、好奇心をもってサンドロの顔から頭巾を外した。たとえばこんなエピソードからも、どんな人物かがわかるだろう「チェゲムのサンドロおじさん」。この本は、そんなサンドロに緩やかに結びつく連作短編集だとひとまず説明しておこう。ごく素朴な印象のレベルだが、どことなくドン・キホーテを読んでいたときのような雰囲気を感じることもあった、とつけくわえておいてよいだろうか。
さて、スターリンがサンドロの頭巾を外したときにもどれば、この瞬間に踊りの勝負は終わっていた。いうまでもなくサンドロの圧勝だが、スターリンが頭巾の下のその顔をみたとき、ふたりのあいだにひとつの物語が生まれていた。「おまえには何処かで会ったことがあるんじゃないか?」
その後も延々とつづいていく「饗宴」。そこではスターリンを中心にさまざまな思惑が交錯して行くが、サンドロとこの指導者の物語が再開するのは宴の後、ふとしたことからよみがえった少年時代の思い出のなかでのことだった。サンドロはたしかにスターリンと出逢っていたのだ。「誰かに言って見ろ——戻って来て、必ず殺すからな……」どのような文脈でこの言葉が口にされたかをつまびらかにするのはやめておこう。ここでは、絶大な権力を握っていたこの指導者を、フィクションの登場人物として見事に利用し、物語を巧妙に構成していった作者イスカンデルの想像力と筆力が並大抵のものではないとだけいっておきたいと思う。それはもちろん本書所収のほかの作品についても充分に当てはまることだ。 (bk1ブックナビゲーター:赤塚若樹/翻訳・芸術批評 2002.04.18)
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