紙の本
翳りいく街は、悪夢をむさぼる。
2003/07/24 23:47
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投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
東京郊外、緋沼(ひぬま)市新興衛星住宅団地、通称緋沼サテライトで、殺人事件が起きる。続いて、緋沼中央公園の鳥類園内で児童により飼育されていた白鳥が殺傷される。緋沼という名前のとおり、元々周辺一帯は沼地で、それを大規模な開発によって高層ビルが立ち並ぶ新しい都市が誕生した。その界隈で制帽と制服姿のトレチアと呼ばれる少年の噂が、まことしやかに流布する。都市伝説−少年トレチアはいつの間にか一人歩きを始める。
本作と同じように、ニュータウン、団地をテーマにした大友克洋の『童夢』は、超能力を秘めた翁童がトリックスターとなっていたが、本作では小学生の男の子、トレチアがキーとなっている。
現在、ティーンエイジャーの若者たちは、小学生の時に、仔猫を殺戮し、さらに大きな罪を犯す。そのうちの1人、拝島が、突然トレチアに襲われる。次に、同じグループだった岩倉有希が行方不明になる。彼女の行方を追うミステリー作家志望の楳原。そこに漫画家でダウザーの蛎崎やサテライトの風景を8ミリで撮っている七与、現在の小学生グループの首領的存在である、天才児、新宅晟。登場人物たち、ひとつひとつのストーリーが少年トレチアに絡んでくる。純真無垢であるがゆえに、少年たちはいったん残虐な牙をむくと止まらなくなる。そんな普遍的な少年の暴力性が描かれている。ただ単に気に入らないからスポイルする、これは、今に始まったことではないってこと。
いわゆるニュータウンとか団地に行ってみると、できたてのばかりの頃は、建物は当然真新しいが、なぜか公園が妙に浮いていたり、ところどころの造成予定地は、削られたままの無残な姿をさらけ出している。工事が途中で中止となった造成地は、何やら放置屍体をイメージしてしまうのだが。
ゆるやかな坂道や整然とした街路樹など、すべてはアニメティとやらの基に設計された人工的な快適な空間のはずなのに、どこか、吹きだまりというのか、澱んだ、歪んだ空間がある。聖と俗、ハレとケのたとえを持ち出すまでもないが、そこは、まるで磁場のように、さまざまな穢れたものを引きつける。緋沼サテライトだと、中央公園の人工池はちまん池だろう。その池には、巨魚、摩伽羅が潜んでいるという。
別段、古い街が良いと述べる気はさらさらない。今、江戸情緒だの、下町情緒だのを色濃く残している街だって長い年月を経て現在のたたずまいになっているわけだし。ただし、地価の下落などにより、古いニュータウンは空洞化しており、住む人が不在となった家がすぐ朽ち果てるように、街もアンティークとなる前に、ジャンクとなってその生命力を予想以上に早く終えるかもしれない。
読むにつれ、作者の仕掛けた巧妙なトラップにまんまとはまってしまう。全体小説とでも呼べばいいのだろうか。丹念に緻密に重ねられた物語が、その恐怖のスケールの大きさや迫力を表現することに成功していると言っていいだろう。
団地の勃興から崩落までの物語として読んだし、本レビューもそういうトポス論的視差からのアプローチを試みたつもり。カタストロフィを迎えるクライマックスへの展開は、意見が分かれるところ。メタフィクションは余り功を奏していないような気もする。ま、好みの問題なのだが。
紙の本
摩訶不思議。
2002/07/23 21:56
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投稿者:ユリ - この投稿者のレビュー一覧を見る
まず世界が違う。現実をモデルとしている箇所など作中何処にも存在しない。発売前から著者の公式ホームページで情報を小出しにしていたが、イマイチ世界観が掴めない作品だと思っていた。当然です。こんな不思議な作品、全編通して読まないと理解できない。かといって高い評価をつけさせて頂いたのは単に私が著者のファンだから、という事ではない。本人が「朝起きる度にチョコチョコ細かい修正を加えている」と仰ってただけのことはあり、完成度はとても高いと思います。この作品でもいろんな人物の視点で物語を描いているのですが、視点の切換えのタイミングが絶妙。あまりくるくる視点を換えないでほしい方には読みにくい作品かもしれませんが、そういうのは平気だという方は是非ともそこの所もチェックして頂くと、より一層楽しめると思います。
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トイレに行けなくなりました。
恐ろしい。怖い。
こう、ぐんぐんと迫ってくるような怖さではなくて、じわじわとゆっくり侵食してくるような怖さ。
色々なお話が複雑に絡み合って一つの怖さを造りあげていた。
そしてまた表紙も怖い。
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序盤が一番怖かったです。ホラーかと思いました。横暴さとか自然の猛威とか、・・・晦渋な部分もあったけれども、胸に刺さった。痛い。でもちょっと言ってみたい 「キジツダ」
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「都市伝説ホラー」かな? と思いながら読んでいたけれど、実はもっと根の深い壮大な物語だった。いろんな考えようができる結末だし。そして結局「トレチア」というのはどこにでもいるのかもな……。それにしてもなんて邪悪な小学生の多いことか。世も末。
ついでに。作品中で綾辻さんがその遅筆さをけなされてました(笑)。なんだかわけもなくショック。……いいもん、質さえ良ければ。
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初めのほうの怖さは異常。しかし中弛み。子供たちのところはよかったんだけど、大人のキャラがなあ。クライマックスはイマイチの盛り上がりでしたが、最後は良かったです。
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新興住宅地で次々起こる殺人事件。悪いのはトレチア。殺したのはトレチア。
子供たちの無邪気な残酷さと都市伝説がうまく融合していてとても不気味で怖かった。ただ、中盤から登場する大人(佐久間七与や蠣崎旺児達)について説明っぽく長々と語られているのがとても鬱とおしく感じられた。子供たちのエピソードに絞ってほしかったかなぁ。
息子が校内マラソン大会に向けて夜、友達と一緒に家の近くを走っていた事があった。10分~20分位で戻ってくるのだけどふっと、どこかで「キジツだ!」ってやってたら・・・!?という思いが浮かんできて、背筋が寒くなった。
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2010/11/26
一言で表すなら、すごく気味の悪い、気持ちの悪い話でした。
本の装丁が少年の顔半分のバージョンの奴だったんだけど、
初め手に取った時はなんとも思わなかったのに、物語を進めるにつれて
トレチアに見られているようで気持ち悪いったらなかったです。
ふと表紙を返した時に目があってどきっとしてしまった。
それぐらい久しぶりに吸い込まれる本をひいたなと思いました。
子供の純粋たる天使性を全否定していて、小動物殺しやいじめや人殺しとか、全体的に眉をひそめてしまうエピソードばかりで、
そういえば昔はこういうのを読むと、がっくり世の中が嫌らしく思えて数日気が塞いだものでしたが、最近はそうでもなくて、うーん世の中斜め読みだよね、とか区別がつくようになったのかな、鈍くなったのか、昔が繊細過ぎた(笑)のか。
トレチアの存在が不気味です。
果たしてそれは子供の方便?それとも嘘からでた真?全く違う幻?夢?
トレチアっていうのが、結局子供にしか見えない・感じないものであるのは間違いないようですね。最後に、あかねの目から求心力が失われた、という描写があったので、きっとあかねはもうトレチアじゃないんだろう。でもそれまではトレチアだったんだろう。
トレチアに実体はなくて、しいて言うなら意識、なのかな。
大人になると忘れる、でも傍にいた。いつのまにか記憶がすり替えられて、それは自分ではない誰かになる。トレチアが生まれる。
その時すでにトレチアは誰にとっても”嘘”になるけど、その時までは実体だった。それは自分の声であって、誰かの声であって、トレチアというモノだった。トレチアは罪をなすりつける罪悪感そのものかも。誰かが言った罪、をすべて背負う存在がトレチアっていうのかな。
大人にはルールがある、社会がある。
そこにトレチアがいる隙はない。
正直最後のほうのマカラは、よくわからなかったんだけど…
あらゆる意味を込めて、すべて悪い夢、っていうことで。
2011/7
えええええ!気付かなかった、津原やすみさんなんだ!
さっき別の調べ事してて気づいたよーわー。
小~中まで御多分に漏れず少女小説にどっぷりはまっていました。津原やすみさんの本はすこし難しくて手を出さなかったのですが、ふと読んだエイリアンシリーズの番外編?みたいななにかの離れ離れになる二人が悲しくて悲しくて今でも印象に残っています。ヒロインとヒーローはあらゆる障害を越えて必ずハッピーエンドなんだ!と強く信じていた子供としては、そんなのってありなの?と衝撃を受けて、きっとこの裏にハッピーエンドがあるんだ、と何度もそこだけ読み返した記憶があります。なんていう本だったかな…。今ならあのエンドの意味がわかりそうな気がするんだけど…。
昔も今も私を鬱々とした気持ちにしてくれるなあ。すごいなあ。笑
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都市と夢、という響きは同作者の『バレエ・メカニック』を思い出すけれど、全く味付けの違う話だった。正直前半部分と後半部分は別の話にした方がウケがいいと思うのだが、あとがきでも書いてあるように詰め込まずにはいられなかったんだろう。
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※(自分メモ)装丁は少年の顔半分バージョン。
※(自分メモ)記録開始:2011.08.16以降
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この作者は初対面。面白かった。けど、つながりが難しく、ちょくちょく戻りながら読み進めた。
この味わいは癖になるかも。
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装丁はこれじゃないんだけど
どっちにしても気味悪いのが気になって
買おうか買うまいか考えていたら図書館にアッター
「悪いのはトレチア」って帯に書いていたと思うんだけど
そういう思念みたいなものに操られて悪いことしちゃう
たぶんそんな話だろうと思っていたら
ずいぶんとっちらかったお話だった・・・
作中で登場人物が小説を書いているんだけど
ネタをいっぱい詰め込むだけじゃだめみたいなことを
その登場人物が言っていたはずで
それ、そのままこの小説に当てはまるなーとオモッタ
あれもこれも詰め込んで
何が言いたいのかちっとも伝わってこなかったな
後半、地球外生命体みたいなの出てくるし
なんじゃこりゃ???と首をかしげてしまった
好感を持てるキャラクターもまったくいないし
小説としての体裁も落ち着かないし
内容も気持ち悪かったです
図書館の本でよかったなーとオモイマシタ
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津原泰水さんの長編。
「妖都」っぽい陰鬱さと美しさが堪能できます。
ホラーと云うかミステリと云うか。
「で、何だったの?」って云う感想に
陥ると全く面白くない小説ですが、
鏤められたエピソードを一つ一つ
味わいながら楽しめる
美しい小説だと私は思いました。
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一九九九年。バブル期に建設された巨大な衛生住宅団地、緋沼サテライトに住む子どもたちのあいだでは、少年殺人鬼〈トレチア〉の噂がまことしやかに囁かれていた。大学生の崇は、幼馴染がサテライト内で何者かに襲われ、彼を見舞いに行く道中ではぐれた恋人の有希が死体となって発見されたことをきっかけに、無意識に目を背けていた己の少年時代の記憶と向き合うこととなる。インスリン依存型糖尿病を患う小学生の晟、崇の妹・あかね、あかねを被写体に8ミリ映画を撮る七与、水晶ペンデュラムでサテライト内をダウジングする落ち目の漫画家・蠣崎らを道連れにして、やがてサテライトは破局へと向かう。
一九九九年の日本を舞台にして、二〇〇二年に出版された小説、と聞いたときに期待される要素がすべて盛り込まれた、「〈メタ〉世紀末」な小説。津原さんで世紀末というと、本書に先駆けて最近ハヤカワ文庫で復刊したばかりの『妖都』を思い出すが、『妖都』は世紀末の陶酔の只中にいるような感覚がするのに比べ、『少年トレチア』はもっとシニカルというかなんというか、「狂騒は終わった」という目線がはじめからある。
「崇の幼馴染を襲い、恋人を殺したのは誰か」という犯人探しは中盤で解決し、サテライトの中心部にある人工池に棲むという伝説の巨大魚〈魔加羅〉と、沼地を埋め立てて作られた衛星団地が生み出す歪みについての物語へと移っていく。都市伝説、人口密集地の地盤沈下、少年犯罪、いじめの被害者による復讐劇、セックス依存症の人妻など、悪趣味なくらいゴシップ的な〈世紀末〉要素が次から次へと繋ぎ合わされ、「緋沼サテライト」という場所が世紀末日本のグロテスクな戯画となっていくのだが、その耽美的な文体と激しい暴力描写は、ちょうど劇中と同時期に放送されていたドラマ『ケイゾク』のような脳内映像を作り出す。
良かったのは、崇と晟、この二人は殺人者であり、物語の終わりに亡くなるのだが、魔加羅とトレチアというオリジナルなオカルト要素を組み込んだことで、そこに因果応報的な説教臭さが発生していないこと。特に晟が死を予感しながらハーモニカを吹き、はじめての自作曲を完成させる場面では、とても複雑だが深い感動があった。こんな奴に救済が訪れていいのか?と思う反面、彼の元に最期に訪れた救済に、読者である私も救われてしまうような。これぞフィクションの醍醐味だなぁ。七与の同居人である麗玲と家主の老女が、終盤のカタルシスを迎えてから急に行動的で魅力的なキャラクターになるのも面白かった。
九十年代という夢(悪夢かも)を、ひとつの街として小説のなかに閉じこめたタイムカプセルのような一冊。