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みんなのレビュー114件

みんなの評価4.4

評価内訳

112 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

自分自身の影

2006/03/12 13:24

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kou - この投稿者のレビュー一覧を見る

多くの島が連なるアースシーの世界。
その島々のひとつゴント島で山羊飼いの息子に生まれた少年・ハイタカは、不思議な力を持っていた。彼を見出した魔法使いオジオンは、彼に「ゲド」という真の名を与え、魔法を学ぶロークの学院に送り込む。
そこでゲドは様々な魔法を学び力をつけていくが、己の傲慢と虚栄心から恐ろしい影を呼び出してしまう。それ以降、影に付きまとわれる不安と恐怖、葛藤の日々にゲドは苛まれることになるが…
『指輪物語』『ナルニア国物語』に続いて映画化されることになったファンタジーの名作『ゲド戦記』の第1巻です。映画の前に読み返してみました。
『ゲド戦記』は、大きな魔力を持つ男・ゲドの生涯を軸に、アースシーという多島世界の成り立ち、光と闇を描き出した物語です。映画は3巻の『さいはての島へ』が中心になるようですが、原作を読んでおくなら、やはり1巻から読んだ方がいいでしょう。
これを読んだのはほぼ10年ぶりで、内容も細かいところは覚えていなかったので、割と新鮮な気持ちで読むことができました。
いや、それにしても少年ゲドの高慢ちきなこと。自分の力に絶対の自信を持ち、その分うぬぼれが強く、馬鹿にされることは我慢ならない。物事を知ること、学ぶことの重要さを説く師匠たちの言葉も、なかなか彼の心の底までは届きません。
まあこの位の年頃なら自然なので、それほど苛々したり不快に思ったりはしませんでしたが、その分微笑ましいというか、話の筋が読めるだけに“そんな風にうぬぼれていると手痛いしっぺ返しを食うんだよ”と心配になるような気持ちで読み進めて行きました。
案の定、自分を馬鹿にする学友を見返してやりたいという気持ちに囚われたゲドは、死人の霊を呼び出そうと禁断の術を使い、得体の知れない影を呼び出してしまいます。その影からゲドを救うために、学院の長・大賢人のネマールは死に、ゲドも生死の境をさ迷います。
なんとか生の世界に立ち戻ったゲドを待ち受けていたのは、恐ろしい影が解き放たれたという事実と、その影は世界に災いを撒き散らすためゲドを狙っており、影に捕まればゲドは内側から喰らわれるだろうという恐怖でした。
ゲドはその後、逃避行の末に最初の師匠である沈黙の魔法使いオジオンのもとに戻ります。そこでオジオンから影と向き合うという助言を与えられ、それまでの影から逃げまわる日々とは逆に、影を追う生活が始まります。恐ろしい力を持ってゲドを追ってくるくせに、ゲドが追うと弱々しく逃げる影、それでも分かちがたくゲドと結びついている影の正体(名前)は一体何なのでしょう?
自分自身と向き合うという成長のテーマに貫かれたお話ですが、ゲド自身は勿論、ゲドを導くオジオンや、ゲドを助ける友人のカラスノエンドウなど、彼を取り巻く周囲の人々が魅力的です。
決してはやらず、地に足をつけて自分のなすべきことをなし、世界の一部分として生きる彼らの生活には、学ぶべきことが色々ありそうです。
まあ、でもそんな小難しいことは措いて、ゲドの成長と影との戦いの物語として読むだけで面白いお話でした。
しかしこれ、一応児童書なんですよね。
映画化されると、それに伴って原作も売れるのが普通ですが、『ハリポタ』や『ナルニア』と違って、子どもにも判り易い平易な文章とは言いがたいものがあります。
“映画化されるから原作読んでみたけど途中で挫折しちゃった”という人が多く出る、『指輪物語』と同じパターンを辿るんじゃないかと少々心配です。

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紙の本

人間の力や認知を超えたところにある「魔法」という強大な存在——宇宙の均衡をゆるがし危険がつきまとう力に感じるべき畏怖、慎重な姿勢を注意深く読み取ってこそ……。

2006/08/16 00:36

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る

まじないや呪い、精霊たちとの交流がごく一般的な山がちの島ゴントで、自然現象に力を加え故郷の受難を救った少年がいる。その少年、通称ハイタカは、彼を訪ねてきた静かなる賢人・オジオンに弟子入りし、魔法使いの道へ入って行く。だがしかし、地道な師匠の指導にしびれを切らすように、少年はやがて9人の賢人が教育を行う学院のあるローク島へおもむき、魔法のわざの数々を習得して行くことになる。学院には、ハイタカを常に挑発する兄弟子がおり、挑発に乗せられた彼は、この世の均衡を乱す種類の禁じられた魔法を使い、自分の力の優位を思い知らせようとする。
——(……ふん、こんな子どもっぽい目くらましの術なんて卒業して、本物の姿変えや呼び出しの術を身につけてみろ。そうすりゃ、思う存分好きなことができて、宇宙の均衡とやらも、こっちのいいように変えられるんだから。……)[72P]
ハイタカという少年のこの傲慢ぶりが面白い。オジオンにより、彼が魔法使いの真の名として与えられた名は「ゲド」。この名はめったに他者に明かすべきものではない。彼らの暮らす世界では、ものの真の名を知ったり言い当てたりすることで、それに魔力を発揮することができるからである。
——この夜、この神秘に満ちた暗い大地に立って、ゲドは自分の力が今までになく強大になっていることをひしひしと感じた。彼はつき上げてくる力に身を震わせた。(中略)この天地の間にあるものはすべておれのものだ。おれが支配し、統率できるものなのだ。[96-97P]
若さには、この身のほど知らずの無謀さがなくてはならない。この世が自分中心に回っているという錯覚があるからこそ、「いつかは何かできる自分」という未来が信じられる。
私が「ゲド」を夢中で読んだ時、それは社会に出て数年ののちであったから、すでにこの無謀さには併走するものがあった。それは「あのあたりまでは到達できたとしても、その先は無理なのかもしれない」という見極めの力である。諦念や妥協というよりは、自分を取り巻く環境全体の中に自分を位置づけることができるようになる「客観的視点」の獲得だと言える。分を知るということである。
成長や成熟というものは、まさにこの「客観的視点」の獲得と言えるのだと思う。ル=グウィンが『影との戦い』という若き魔法使いの成長物語、修業物語で描いているのもそれである。
若さゆえの傲慢により取り返しのつかない過ちを犯し、自分の身を危機に陥れる「影」を呼び出してしまったハイタカは、生死の淵をさまよったのち、再び一からの修業を始める。過ちを内省した者に再びやり直す機会が与えられることは、正統派の成長物語につきもののエピソードだ。その正統的なところを凡庸でなくスリリングな物語として豊かに描くからこそ、この物語は骨格のしっかりした力強さを存分に発揮する。
「力を持つということはどういうことか」「持てる力はいかに使うべきなのか」という問題提起を行間に含ませるがために、読み手は魔法という強大な力を抑制して使うのと同様、「慎重さ」を読解に求められる。
——力を持ち、知識が豊かにひろがっていけばいくほど、その人間のたどるべき道は狭くなり、やがては何ひとつ選べるものはなくなって、ただ、しなければならないことだけをするようになるものなのだ。[114P]
九賢人のひとり、呼び出しの長が口にしているこの「人間」という語は原書でどうなっているのか。「人間」としたのは筆のすべりなのだろうか。作者の、あるいは訳者の?
いずれにせよ、持てる力を抑制しながら定められた道のために使うべきという教えには、最期の日まで学ぶべきものがある。成熟の先、「全う」に至るまで、『影との戦い』は「与えてくれる」貴重な文学作品であり続けることと思う。

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紙の本

名作は色褪せない

2004/05/30 12:59

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:0345 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ゲド戦記を初めて読んだのは、確か小学校六年生。学校の図書室の書架、一番下の段の端にずっと前からそこにいるのが当たり前なように落ち着いた佇まいでシリーズが並んでいたのを覚えている。夢中になって読みました。
 そのゲド戦記シリーズに新刊が出たという。まさか、あの頃から続きが出ていたとは思いもよらなかった。子供にとっては名作というのは過去のものだった。作家は亡くなっていて当たり前、続きを望むことなんて考えもしなかったから。
 三部作しか読んでいないので五作目は無論のことだが、四作目の「帰還」も私にとっては最新刊。
 それならば第一作目から読み直そう、と実に二十余年振りにこの「影との戦い」を手に取りました。
 この装丁、この色、この活字…
 再読の楽しみと不安。読み返して「つまらない」と思ってしまったらどうしよう? そんな不安な気持ちも読み進むうちに解消されていきました。
 現在のファンタジーを読まない私には「今のファンタジー小説と違って」と語るすべを持ちませんが、一九七六年の初版から二十八年、四半世紀を生きてきたこの本は、小学生の私に「影」を教え、今の私に「影との戦い」を教える。
 もしお子さんをお持ちでこの本を手にとるチャンスがある方はぜひ子供に教えて欲しい。名作は過去の遺物ばかりではなく、このように現在進行中のものもあるのだと、そういう素晴らしい作家がいるこの世界はやはり素敵なのだと。

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紙の本

物語に働く魔法に夢中にさせられました!

2004/05/11 09:57

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:風(kaze) - この投稿者のレビュー一覧を見る

物語の舞台となっているアースシーの世界。強い魔法の力が働いている雰囲気を感じました。これほど色濃く、強い魔法が封じ込められているファンタジーを読んだのは、C・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」シリーズ以来かもしれない。もうぐいぐいってな感じで、物語の中へ中へと引っ張り込まれました。

本書は、魔法使いゲドが、不気味な影をアースシーの世界に解き放ってしまい、不安と葛藤、圧迫と恐怖心を覚えながら、敵に立ち向かう物語。

アースシーの世界に散らばる島々を旅するゲド。正体の見えない敵に脅かされながら、孤独な戦いを強いられます。ひとりの魔法使いの若者、その困難に満ちた冒険を描いて、これは本当に素晴らしかった。ゲドの恐れと苦しみが胸にひたひたと迫ってきて、息苦しさを覚えながら頁をめくって行きました。

強大な敵との戦いを通して、様々な苦しみをゲドは体験して行く。そしてその苦難の旅の中で、より確かな自分へと、内面的に成長して行くんですね。この辺の生き生きとした描写の冴え、作品世界を構築する筆致は見事!

うーん、存分の読みごたえを堪能しました。
やあ、面白かったあ!

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紙の本

影との戦いが問いかけるもの

2004/05/29 21:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:sloth - この投稿者のレビュー一覧を見る

一言でいえば、大人のためのファンタジーだろうか、その内容はとても深い。何
度も読み直したくなる本かもしれない。

あらすじは、若くして「大賢人」となる、ハイタカという魔法使いのまだ誰にも知られていない頃の物語である。彼は近所のまじない師に魔法に関する素質を見出され、そして、彼の村が襲われた時に彼は拙い魔法を使って村を守るのである。その後、正式に魔法使いの師匠について勉強し、やがては魔法使いの学院で学ぶようになる。彼は、優秀な生徒で、どんどんと自分の力を強めていく。しかし、自分の力にうぬぼれていたハイタカは、そりの合わないヒスイとの魔法のくらべで、死んだ人間の霊を呼び出した時に、恐ろしい影をも呼んでしまう。

この本のタイトルにもなっているように、この影との戦いがこの本のテーマである。恐ろしい影は、彼に付きまとうようになり、ハイタカの命を狙うのである。

この物語の中で、ハイタカはいろいろなことを学びながら、成長していく。彼は魔法について学んでいくのだが、魔法を学ぶためには世界をよりよく知らなければならないのだ。この世界を学んでいく姿勢が、私達の生きている現実の世界にもあてはまる。もちろん、現実の世界には、何もないところからパンを取り出したり、自分がハヤブサに変身する魔法はない。それでも、空を飛ぶことは飛行機でできるし、さまざまな薬を使って病気を治すこともできる。魔法を一種の力ととらえれば、同じような事は現実の世界で数多く行われている事である。大きな力を行使するには、それを使う人は世界の均衡を学ばなければならないという事においては、魔法の世界であれ、現実の社会であれ、変わらない。

こうした視点で物語を眺める時、なんとも魅力的な言葉がいくつも現れてくる。

例えば、師匠のオジオンはハイタカに次のように語る。「そなた、エボシグサの根や葉や花が四季の移り変わりにつれて、どう変わるか知っておるかな? それをちゃんと心得て、一目見ただけでも、においをかいだだけでも、種を見ただけでも、すぐにこれがエボシグサかどうか分かるようにならなくてはいかんぞ。そうなって初めて、その真の名を、その全存在を知ることができるようになるのだからな。用途などよりは大事なのはそちらのほうよ。」

本当に知るという事は、どういうことなのか、オジオンは教えてくれる。

物語の本筋である、影との戦いだが、最初は恐ろしい影から逃げつづけていたハイタカだったが、決心して、影との決着をつけるために影を追うようになる。そうする事で影との関係が微妙に変わってくるのである。ハイタカが逃げていたときには、絶大な力を発揮していた影だが、不思議なことにそこまでの力はなくなってくる。そして、友人のカラスノエンドウと一緒にさいはての海まで、影を追っていった彼はついに影と最後の対決をする。そこでハイタカは、自分が追ってきた自分自身の影と1つになる。彼の傷は癒え、自由になった。

この物語が発する問いかけ、「世界とは」「自分とは」「世界と自分の関係とは」に答えることは、誰もがよりよく生きるために避けては通れないものであると思う。

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2004/09/25 22:35

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2004/10/03 11:56

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2004/10/04 00:17

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2004/10/28 23:37

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2005/05/06 16:39

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