紙の本
「あとみよそわか」ととなえても尚も残る想いがある
2003/07/16 01:50
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投稿者：星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「手前ェ、誰を殺った」
あどけない少年に、いきなりこんな事を聞かれたら、慎之介でなくても
どきりとする。
ましてや慎之介は、結婚相手・七緒の恋人を、成り行きで斬ってしまい、
自害した七緒の実家から追われている、つまり、曰く付きの身。
（何で、あの少年が、俺の行状を知っている？
あやめ横丁は一体どんな所なんだ？）
そりゃあ、慌てもするだろうさ。
少年が、一ケ所だけ言葉を変えて言ったなら、
慎之介の二つの疑問はすぐに解けただろうに。
言葉はいろいろ厄介だ。
同じ事でも、身分が違えば全く異なる物言いをする。
本書の各話のタイトルは「ぼっとり新造」「そっと申せばぎゃっと申す」
など、本来ならば、幕府書院番頭の三男である慎之介が、
使うはずのない町家の言葉で占められている。
初っ端から彼は、葉茶屋の娘・伊呂波（いろは）から、
「あめふりのにわっとりだね。」と地口（駄洒落）の洗礼を受け、面喰らう。
一方伊呂波も、「この家の茶は極々上吉」と、
物言いだけは立派ながら、蒲団一つたためない慎之介に、手厳しい。
言葉も性格も環境も、まったく噛み合わないこの二人が、
特殊な町・あやめ横丁で恋に落ちるのだから、運命はわからない。
まあ、実際話してみなければ、人ってものも、わからない。
口がほぐれれば、心もほぐれる。
慎之介が町家の言葉に慣れてゆく過程は、そのままあやめ横丁に住む人々
の人生を知ってゆく過程である。そして、今まで知らなかった世界に
踏み込んだ事で、彼は「武士なら当然」とされてきた自分自身の行為に
ついても、振り返る機会を持つ。横丁の成り立ちを知ってから、更に
その考察は深くなり、世間知らずのお坊っちゃんから、彼は
著しい成長を遂げる。
ここは、映画『望郷』でペペ・ル・モコが隠れたカスバのように、
ここから出さえしなければ安心という場所ではない。
いつ敵が襲ってくるかわからないスリリングな状況を緩和するのが、
冒頭の少年・太吉をはじめとする、個性豊かな住人の存在だ。
とはいえ、抱えている業ゆえに、彼等は時に切なく哀しい結末を
迎える。「あやめ横丁」の呼び名に込められた意味を、思い知った
慎之介と伊呂波も、やはり切ない区切りを迎える。
やっぱり言葉は厄介だ。
けれど、思いを伝える事ができるのも、やはり言葉だけだ。
最終話の一つ前、「あとみよそわか」で慎之介は、いろいろな人に
言葉をかける。とりわけ、いずれここを出てゆく子供達に、
自らをも戒める、とても大事な事を伝える。
その言葉がどんな実を結んだかが、10年後の彼等を描く
最終話「六段目」で語られる。
この話が加わった事で、物語全体がぴしりと締まった。
最後の一行まで決まり過ぎ。
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命を狙われる主人公が身を隠すためにやってきたあやめ横丁。この町にはワケありの人々が暮らしていた。
主人公が追われるシーンはドキドキものだったし、後半では泣けてくる物語でした。
ただ登場人物が死にすぎるのがちょっと。。。
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紀藤慎之介は笠原家の1人娘七緒との祝言の日に彼女の恋人居串時之助に花嫁を奪われた。慎之介は2人を追いかけ時之助を切り捨ててしまう。世をはかんんで七緒は後を追って首をくくてしまう。逆恨みをした笠原家は慎之介の命をねらう。
慎之介は命からがら「あやめ横丁」逃げ込み、葉茶屋を営んでいる『宇治屋』に世話になる。
「あやめ横丁」はわけありの人たちばかりが暮らしている。
《貸本やの夜がらす》は美人のお駒が営んでいる。お駒は二重人格で昼間はお駒だが、夜は駒太郎があらわれ言い寄る男を殺してしまう。
《七歳の太吉》は酒乱の父親が女を作って失踪してしまうと、一家を支えていた母親が酒びたりとなり、太吉や兄の新吉の面倒も見ず、一家の生計は新吉がたてていた。ひもじい思いをしている弟に実のオバアサンからもらった握り飯さえも母親が取り上げたことで、新吉は母親の首を絞めて殺してしまった。太吉もそれに加担したという。
慎之介が世話になっている宇治屋のおたつや伊呂波にも人に言えない過去があった。
半年ほどの間「あやめ横丁」人々の過去が少しずつ分かってきた。
慎之介はよくあたるという『くるり屋』のおのうに自分の未来を見てもらった。おのうは
「大きな荷物を持った町人は相手の回し者。1人だが腕がたつので相手に逃げなさい。あやめ稲荷のお堂の床下が抜け穴となっている。そこを通って逃げなさい。」
この予言は大当たり、慎之介はいきなり切りつけられ命からがらあやめ稲荷のお堂に逃げ込み、狭い抜け穴をぬけ、待ち構えていた町方に相手の回し者は殺されてしまった。
この捕り物により大勢の人が亡くなり笠原家の当主は切腹をさせられた。
そんな時、紀藤家の長男勇之介が病死。
慎之介が紀藤家の跡目を継ぐことになった。
10年後・・・・・
慎之介36歳。
江戸城御側衆を勤める。御側衆とは２～３千石の旗本が勤めるが待遇は準大名に匹敵する。
町家暮らしの経験があるので、さばけた人柄で近所の住人たちとも気軽に話し、町人の経済にも詳しい。
ある時、あやめ横丁を含む一帯が火事にあい、宇治屋の権蔵、おたつ、伊呂波が亡くなってしまう。
あやめ横丁は瓦礫と化すが、せめてもの救いは昔、あやめ横丁の手習い所教えていた子供たちは全て無事だったことだった。
最後はしんみりとした終わりだったが、とても味わい深く、あやめ横丁での生活も活気にみちた様子がひしひしと伝わってきた。
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主人公･慎之介が言われるままに逃げ込んだ先は「あやめ横丁」。
日々過ごしていくうちにあやめ横丁の違和感に戸惑いながらも、子供たちを相手に手習い屋を始め、次第に町人達と親交を深めながらそれぞれの事情を知ることになる。
１人１人の事情を知る度に慎之介が葛藤し成長していく様子がほほえましい。また町人言葉を慎之介と一緒に理解していく中で江戸の町並み・会話がより身近に感じる事が出来た。
ラストは少し切なく、でも時代が時代だからそういう事もあったのかもしれない。
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タイトルとカバーの絵にだまされてはいけない。
一見，どこにでもありそうな横丁，椎の人々の暮らし，家族の絆。。。
それにしては，主人公の世話をしてくれる人たちの言動がなんだかいわくありげで。。。
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始めての宇江佐真理でした。江戸言葉が難しかったけど、マイミクさんのお勧めもあり丁寧に読みたい本でした(^^)義理と人情、町内の人間関係、長屋の暮らしぶり、質素な生活の中に見つける楽しい事、ことば遊び。どれにおいてもある種の憧れがあります。慎之介の成長ぶりとせつないラストが身に沁みました。
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内容（ブックデータベースより）
この町の外に立てはいけやせん！
危機一髪、慎之介が逃げ込んだこの町は、何やら訳ありばかり。
髪結い床も一膳めし屋も、謎を抱えているようだった……
吉川英治文学新人賞受賞の著者が生々と描く長編時代小説。
令和4年10月16日～19日
