紙の本
人生で何度も読み返したくなる本
2003/12/04 19:38
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:きねたく - この投稿者のレビュー一覧を見る
13歳の頃から精神病にかかり、59歳で入水して自らの命を絶つ壮絶な人生を送った作家ヴァージニア・ウルフ。彼女の代表作ともいわれる、この「ダロウェイ夫人」は人間のたゆまぬ意識の流れを自由奔放に描ききった素晴らしい作品となっています。
意識の流れと簡単にいいますが、それは非常に難しいテクニックが使われています。自分自身の意識についても、それは一方方向ではなく、逆戻りしたり、別の考えが今までの流れを阻害したり、すべてをなくして新たな源泉をつくったりと、その流れは適格に捉えられるものではありません。逆に文字というのは、一旦書いてしまうとそれはそこに永遠に存在する。この相対するものの狭間で、ウルフは傑出した才能を発揮し、ダロウェイ夫人を巡る多くの人の意識の流れを適格に捉えます。そしてそれは発散することなく、かといって1つに収束するでもなく、大きな大河となってラストのパーティシーンになだれ込む。物語以前に、こうした技法に注目するだけでも、この作品は非常に読み応えがあります。
この作品は様々な人の想いや行動を列挙しながら、ダロウェイ夫人の生き様(お話自体はたった1日のことなのですが…)に焦点を当てていきます。彼女が感じたのは、心地よい空気の朝、今日も素晴らしい一日と喜びに包まれると同時に訪れた限りなく深い絶望。その絶望は五十という年月が彼女に与えてきた、過去や思い出という束縛に他ならないのです。人は記憶を持ったときから、過去のいい想い出にも、嫌な想い出にも束縛される。その束縛から逃れられる魅力的な“死”。すべてに絶望し自殺する人、愛する人から逃げる人、社会から目をそむけて生きる人、、そういうすべての人の中にいて、あなたはどう生きるのか? 「ダロウェイ夫人」の生き方に対し、“あなたはどうなの?”というシンプルな問いをウルフは、この作品を通して投げかけているような気がします。
人称がコロコロ変わるので読み難いと思われる方もいるかもしれませんが、意味は分からずとも、サラっと一度読み切ることをオススメします。そして何度も繰り返し読む内に、おぼろげながらこの作品が描くことが少しずつ見えてきます。雰囲気も内容も少し暗い話ですが、僕は不思議と生きていくパワーをもらえた気がしてならないのです。
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意識の流れの手法で書かれたウルフの傑作。かなり読むのに手間取ると思います。でも読み終えた後の達成感は何物にも代え難いこととなるでしょう。
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思考と文章と行動と想像と情景はひとつのライン上に等しく存在し、伝達され影響し合う。なんという美文。
レチアが「どこかの墓の上に撒き散らされた花みたいにばらまかれた気がしながら」あのひと死んじゃったわ、と呟く場面がひどく印象的だった。原文は到底読めそうにないけど。
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「ダロウェイ夫人は、お花は自分で買いに行こう、と言った。」
という、1行目からラストまで・・・長かったぜ。
とっても大変でしたー。
それでも、桜庭さんが超褒めるからさっ、読みきったんじゃー。
うぅーーーん、「意識の流れ」を明確に書いたそうで、確かに「意識の流れ」というものなんだなーと言われれば分かるのだけれど、なんだかその手法ってとっても読みにくいのね?
それとも、それは翻訳の所為??
解説にて、話の流れは書いてあるので、まずそれを全部読んだところで、本文に行けばよかったなーってちょっぴり思います。
それでも次は『オーランドー』!!!
【10/3読了・初読・市立図書館】
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人間の孤独。
人々は分かち合う術も知らないで、各々の人生に沈み込んでいる。
どんな時代も完璧ではないけれど、生きるなら現代がいい。
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恥ずかしながらウルフは初読。「意識の流れ」の手法を本格的に用いた作品。「意識の流れ」自体はさほど気にする必要はないが、意識の主体が前触れ無くコロコロ変わるので時々面食らう。フォークナーやジョイス程には怖く無かったよ。
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ロンドン市内、ある一日。
議員の妻であるダロウェイ夫人は、家でパーティを開こうとしていた。
同じ日、第一次世界大戦から帰還した青年セプティマスは幻聴・幻覚に苛まれていた。
小説の「語り手」がくるくると舞うように移り変わり、1つの出来事が多層的な観点から語られる。
最初はこの独特なナレティブに慣れることが出来ず、とにかく手こずったけれど、頭の中で映像化しながら読むと、まるで映画を見ているような気分でスラスラ読めることが分かり、そうやって読めるようになったら突如として面白くなった。
どんな人生を歩めば幸せになれるかなど、誰にも分からない。お金を持っていれば、名誉があれば、愛があれば…。結局のところ、人は自分で選んだ人生の成否を自分で判断するしかないのだ。この小説の終盤で多くの登場人物が至った心境から察するに、ヴァージニア・ウルフはそういう結論を持ってこの小説を書いたのだろう。
だからこそ、人の正常・狂気を明確に線引きしようとする人物だけが、この小説の中であからさまな嫌われ者となっている。
それにしても、クラリッサやピーターのようなかなり俗っぽい人物をもしっかり描きだす一方、セプティマスのような完全に彼岸に行ってしまった人物をも描きだすウルフは、彼女自身はどのような精神状態にあったのか、非常に気になる。モダン・ライブラリー版への彼女自身のコメントを読む限り、晩年までかなり理知的な人ではあったようだが。
最後になるが、私が読んだバージョンは昭和30年頃の翻訳。正直、あまりにひどくて英文の原文を読んだ方がまだ分かりやすいのではないかと思うことすらあった。
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最初は読みにくくて、途中から転がるように面白くなっていく。というより一気に読まないと多分会話の流れや人物なんかがわかりにくい。
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読んでたらわけがわからなくてつまらなかった。
でも、考えさせられたり、感じさせられることもありました。
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最後の一ページのために全てがあったのか。言いようのない衝撃。セリフの中にもあるが、俗なものをどう受け入れるかこの小説の鍵になる。これまで読んだどんな文学とも異なる作品。こんなにも開放して、人は正気でいられるのだろうか。
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初めてのバージニア・ウルフ。一言で難解だった。要約してしまえば数行でいえてしまいそうな出来事を、精神の流れを主体として、登場人物に語らせ紡がれる手法で描かれた。ウルフ独特の表現であり、いわゆるナレーションがなく、登場人物の目線、もっと言えば独白のような表現で話が進行していくので、読み手の想像力と集中力が非常に必要になる。私は結構行ったり来たりしてしまって、はっきり言って筋をつかんでいないのが現在。それなので評価できる立場にないが、一応形だけでも読み終わったということで記しておく。「燈台へ」の方もいずれ読んでみたい。その時もう一度読み返そう。
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有閑階級の女性がだらだらと過去を振り返るお話。精神の流れを詳細に追って、文学に新境地を開いたウルフの野心作と称されているのだが、エピソードの区切りがわかりづくらくて、読みきれなかった。
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意識の流れがうっとうしい。生起する心象や記憶をそのまま書くという手法によって一体なんの話なのかわからなくなる。ダルドリー監督「めぐりあう時間たち」で鍵になる作品として登場していたので本書を手に取ったが、私には高尚すぎるというのが本音。
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「意識の流れ」技法を使った代表的作品。面白いけど、登場人物の内なる声を拾うのに結構疲れるので、集中力が必要な本。実際誰に発した声だかわからなくなるので、神様は本当に大変だと思った(笑)
ロンドンのある一日を綴った物語なんだけど、各々の人物がここではない何処かに思いを馳せたり、過去を振り返ったりするので今ここに存在する人は今だけで存在するわけでもなく、ここだけに存在しているわけでもないと当たり前のようだけど、改めて考えさせられた一冊。
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六月のロンドン。心地よい空気が満ち溢れたセント・ジェームズ公園を、ダロウェイ夫人が歩いている。五十の坂をこして、自分がとても若いような気もするし、お話にならないほど老けたような気もする―。
人間のたうたうような意識の流れを、心に雨のようにそそぎこむ独特の文体と、新鮮な構図でまとめあげ、さまざまな人生を謳いあげる。
新手法をはじめて自由に使いこなし、見事な成功をおさめた、記念すべきウルフの最高傑作。<裏表紙より>
難解。再読の必要あり。